田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼/浜辺の少女       麻屋与志夫

2008-05-25 06:14:46 | Weblog
5月25日 日曜日
吸血鬼/浜辺の少女 50 (小説)
宇都の峰教会の扉を押す。
聖堂入り口を入ってすぐの柱の聖水盆に指をひたす。
夏子は額と唇を聖水で清める。
十字を切る。
長いこと海外で過ごしてきた。習慣となっていた。
聖水に身体を焼かれるとはない。
聖水をいやがることはない。避ける習性もない。
夏子は吸血鬼としては特異体質なのだ。
隼人も夏子を真似て聖水で身を清めた。
十字を切った。
吸血鬼との忌まわしい戦いから清められた思いがした。
振り返ると聖堂の上部に聖人、聖ヨハネのレリーフが架かっていた。翼があるから天使なのだろうか。
隼人は呼吸がくるしい。出血したので体が衰弱している。
鬼島を斬り捨てた。腕に嫌悪感がのこっている。
それなのに、清々しい気分になった。ブルっと清涼感が心身を走った。
神父がふたりを待っていたように近寄ってきた。
神父は驚いている。
驚愕の色もかくさず、夏子と隼人に話しかける。
「わたしはこの教会の居候です」
なめらかな日本語だ。居候だなんて、おもしろいことをいう神父さんだ。
「わたしは神の戦士イエズス会士のなかでも武闘派、まあ日本でいえば比叡山の僧兵のような荒ぶる者なのです」
ますますかわったことをいう。
「あなたは、もしやあの伝説の……ラミヤさまでは」
「いまは、夏子。それにわたしの恋人の……」
「待ってください。わたしに当てさせてください。皐隼人」
「どうして、それを」
こんどは、隼人がおどろいて聞き返す。
「大谷の夜の一族のなかに、むかし神の庭園にいたころの記憶をそのままとどめている、DNAとして受け継ぎ聖水を恐れず、善きものとして行為するホワイトバンパイアがいる。
その名はラミヤ。その人と共にいてこれだけの剣気を秘めた男。噂に聞く死可沼流の皐隼人。それくらいのことは、パソコンで検索しなくてもわかります」
ここにラミヤ――夏子と隼人の理解者がいた。ふたりともうれしくなった。
「いま宇都宮はブラック吸血鬼の侵攻で危機にさらされています。こうしてお会いできたのも、神の思し召しかもしれません」
「ありがたいわ。夜の一族の侵略に気づいている神父さんがいたなんて」
「宇都宮ギョウザを流行らせた仕掛け人はわたしです。すこしでも、吸血鬼避けになるといいとねがって」
ふたりがマジな顔で聞いていると「ジョーク」ですと神父が笑う。
いまは、神の怒りにふれて吸血鬼となっているが、遥かむかしには神の庭園の庭師であったという伝承は、夏子も聞いている。
神を楽しませるために大輪の薔薇を咲かせていた。
たまたま、薔薇の棘で血を流し、その血をうっとりとすすっているのを神に見とがめられた。
天国から追放され、永遠に地上で血を吸う行為をつづける。木の棘で心臓を刺されると灰となる運命も、聞かされていた。
そしていま、血を吸うことのできない夏子が、彼女の属する種族の本来の姿だといわれて、うれしかつた。
シロッコ。奇形と蔑まれてきた。
いじめられてきた。
わたしのほうが正統派だった。
みんなが、わたしのようになれればいいのだが。そうはいかないだろう。