田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

目くらまし/ 奥様はvampire    麻屋与志夫

2009-06-17 15:01:18 | Weblog
奥様はvampire 8

○化沼(あだしぬま)高校の前のマロニエ並木をカミサンと歩いていた。

日曜大工の店Kでばらの新苗をみるためにでかけてきた。

ふいに雷雨でもくるのか暗雲が垂れこめて暗くなった。

北関東の北端に位置するこの化沼の雷様は有名である。

ともかくサマと敬称をつけて敬われている。

いや、あまりにその雷鳴がはげしいので、おそれおののき、あげくのはてに敬って

遠ざけたい、というむかしからの庶民の知恵がそう呼ばせているのだろう。

一点の光もない高密度の闇。

高密度の闇なんて表現が成り立つのだろうかとぼんやりと考えていた。

「たすけて。たすけてください。このマロニエの木もうすぐ切り倒されてしまう

の」

闇のなかから少女が走りだした。

闇の中なのに少女の姿が見えるのはおかしい。

とは……おもわなかった。

マロニエの根元に少女がはりついていた。

マロニエの木をかかえるようにして少女がはしりだした。

無数の少女の姿がまるで毛根のように付着している。

そんな感じだった。

「ゆっくりわかるように話して」

わたしは少女に応えていた。

「あなた、だまされないで。幻覚よ。吸血鬼のめくらましよ」

そういうカミサンじしんがバンパイアなのだからまちがいないだろう。

「ついていかないで」

わたしは立ち止まった。

ばらの苗をかうことにきめていたKの店は通り越して黒川の土手っぷちにいた。

あぶないところだった。


「なんだぁ。つまらない」

どこかで少女の声だけがしていた。

「しっかりしてよ。わたしがいなくなったら……いまみたいなときどうするのよ」

かみさんは先日、神代薔薇園を訪れた折に、父親からまたなにかいわれてきたのだ

ろう。

一年とくぎられたわたしたちのこの化沼での暮らしについてなにかいやみでもいわ

れてきたのではないだろうか。

もっとはやく帰ってこい。

などと……。あれからまたいちだんとわたしにやさしくしてくれる。


「たすけて」と呼びかけられた声は現実のものとしかおもえない。

吸血鬼がまたわるさをはじめたのか。

この町では不可解な事件や残酷な事件が多発してきた。

いまになってまた……。

消えていった少女の声に意識を今更のように集中してみた。

川の流れる音だけが聞こえている。

やはり幻聴だったのか。

あの震えるような慄く声はほんものだった。

そうとしかおもえない。

あたりは白昼の光。

カミサンはUVカット美白ハット。

UVカット日傘。

UVカット美白クリームの重装備。

べつだんそんな配慮は彼女にとっては必要のないことなのだが心理的な安心感に依

存しているのだろう。

「さきがおもいやられるわ。しつかりしてよ」

眩しそうに太陽を見上げている。

「あいつらはこの町の人が苦しめるのがたのしいのよ。ひとの恐怖心や苦しみ、悩

みを吸っていきているのだから。それにあきれば血を吸うわよ」

そういう吸血鬼の生態に明るいカミサンがこの町からいなくなったらわたしたちは

どうして災害の根を認識すればいいのだ。

おぞましい吸血鬼のイメージが脳裏に浮かんだ。

たしかにこの瞬間にもかれらはわたしたちの弱点をつこうとうかがっているのだ。

虚実のはざまでわたしは迷っていた。

どうすればいいのだ。

襲ってくるものがあれば本能的に戦うしかないのだ。

マロニエ並木はもののみごとに、すでに切り倒されていた。

すくなくと、あの少女の悲鳴には現実味があったのだ。

カミサンはいつものようにばらの苗木を選んでいる。

       

       

       


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