田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

連載再開 ばら園にばらの花降る(奥さまはvampire)

2009-06-13 08:14:31 | Weblog
連載再開 奥様はvampire 7

●おまたせしました。連載再開です。と書くとお恥ずかしい。一月以上も休んでし

まった。

●初めて読んでいただく方に。●は現実のわたしがでしゃばります。○はフイクシ

ョンです。●+○ ノンフィクション+フイクションをない交ぜにした作品と思っ

てご愛読ください。




○ばら園にばらの花降る

 大温室が無数の窓群で構成されているように光っていた。矩形に格子で仕切られ

ているので遠目には窓のようにみえたのだろう。五月の薫風にのってばら園からは

かぐわしい芳香がただよってきた。

 彼女はまだこない。

「五月の第一金曜日に会おう」そう決めていたのに彼女は現れない。

 どうしてきてくれないのだろう。もう少し待てば彼女は長い黒髪を風になびかせ

て颯爽と現れるはずだ。温室の方角から来るだろうか。藤棚の方からかな? ああ

早く会いたい。

 彼女とは二月ほど前に一度あったきりだった。

 彼女はバラ園を眺めていた。白いワンピースに真紅細いベルトをしていた。その

後ろ姿をみただけで彼は動悸がたかなるのを覚えた。ヴイルヘルム・ハンマースホ

イの画がいた女性、後ろ姿のイーダの哀愁ある立ち姿だった。襟足にほつれた髪が

風にかすかにそよいでいた。細い襟首から肩にかけてのカーブがしんなりとしてい

かにも女性的だった。それも贅肉がまったくついていない若やいだ肩の稜線だっ

た。どきどきする胸の鼓動をおさえておもいきって声をかけた。静寂をみだすこと

を恐れながら……。

「ばらの季節にきたらもっときれいでしょうね」

 ふいに話しかけられて彼女はおどろいたようにふりかえった。

「どんなバラがお好きですか」

「アイスバーグ。白い花がぼくはすきです」



「あらわたしもよ。小さなアパートのベランダで白いバラの鉢植えをそだてるのが

夢なの」

 会話がはずみ、いつしか二人は花にはまだ間のあるばら園の小道を歩いていた。

「ぼくは大きなばら園を経営して毎日ばらと話しながら過ごしたい。……そしてそ

こにあなたがいてくれたら」もちろん会ったばかりの彼女に後のことばはいえなか

った。

 かれは見栄をはることはなかった。彼女は裕福な家庭に育ち、逆シンデレラ願望

にとらわれていた。ビンボーな生活に憧れていたのだから。彼は恵まれた生活をし

ているふりなどしないほうがよかったのだ。細々としたパートタイムワークで食い

つなぎアパートの家賃をかろうじて払っているとイエバヨカッタのだ。彼女は好意

こそもち、彼を軽蔑するようなことはなかったろう。彼の貧困生活こそ彼女の理想

だったのに。昼間でも部屋の中には薄っすらと闇がとどこうっているようなアパー

トで明るく夫を支えて健気な妻として生きること。それが彼女のねがいだった。裕

福ではあるが父と母のように距離のある家庭で生きることはいやだった。

 彼のはなしをきいているうちに彼女は少し落胆した。でもなにかほのぼのとした

心になっている。だからもういちど会いましょうという彼のもうしでを拒むわけに

はいかなかった。

 ばらが見事に開花していた。アイスバーグも咲いている。シテイオブヨークの白

い花弁も美しい。彼女の面影を追い求めながら彼は待っていた。

 彼女ははまだこない。

       

       

 ああ会いたい。彼女に会いたい。名前すら聞きはぐった彼女。たった一度しか会

っていない彼女。

会いたい。話したい。ばらのはなしをしたい。愛している。人目でも会いたい。

あなたのことは昔から知っていたような気がする。

あなたのことをおもっているとこう胸のあたりがほのぼのとしてくる。前世から知

っていたのかもしれない。

愛している。交際してください。そしてぼくがきらいでなかったら結婚して下さ

い。いまは、ビンボーだけれどもあなたのために、あなたをしあわせにするためな

ら粉骨砕身、毎日一生懸命に働きます。

あなたのいない人生なんてかんがえられません。

彼女はまだこない。

 あなたにひとことだけ好きですと伝えたい。

それからというもの、毎年五月の第一金曜日になると彼はばら園にやってきた。さ

いきんでは、記憶もあいまいになって、五月でなくても一週目の金曜日、いや体さ

え許せば金曜日にはいつも彼女の姿を求めてばら園にきていた。

 彼は彼女をおもうことで、いつかかならずまた彼女に会えるというおもいがあっ

たので、人生の苦難をのりきることができた。この歳まで生きてこられたのは、彼

女との再会を夢みていたからだ……。胸のおもいを彼女につたえたいという希望を

もつことで、生きてこられたのだ。彼女の姿はもう見られないかもしれたい。……

でも、彼女をおもう心はかわらない。姿は見ることができなくても、彼女のイメー

ジは消えることはない。

「春になったら、あのヘンスに咲き乱れる蔓バラを見にきませんか」

だれかとそんな約束をしたような記憶が心の隅にひっかかっている。それは誤って

刺してしまった薔薇の棘のようにちくちくと記憶を刺激するのだった。

「そうね。思いでベンチであいましょう」

彼女はそう応えてくれたな気がする。彼には遠い記憶の美化がはじまっていた。

 来る年も、来る月も、ほとんど毎日のように彼は彼女との再会を夢見てばら園に

かよいつめた。彼女と過したあの一瞬のきらめきをもう一度だけでもいいから、感

じたかった。彼女はマインド・バンパイァだったのかもしれない。彼女をひとめみ

たものは、そのイメージが網膜にやきつき、もう忘れられなくなる。彼女にかしず

き、彼女のよろこびが彼のよろこびとなる。彼女のためならなんでもしてやりた

い。その心の高揚が彼女がさらに彼女をよろこばせる。

 ほかの女の子と知り合いたいとはおもわなかった。それは熱烈なロゼリアンが自

分だけの、世界でたったひとつのばらをつくりだそうという情熱に似ていた。じぶ

んだけが初めて出会う、このばらはわたしだけのものだという心情。


 しかし、彼には彼女と再び会うチャンスは訪れなかった。

 どんなに愛していても、会えない彼女をおもっていた。

 彼女を待ちわびて、年月だけがとぶように過ぎていった。


 ふいに何に驚いたのか鳩の羽音も高くとびたった。彼女がこちらに向かって走っ

てくる。彼はうっとりと眺めていた。「おかあさん」彼女が彼を貫けて走りさって

いく。そのかなたに年老いた女性が薔薇のほほ笑みでこちらをみている。彼女は彼

にはきづかなかった。
 
 だが、かれは走り去っていく女性の顔を老婆にかさねていた。

 いい顔してるな。まるで初恋の彼女に会ったような顔をしている。冷たくなって

いる老人の枕もと、といってもベンチなので枕などあるわけがないが、一茎の白い

バラが彼によりそうように、朝の光のなかで芳香をはなっていた。


●「という話を書いた」ととなりのカミサンにいった。
 
 わたしたちは「思いでベンチ」に仲よく並んで座っていた。
 
 かみさんはどれどれというようにわたしのPCをのぞきこんだ。

 わたしは二十代のはじめに「抒情文芸」で雑誌デビューをした。

 五年ほど書き続けた。そのころわたしはここでカミサンとしりあった。

 わたしは結婚して田舎にもどった。そして小説のほうは諸般の事情で書けなくな

ってしまった。そのご、カムバックをめざしてがんばったがミューズは二度とほほ

えんではくれなかった。

 いまだに書きつづけてはいるが、どうやらこんなところらしい。

 初恋の相手を待つ主人公にわたしのミューズのほほ笑みを待つ心情を託した。

「ラストシーンね。空からばらの花が降って来て彼の姿を埋もれさせた。そう書い

たほうが派手でいわよ」

「ファフロッキ現象か」

「ばら園でばらの花が降る。あたりまえかもしれないけど。遙天空から降ってきた

となると意外性があるでしょう。そう書いたら」

 わたしはたしかにミューズとのであいをあれからずっと待ち続けているのだろ

う。だが……。生きている限り二度と小説が売れだし、フルタイムの作家になるこ

とはないらしい。
 
 寂しいことだが。



●カミサンが「http://blog.goo.ne.jp/mima_002」というブログを書いています。

どうぞ、そちらもご愛読ください。



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