田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-10 21:03:24 | Weblog
5月10日 土曜日
吸血鬼/浜辺の少女 34 (小説)  
「この異様な殺気はひとの放つものではない。ひるむなよ」
荒川、福田、加藤は師範代の久野に励まされた。
「オス」
勇ましい気合のこもった声で三人が応える。
道場生はひるむどころではない。
取得した剣の技を存分に振るえる時がきたのだ。
久野たちは武者震いしている。
道場の違い窓が閉ざされていく。
加藤の前の窓はあけられたままだ。
引き絞った半弓。
ピュと矢をいる。
異形のモノがケヤキの影からのっそりと現れた。
「胸か、喉仏をねらえ」
足に突き立った矢をもぎとる。
二ャリと笑う。
平然と近づいてくる。
加藤は二の矢をつがえた。
顔がきびしくひきしまる。
ヒョウとはなつ。
吸血鬼の喉元にみごとに当たった。
吸血鬼はよろめく。
ジューと溶けていく。矢尻は皐でできている。
トネリコの杭を打ち込んだとおなじ効果がある。
グワッという獣の吠え声のような衝撃波。
閉じたばかりの窓が内側にはじきとばされた。
床が鳴っている。きしみながら反り返る。波打っている。
分厚い檜の床がひびわれそうだ。
屋根の瓦が空にまいあがる。半開きの窓から弓をかまえた道場生はそれをみてもひるまない。連射して、吸血鬼を近づけまいと必死だ。
刺す木。鹿沼特産の皐をお矢尻とした吸血鬼撃退アイテムの特殊な矢を射る。
古来より鹿沼の地でかくもおおくの皐が栽培されてきたか理解する。
古代、天国の園丁であったという吸血鬼の死を可能とした死可沼、かぎりなくやさしい癒しの沼が道場の裏の森にひっそりと存在している。
屠血苦墓と呼ばれていた。いまの<栃窪>溜めだ。
神の宿る沼。吸血鬼がされたように血を吐き苦しみながら死んでいく沼。
吸血鬼の墓場。屠血苦墓。それでも死を望んでも死ねない吸血鬼にとっては癒しの沼なのだ。
それでこそ吸血鬼が集まってきた。
それでこそ吸血鬼との戦いの経験がこの地にはのこっていた。
世の乱れを、吸血鬼の侵攻をくいとめる聖なる地。
神の宿る沼。それがいつしか、神沼、鹿沼と呼ばれるようになった。
その神なる沼の底を支えた土。神なる沼の土。
鹿沼土で栽培された皐。
その矢の効果をみて幻無斎は目を見張っていた。
皐の矢の効果は幻無斎を満足させていた。
すべては伝説ではなかった。歴史の中で起きた事実だった。
おおきく歴史が変わろうとするとき、ほの見える鹿沼。
桜田門の変。
刃こぼれひとつせず、敵に天誅をくわえた剣。
水戸の浪士がふるった破邪の剣。
鹿沼は稲葉鍛冶。細川一門が鍛えた剣であった。
平時には、鹿沼特産の大麻を収穫する時に用いる農具。
<麻切り刀>を作る野鍛冶だが、その切れ味はいかなる名刀をも凌ぐといわれてきた。
浪士のなかには、死可沼流の剣士もいた。
その子孫がいまも生きている。
その名剣が、魔倒丸を筆頭にまだいくふりものこっている。
その剣士たちの子孫や名剣が吸血鬼をいま迎え撃っていると幻無斎は思う。
感慨無量だ。
鍔鳴りがたかまっていた。
久野師範代やそれに次ぐめんめんがありったけの細川の剣を引き抜く。


吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-09 01:57:08 | Weblog
5月9日 金曜日
吸血鬼/浜辺の少女 33 (小説)
 師範代、久野の声だ。
「特Aランクの実戦だ。くりかえす。特Aランクの実戦だ。これは訓練ではない」
 劇画調のアナウンスだが、マイクから流れてくる久野の声は緊張していた。1メートル85もあり、平常心をくずすような男ではない。剣の道で鍛え抜いている。やわな男ではない。
 それが、声を高くはりあげている。声をふるわせている。
 むりもない。伝説だった。話でしか聞いていなかった。吸血鬼、の襲撃。
 それがいま現実となっている。犬が吼えいる。日が陰ってきた。
 吸血鬼などこの世に存在するはずがない。古来からこの地方に伝えられ、炉辺で語り継がれてきた<鬼>伝説だ。隣町栃木の大中寺の青頭巾の話は日本で最初の吸血鬼小説だともいわれている。でもすべて伝説だと信じていた。
 久野たちの修行の道場であった空間が、ふいに奇怪な異空間とまざりあっている。
 怪異な空間と溶け合ってしまった。
「半弓を用意するんだ」
 古武道の道場である。武芸百般とまではいかないが、弓道、柔術は鍛練教科にはいっている。
「皐の矢尻のついたものを持ってこい」
 西中学剣道部の荒川はいまも道場にいた。くわえて柔道部の福田、弓道部の加藤が師範の命令にしたがって厳しい顔で働いている。
「中学生は参戦させないほうがいい」
 久野がだれにいうともなくつぶやく。迷いがあった。中学生が怪我でもしたら……。
「かまわぬ。責任はおれがとる。白虎隊の故事がある。荒川、福田、加藤もこれからの鹿沼を守っていかなければならない若者だ」
 と幻無斎。
「みんな。若ものに怪我させるなよ」
 久野が道場生に念をおす。
「オス」
 と元気な声が異口同音に応える。
 刺す木、皐の矢は吸血鬼を刺しとおすと古来からいわれていた。
 半弓をもったものに混じって、諸葛弩をかまえているものがいる。
 諸葛孔明の発明という。連射10本のすぐれものだ。こうした武器が備蓄されていたということは、吸血鬼の存在と襲撃を予期していた道場主がいたということだろう。
 あるいは、過去に吸血鬼の襲撃にあい、こうした武器が有効だという実体験をしたものがいたのか。
 鹿沼土によって栽培された皐を削った矢。
 そして胸にたいしての突き技のおおい死可沼流の剣技。
心臓部を突きぬくような激しい技。
首を切り落とすとしか思えないような攻撃。
すべてが人間を相手にした流派ではなかったのだ。
それらは、吸血鬼を敵としての修行であった。そう理解すればまことに理にかなった剣の修行であつたと久野は納得した。それを、その理論を証明できる機会がおとずれたのだ。  
ざわざわと狂念が吹き寄せてくる。


吸血鬼/浜辺の少女       麻屋与志夫

2008-05-08 21:32:31 | Weblog
5月8日 木曜日
吸血鬼/浜辺の少女 32 (小説)
 それはふたりの血のなせる業かもしれない。と、絵筆のキャンパスにあたる筆触を楽しみながら隼人は思った。ぼくらの血は混ざり合っていたのだ。
 わたしが戦うときは、目が赤くなる。恥ずかしいところを見せてしまったけれど、隼人あなたはたじろがなかった。
 うれしかった。好きよ、ハヤト。
 ぼくも夏子を愛している。
 ありのままのわたしをうけとめてくれる男に会えるとは思わなかった。
 美を追い求める、絵を描きつづける高揚感がふたりから漂い出ていた。
「ああ、傑作が描けそうだ」
 ああ、夏子。
 あなたは、なんて綺麗なのだ。
 美しすぎる。あなたの顔をぼくには表現できない。
『後ろ向きに描かないでよ』
と夏子が隼人にテレパシーでよびかける。あまり熱烈に美しいといわれたので、テレテいるのだ。
 世の中には絶えず戦場がある。武器による戦いが後を絶たない。ぼくらも大谷の地下洞窟で戦ったばかりだ。
 だが、いまは剣を絵筆にかえている。
美の神との美しいハーモニー。邪悪なものをとおざけようとしている。醜悪なものをとおざけようとしている。隼人は興奮してまた青年期特有の観念的な思考の世界にのめりこむ。
 美しいものは善なるものを高めるのかもしれない。
美しいものを愛でる心は、悪いことを考える心を清める。
「きょは、ここまでね。くるわ」
 とふいに夏子がいった。
 隼人にも感じられた。
 夏子といるので感覚が鋭くなっている。隼人の感性が増幅されている。
 いままで感じられなかったことが感じられるようになった。ざわざわと背筋を虫がはっているようだ。
 ドアが開かれた。鹿未来と雨野が飛びこんできた。
「くるわね」
 母と娘が並ぶ。遥か時空を越えて母と娘がともに生きている。
 鹿未来は抗加齢協会の名誉会長になれるほど若く見える。マイナス5歳肌ドコロドロノ騒ぎではない。化粧品のキャンペーンガールもマッサオのピチピチハダダ。
 ふたりとも若さに輝いている。
 鹿未来が夏子の後を追い窓辺に立つ。
「まだやる気なのね。まだ日が陰らないというのに。鹿人もあせっているのね。よもや、夏子がもどってくるとは、考えていなかったでしょうからね」
「おかしいわ。こちらにむかつてこない」
「道場があぶない」
 壁に立て掛けてあった魔倒丸が音を立てている。
 鋼のこすれ合う音だ。鍔鳴りしている。鍔がカチカチ鳴っている。
 道場にのこされた稲葉鍛冶の細川唯継の鍛えた剣と共鳴しているのだ。

13

死可沼流の道場でも稲葉鍛冶の鍛えた剣の鍔鳴りが起きていた。剣と剣が共鳴し合っている。
「吸血鬼の襲撃だ。戦闘態勢をとれ」 


吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-08 18:34:31 | Weblog
5月8日 木曜日
吸血鬼/浜辺の少女 31 (小説)
 柱の古時計の針がピンと動いた。
時報を告げて鳴りだした。
 清澄な朝の気配の中で、隼人は傑作の描けそうな期待感に舞い上がっていた。
 イメージが形をとる。
色彩が頭の中で渦をまいている。
「そうよ。そうよ。その意欲よ。いい絵を描こうとする気力が大切なのよ」
 食事が済む。
 キャンバスに向かう。
 吸血鬼の髪が横にたなびいている。
ひとりの男を捕えている。あのムンクの絵の構図から抜けだせない。あの絵のイメージが隼人のまとわりつく。
隼人は美術史を専攻していた。ムンクの絵は画集や展覧会でほとんど観ている。それがかえって禍となっている。
ムンクの影響から抜けださなければだめだ。
吸血鬼に捕えられる恐怖を描くのではない。
美の女神に出会ったよろこびを表現したい。
ムンクは美しいものがあたえる衝撃、戦慄を克服できなかった。
力ずくでおさえこもうとした。そういう時代だったのかも知れない。ニーチェの哲学の影響もあったのだろう。
そして美のもたらす恐怖に耐えられず、やさしく狂っていった。
叫びながら。
恐怖に慄き、恐怖に耐えられず、恐怖の叫びを……あげながら。隼人はそんなふうに観念的にムンクを理解していた。だがいまはちがってきた。
美しいものとの出会いのよろこびこそ表現されるべきなのだ。むずかしい理屈はいらない。
夏子と会った、浜辺の少女と会ったよろこびをキャンバスに定着させればいいのだ。
 隼人。おまえはじぶんの絵をかけばいいのだ。ムンクのモデルがいままさに目前にいる。だが、ここは21世紀の日本、北関東の極み鹿沼なのだ。
 夏子の内部にあるムンクの狂気の画才をベースにして、隼人の色彩感覚が構図が楽しいほど、決まっていく。流れるように筆が進む。
 美は克服するものではない。楽しむもの。よろこびを感じるもの。ともに共鳴しあって旋律を奏でるもの。
夏子と出会ってから隼人はそう思うようになっていた。
 ふたりで共鳴しあう。その美の振動をおたがいに感じ、さらに感動し合うものこそ芸術だ。小説だってそうだ。作者の感動を読者が読みとる。共鳴する。それが本を読む楽しみだ。
 夏子。愛している。
 隼人。ムンクはわたしの実体を知った。
 恐怖の叫び声をあげた。
 叫びながら、吸血鬼を見た恐怖に慄き、絵筆をふるいながら発狂した。悲しかった。
 隼人。あなたは、はじめからわたしのことを受けいれてくれた。
 吸血鬼のわたしを怖がらなかった。 


吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-07 17:15:03 | Weblog
5月7日 水曜日
吸血鬼/浜辺の少女 30 (小説)
「隼人さんは、死可沼流の剣士だけではなかったのね。絵師でもあるのね」
「いまは画家っていうの」
「あら、語呂合わせをしたのよ」
 鹿未来がほほ笑んでいる。
「それは、わたしが選んだひとですもの」
 夏子も負けていない。会話を二つとばした。絵師でもあるのねという褒めことばに応える。
 雨野と鹿未来が部屋を出ていく。隼人さんとふたりだけにしてあげましょう。という心遣いからだ。
「隼人。ありがとう。ぶじに雨野を救いだせたわ」
 夏子が唇をよせてきた。
『吸血鬼の唇を吸うのってスリリングだと思っているのね』
『ぼくの心をのぞかないでください』
 半分は声にだして、後はテレパシーで会話をかわしているふたりだった。
「ああ、隼人。わたしもあなたが好きよ。愛しているわ」
 夏子が隼人の唇をふさいだ。
 隼人は夏子をぴったりとだきよせる。
 夏子がしなやかに隼人に身を任せる。
 隼人ははかなく消えてしまうような夏子をだきしめている。この時間が永遠につづけばいい。
 夏子はやさしく隼人の背を愛撫している。
 そっと隼人は、そっと夏子の胸にふれる。
 夏子のミントの香りが漂う。
 唇がはなれる。隼人がふたたび夏子をぎゅっとだきしめた。もうそれだけで隼人は幸せだ。
 じっと夏子が隼人をみつめている。
「わたしの隼人……」
「夏子。夏子、夏子」

 目覚めるとスープのいい匂いがしていた。
「夏子さんたちは」
「おふたりは、霊壁を補修しています。いつまた、鹿人さまがおそってくるかわかりませんから」
 窓を開ける。壁の赤茶けて枯れてしまったツタの葉を切りとっていた。あの葉がレーダーの役割を果たしていた。鹿人たちの接近をしらせたくれたのだ。
『今日こそ、隼人。また何枚か絵を描き上げましょうね』
 夏子の思念がとどく。離れ過ぎているので声はとどかない。それでも夏子の朝の笑顔はみえる。若やいだしぐさで手をふっている。
「隼人。あなたが絵を描くために燃えあがれば、わたしの心はやすらぐの。隼人からエネルギーをもらえるの。そして邪悪なものと戦う力が強くなるの」
 部屋には光が差し込み、色彩に満ちていた。
 ロココ調のアンティク家具や調度品の角や面が光を受けてすばらしい陰影をみせていた。


吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-07 05:33:49 | Weblog
5月7日 水曜日
吸血鬼/浜辺の少女 29 (小説)
「兄さん」
 母を侮辱された。それも兄によって。だからこそ、許せない。ほおっておくと母にどんな危害を加えるかわからない。夏子はまさに怒髪天をつく形相となる。美しいだけに凄惨ですらある。
 黒髪が瞬時に、青白く輝度をます。
「前言撤回を要求します」
 夏子の口から古いことばが飛びだす。
 鹿人の首をさらに締める。
「なんだ。これは。力が抜けていく。ヤメロ」
 鹿人が声を荒げて苦しむ。広間に面した洞窟の入り口からコウモリが群れをなして噴出する。隼人の剣気にうたれて身動きできなかった。魔族からもコウモリに変身するものがでた。
 コウモリは猛烈な悪意の波動となる。黒いうねりは一斉に夏子と隼人をおそう。
 青いフレアをあげている。鹿人を苦しめている。夏子の髪にコウモリが噛みつく。
 隼人が風車のように剣を振るう。剣をきらめかせてコウモリを斬る。夏子をおそうものは容赦しない。
「タタキ斬るぞ。コウモリのみじん切りにしてくれる」
 コウモリを斬らなければ夏子が危ない。
 夏子を守るためなら……なんでもする。
 コウモリなら、遠慮なく斬れる。
 夏子をおそうものは斬り捨てる。
 夏子に殺意をもつものは、斬る。
 だがコウモリは群れをなして際限なくおそってくる。
 いくら斬りはらってもその数が減らない。
「姫様。鹿未来様も引いてください」
 争いの渦から雨野が飛び退る。夏子の手をとって退却をうながす。
 追いすがるコウモリの群れに隼人は剣を振るう。剣を稲妻のようにひらめかせる。
斬り上げ、斬り下げ、左右に払う。
隼人は殿を務める。あとから追いすがるコウモリを斬り払い、退路を確かなものとする。
鹿未来。夏子。雨野と隼人はただひたすら走る。走る。光ある空間にむかって走る。
走れ。走るんだ。たがいに励まし合って先を急ぐ。
「リリスは大丈夫かしら」
「始祖でも墓地にはみだりに入れないから心配ないでしょう」
 やがてかすかに陽光が見えてきた。
 光。本来なら吸血鬼の苦手な紫外線の元へ飛びだした。
 新鮮な空気。草いきれが気持ちいい。
 太陽が輝いていた。
 眩い光の中までは、コウモリは追ってこなかった。
 雷雨はすでに去っていた。夏の終わりの北関東は鹿沼の空はどこまでも青かった。

12

「雨野を助けだしたのだから、そんなにしょ気ないで」
 夏子は兄の鹿人との戦いに疲れていた。
 鹿未来が夏子を慈愛に満ちた顔でなぐさめる。
 夏子のつたの生えた屋敷にもどっていた。イーゼルには描き上がっている夏子の肖像が架かっていた。部屋はすっかりアトリエだ。鹿未来は、夏子も隼人も雨野も傷も負わずにもどってこられたことを祝福する。
 夏子は美しく微笑んでいる。
「若い想い人がいて、夏子は幸せね」
「いまは恋人というのよ」
「あらそうなの。隼人さんは若いわね」
「あら、お母さま……いまは女性が年下の恋人をもつのがトレンディなのよ」
「年下といっても、いくつ年齢差があるのかしら」
 母娘は顔を見合わせる。プッとふきだした。
「きれいに描けてること。実物よりきれいね」
「お母さま」
 夏子が母をにらむしぐさをする。


吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-06 15:05:11 | Weblog
5月6日 火曜日
吸血鬼/浜辺の少女 28 (小説)
 夏子の悲哀ともシンクロしている。
『よくもどってきてくれたわ』
 という、鹿未来の思念もキャッチした。
 夏子は故郷の<鹿沼土>が恋しい。だけで、もどってきたのではなかった。
『なにか起きそうなの。わたしたち大夜=大谷の一族になにか起きそうなの。ラミヤもどってきて。帰って来て。永久追放なんて、気にしないで鹿沼にもどってきて』
 一族の存亡にかかわるようなこと。
 とんでもないことが起きそうな予感。
 だがそれが、どんな型で現れるのか。
 危険な予知が棺の中の鹿未来には感じられた。
 一族の命運をも……決めかねないことだ。
 鹿人がこれからやろうとしていることは。
 それがなんであるかはわからない。
 鹿未来は悲しいかな棺の中。
 夫殺しという罪状がなければ一族の女長の地位にいる鹿未来だ。
 罪状認否もなしに仮死状態におとされて棺の中。それでも一族のことは心配だ。鹿人もラミヤも可愛い子どもたちだ。一族のことも気にかかる。干からびた仮死の体からラミヤにSOSを発信した。
 愛娘ラミヤはその吸血鬼通信に応えてこうしてもどってきた。
隼人の血をすわせることで鹿未来を蘇生させた。
「この場はひきましょう」
「させるか」
 鹿人と夏子の体が中空で交差した。
青白い炎が飛び散った。
「姫!」
雨野の声がひびいた。
「ジイ。ブジダッタノネ」
 拘束を断ち切って自由の身となったのか。
 リリスに助けられたのか。雨野は鹿人の背後にふいに立体化した。鹿人の腕の動きを封じた。
「レンフイルドが。従者が主人である吸血鬼に逆らうのか」
 鹿人が苦鳴を上げた。夏子の黒髪で喉を締められている。
「鹿人も夏子もやめなさい」
 鹿未来が母の威厳で静かにたしなめる。
 始祖の黒く偉大な影は動かない。
 吸血鬼の祖である影は微動だにしない。
 それがひさしぶりで会った孫娘への愛か。
 隼人は争いの渦の外にいる。 
隼人も正眼に魔倒丸をかまえたまま動かない。
夏子をおそおうとする鹿人の配下を牽制している。
魔族は破邪の力を秘めた剣気に打たれている。
それ以上近づけない。シャシャという悪臭を吐きながら包囲網を絞ろうとしている。隼人を威嚇する。
 隼人には吸血鬼を切る意思はない。隼人には吸血鬼とそのRFを切り殺すつもりはない。
 こちらから切りこんで吸血鬼とRFを葬る気はない。そんなことをすれば、争いに火をつけるようなものだ。
「鹿人。あなたは幼少のころから妹をいびってきた。どうしてなの? どうして夏子を憎むの」
「蘇ったからって、おれはあんたを母として、みとめないから」


吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-05 14:35:13 | Weblog
5月5日 月曜日
吸血鬼/浜辺の少女 27 (小説)
  鹿人が狼狽して飛び退く。
「そういうことかよ。鹿未来も永い眠りから目覚めた。再生した。隼人はわれらに逆らう、夜の一族を滅ぼそうとして送りこまれた鹿未来の実家……死可沼流の家の者だったのか」
「それはちがいます。母にはわたしたちへの害意はないわ。わかってあげて、お兄さま」
 夏子が家族内の相剋を悲しみながら叫ぶ。
 玲瓏とした美貌に悲しみをこめてさけぶ。
「わたしたちを生んでくれたここにいる母は、闇の一族のことはなにも知らずに嫁に来たのです。母は父を愛していました。ひと噛みされて、一族の花嫁となったときから、いまでも父を愛しています。母はわたしたちが、ひとと共存共生できる世界を夢みているの。その成果が、ひとの血を吸わずに生きながらえてきたわたしなのよ。わかってあげて。母は父をいまも、いいえ……永遠に愛しているのよ。愛しあう両親から生まれたわたしたちが、なぜ争わなければならないの。なぜ憎しみ合わなければいけないの」
 鹿未来の目に涙が光った。
 しかし鹿人の歯列が歪む。
 夏子への憎しみ、隼人への敵意をむきだしにした。
 鹿人の敵意は、隼人がかって浴びたことのないない敵愾心に濡れていた。
 母に似た美しい妹が子どものころから憎くかった。
 父を倒した母が疎ましかった。母への殺意があった。だが、剣道の達人だった。幼い鹿人に勝ちめはなかった。
 父は強くなければいけなかった。
 父が一族の長として君臨していれば、鹿人の少年時代はもっと豊かで楽しかったはずだ。
 鹿人はもっと強くなれたはずだ。
 鹿人の犬歯がそれらすべての感情と思いをこめて、異様にせりだしてきた。
 祖父の前で、一族のものが見守る中で、じぶんの強さを誇示したい。
 犬歯が光る。白く伸びる。
 きらめいている。下唇をこえて伸びたナイフのようにきらめく犬歯。
 あれを楔のように首筋に打ちこまれたら。血をすすられたら、まちがいなくひととしては死ぬ。吸血鬼になってしまう。
 隼人はおののいた。首筋が現実に噛まれたように痛む。痛みは鋭く深い。血が流れでているように感じる。吸血鬼の心理攻撃だ。戦わずしてすでにひとを屈服させている。鹿人の双眸の真紅の光がさらに強なる。隼人は目を細める。ほんとうは目をつぶったほうがいい。
 夏子への愛が鹿人の心理攻撃に耐える。害意にたいして心のブロックを固める。愛することは、死を賭して守りぬく。
 首筋への衝撃波がうすらぐ。鹿人の鉤づめがおそってくる。かわす。正面蹴りが隼人の顎にくる。飛び退ってかわす。吸血鬼の乱杭歯と鉤づめ。鹿人は肉体をメタモルフオウゼさせた。もう完璧な吸血鬼だ。完全な吸血鬼だ。絶対吸血鬼だ。
 鹿人のからめく爪が隼人の喉を突いてくる。避けながら隼人の剣が鹿人の腕をしたからなぐ。
 金属音がひびく。チャリリリと鹿人の爪が隼人の剣で切断された。
 それでも爪は隼人の両眼に狙いをつけて飛びこんできた。
 パチッと青白い火花が散る。夏子の瞳は緋色にかがやき、鹿人を照射している。
「やめんか。やめなさい」
「始祖。おじいちゃん」
 甘える声で夏子が呼びかける。
「夏子おやめなさい。いまさら争ったところで古からの抗争をくりかえすだけです」
『お母さま。それではなんのために危険を冒して……この地にもどってきたのか、夏子にはわかりません。鹿未来の直系のわたしにだけ傍受できる呼びかけに応じて……』
 夏子が、母と娘の頭にひびく声なき声でささやく。ほかのものには聞こえない。夏子とマインドが、精神回路がつながっている隼人には聞きとることができた。
 聞こえている。内密にかわされている親娘、ふたりの会話が隼には聞こえている。


吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-04 20:28:05 | Weblog
5月4日 日曜日
吸血鬼/浜辺の少女 26 (小説)
「ラミヤ。鹿沼から嫁いできたお前の母が生きかえった。未来には生きかえるという伝説がいま現実のものとなった。鹿未来の再誕だ。それも人の血をやっと吸ってくれての復活だ。うれしいではないか」
「雨野はどこにいるのかしら。かえしてくださるわね」
「それは鹿人に聞け」
 おじいちゃんはむかしのように威厳がない。老いた始祖を夏子は不安げに見あげた。
「お兄さまはなにを企んでいるのですか」
「世界制覇らしいな」
「鹿人はアナログよ。わたしはこの百年ヨーロッパをさまよい歩いてきたわ。大きな戦争を二つも経験した。数えきれないほどの死者をみた。おおくの若者が死んでいくのを見てきた。夜の一族との戦いも経験してきてたわ。でも、わたしは こちらから戦いを挑んだことはない。ひとをおそったこともない。血を吸うことはあいかわらずできない。芸術家の精気だけを吸って生きてきた。世の移り変わりを見てきた。おじいちゃん、おねがい鹿人をとめて。おたしたちはこのままでいいじゃないの。いやだったら、わたしみたいに、ひとの血を吸わなくても生きていけるようになるべきよ。ひととの共生をはかるべきよ。そけが時代になじむことと、わたしは学んできたわ」
「ばかな」
 始祖は威厳にみちた態度でいった。
「おねがい」
「ばかな。そんな考えはうけいれられない」
「偉大なる始祖。おじいちゃん。夏子の考えはわかったでしょう。あきらめるのだ、夏子。白っこらしい平和主義、反吸血鬼的な態度はすてるのだな」
 鹿人が始祖の隣に出現した。憎しみのため目が真っ赤に充血している。始祖と夏子の対面をうかがっていのだ。
「おじいちゃん。おねがい」
「だめだ。あきらめるんだ」
「おじいちゃん。わたしたちは、争わなくても、生きていけるように進化していくべきなのよ」
「おれたちは昼でも活動できるように進化してきた」
と鹿人。
「ひと、共に生きていけるようになるまで、あと一息よ。おねがい」
「おとうさん。わたしからも……おねがいします」
 よみがえった夏子の母。隼人の遥かなる祖母も口添えする。
「おやじを殺した女はだまってろ」
 憎しみをこめて鹿人がいう。
「鹿人。わたしは殺したくてあのひとを手にかけたわけではない」
「鹿未来。弁解は無用。いくたび繰りかえしてきた議論だ。またむしかえすことはない」
「それよりラミヤの処分だ。また遠隔に追放するか」
「もうたくさんよ。雨野を返してくれれば、おとなしく退散するわ。そして、もうここへはこない」
「ばかな」
 鹿人がふいに夏子におそいかかった。
憎しみのため鉤づめがブルーに光っている。
体も蛍光性ブルーの霧におおわれている。
隼人が夏子と鹿人の間にわってはいる。霧からブルーの色彩が薄れていく。
「そそれは……」
 隼人が夏子をかばう。剣を抜く。地ずりにかまえる。必殺のかまえだ。間合いにはいりこんだものは、したから掬いあげるように切る。返す刀で、切りさげる。切り口が二重になる。秘剣。稲妻二段切り。


吸血鬼/浜辺の少女

2008-05-03 02:11:21 | Weblog
5月3日 土曜日
吸血鬼/浜辺の少女 25 (小説)
 薄闇の奥から夏子の気配が漂ってくる。糸をたぐりよせるように夏子の思念をたよりに進む。念波を発信するということは、じぶんの位置を敵に知らせることにもなる。その危険をおかしてまで、夏子が隼人に呼びかけている。
「そう、そのまま進んできて」
 夏子のことばにしたがって先をいそぐ。
 闇から白い手が伸びてきた。夏子だった。
「怖かったでしょう。よくここまでたどりつけたわね」
「リリスが教えてくれた」
「そうね。わたしたちのシンパもいるのよ」
 夏子が唇をよせてきた。あたたかな唇の感触。しびれた。快感。ふたたび口の中にミントの香りがただよう。気力がわきあがる。夏子にしたがって左折した。ひろい空間にでた。
「ラミヤ」
 すすり泣くような細々とした声がする。
「お母さん。お母さんなの? 蘇生していたのね」
「ラミヤ。わたしの可愛い娘の匂いがいま、わたしを呼び醒ましたのよ」
 広間には古びた棺が並んでいた。吸血鬼の地下墳墓だった。
 どこからともなく明かりがもれている。でも紫外線を含んだ光であるはずはなかつた。太陽の光線ではないひかり。地下のヒカリゴケが発する光のようであった。
 ひときは年代を感じさせる棺の蓋が半開きとなり、干からびたミイラのような細い腕がその縁にかかった。
 蜘蛛の巣と埃を払って起き上がろうとしている。
「隼人。一滴でいいの、母の唇に……」
 顔はシロウのようだ。だが、隼人には恐怖はない。夏子に会ったときのように、なつかしさがある。隼人は唇を噛みその顔に唾液まじりの血をそそぐ。夏子と相似形の顔が瞬時にしてよみがえる。
 隼人はすばやく指先に剣の刃をあてた。
「これは出血サービスです」
 血が唇にたらたらと垂れた。
 みるまに顔に赤みがさす。
 隼人の遠い祖母がそこにはいた。
「ラミヤの母。鹿未来、カミイラです」
 隼人はまだ見ぬ母にあったような感情になった。
「もういちど、お見事といわせてください。こうした再誕ははじめてみさせていただきました。大谷の地下にこないように。警告の使いをだしましたが、無用のことだったようです」
 リリスが実体化した。
「おねがい。リリス。雨野をたすけだして」
「承知しました。でも、あまり事をあらだてないですむといいですね」
「わたしは、雨野さえ返してもらえれば、それでいいの。わたしのことを一世紀も待っていてくれた雨野がとらわれたままではかわいそうで、しかたないの。雨野を返してもらえれば、すぐに退散するわ」

11

鹿未来と夏子、隼人とリリスは墓地をでる。
 しばらく行くと広間にでた。大理石を敷きつめた絢爛豪華な広間にでた。いままでの、薄暗い空間はすべて偽装だったのか。ここは、夜の一族の地下宮殿の広間だ。
 拍手がした。
「オジイチャン。おひさしぶりです。約定を守らず帰還して、ごめんなさい」