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五月十五日、朝から雨が降りだした。
これで、今年の春も終わりだ。
表庭にある水道の蛇口の下に木製の桶が置いて在る。
雨垂れがしたたり静かな音をたてて桶にたまった水面に波紋を広げている。
膝にのせたブラッキ―と二人で、縁側から、ながいこと雨垂れの音を楽しんだ。
五月も下旬ともなれば、藤の花も終わり。
ちいさな鞘をつけた。
椿が雨どいにつまったのをとりのぞいたり、伸び過ぎた庭木の枝を剪定したりなかなか忙しい。そして、その忙しさのなかで、晩春の寂しさにひたっている今日このごろである。
こういう生き方ではない未来をかんがえていただけに、哀愁はひとしおである。
年を重ねるというが、こころにつみ重なる悔恨の情にながされるのは、やはりこの季節だ。
春は残酷な季節。
ああ、今年も春がきわまった。
●ここまでが2003年に、はなはだ断片的だが、書きとめてあった。でも、これでは「鹿沼の四季」というタイトルとしては詐欺的行為ですよね。だってこれは、わが家の春の寸描ということですもの――。
●ようし、この続きを書くぞとGGははりきっています。
●いまかんがえていることは、これを随筆ふうに書き継ぎ、カクヨムに載せていこうかな。ということです。
●こんどこそ、鹿沼の町をあちこち散策して2019年の季節の移り変わりを書きとめたいものです。
麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。
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年を重ねるというが、こころにつみ重なる悔恨の情にながされるのは、やはりこの季節だ。
春は残酷な季節。
ああ、今年も春がきわまった。
●ここまでが2003年に、はなはだ断片的だが、書きとめてあった。でも、これでは「鹿沼の四季」というタイトルとしては詐欺的行為ですよね。だってこれは、わが家の春の寸描ということですもの――。
●ようし、この続きを書くぞとGGははりきっています。
●いまかんがえていることは、これを随筆ふうに書き継ぎ、カクヨムに載せていこうかな。ということです。
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