田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-20 09:46:38 | Weblog
5月20日 火曜日
吸血鬼/浜辺の少女 45 (小説)
半地下のレストランの換気扇が発生源だ。
換気扇には油脂がこびりついていた。
油脂のためにどす黒い換気扇から吐きだされる空気まで汚れている。
厨房から排出された空気なのだろう。
アーケード街に吐きだされている汚れた空気。
だが、それだけではない。
空気が汚れている。
そんな単純なことではなかった。
空気が腐っている。妖気が混入している。
レストランの厨房だけではなく、倉庫にでも妖気の凝集箇所があるのかもしれない。
しかし、これは食材の腐敗した臭いなどではない。
そうだ、と隼人は思いついた。なぜ、この腐臭をかいで驚いたのか。
大谷の廃坑のじめじめした地下の臭いだ。吸血鬼の住む場所の臭いだ。
夏子と廃坑に潜入した場所で嗅いだ。小動物の死骸がごろごろしていたあの洞窟の臭いだ。巨大なかまぼこ型のアーケード街の上のほうまで妖気がただよっている。
渦をまいている。
隼人は心の回路を夏子にむけて全開した。
この距離からなら、念波はとどく。
夏子にアクセスできるはずだ。意識を夏子に集中する。
「夏子。夏子。夏子」
夏子を感じることはできる。でもかすかにだ。まだぼくの力ではだめなのか。
危機は知らせることができたと思う。でも、思うように意識は伝わらない。
「隼人。わたしを呼んだのは隼人でしょう」
携帯が着メロを奏でた。
夏子とたがいに携帯を持ち歩くようにして、よかった。
祖父がメカぎらいなので、遠慮していた。
今朝、別れてきたばかりだ。それでも、しばらく会っていないようななつかしさがある。
爽やかな声が携帯から流れてきた。
「夏子。街がへんなのだ。うつのみやの街に妖気がただよっている」
ウツノミヤと発音した。隼人の意識が遥かな過去にとんだ。夏子の意識とシンクロしているからだろう。これは夏子の記憶だ。ぼくは夏子の意識の中にいる。
夏子の記憶の集積回路とシンクロしている。
宇宙の都。宮殿。宇 都 宮。
「そうよ、隼人。鹿人兄さんは、首都機能が那須に移転されるから、この地方を制覇する
ものが、日本を征服する。日本を制するものが世界の制覇者となる。なんでカッコつけていた。ちがうの、宇都宮はね、わたしたち吸血鬼族が大古、日本に降り立った初めての場所なの。それで宇宙の彼方の故郷を想ってつけた地名なのよ。だからこの地の吸血鬼の長にはほかのセクトの一族を支配する権限がもともとあるのよ」
「妖気が濃くなっていく。めまいがする。太股から血が流れて止まらない」
「どうして、それを先にいわないの」
「鬼島に刺された」
「吸血鬼の唾液がぬりつけてあつたのね」
血が止まらないと聞いて、夏子がウッと息をのむのが伝わってきた。
「話つづけて。気力が萎えると吸血鬼に意識を乗っ取られるわ。コントロールされるわよ……いまそちらにむかっているから……」
「夏子まさか……」
「そうよ。昼間からコウモリになったの。こうでもしないと愛する隼人を救えないの。できるだけ、繁華街から離れた薄暗い人目につかないところに移動して」
夏子の声に励まされた。至福のよろこびが体のすみずみまでしみわたった。
「はい、オマタセ」
バサッと羽音がした。
夏子がそこに降り立っていた。