5月10日 土曜日
吸血鬼/浜辺の少女 34 (小説)
「この異様な殺気はひとの放つものではない。ひるむなよ」
荒川、福田、加藤は師範代の久野に励まされた。
「オス」
勇ましい気合のこもった声で三人が応える。
道場生はひるむどころではない。
取得した剣の技を存分に振るえる時がきたのだ。
久野たちは武者震いしている。
道場の違い窓が閉ざされていく。
加藤の前の窓はあけられたままだ。
引き絞った半弓。
ピュと矢をいる。
異形のモノがケヤキの影からのっそりと現れた。
「胸か、喉仏をねらえ」
足に突き立った矢をもぎとる。
二ャリと笑う。
平然と近づいてくる。
加藤は二の矢をつがえた。
顔がきびしくひきしまる。
ヒョウとはなつ。
吸血鬼の喉元にみごとに当たった。
吸血鬼はよろめく。
ジューと溶けていく。矢尻は皐でできている。
トネリコの杭を打ち込んだとおなじ効果がある。
グワッという獣の吠え声のような衝撃波。
閉じたばかりの窓が内側にはじきとばされた。
床が鳴っている。きしみながら反り返る。波打っている。
分厚い檜の床がひびわれそうだ。
屋根の瓦が空にまいあがる。半開きの窓から弓をかまえた道場生はそれをみてもひるまない。連射して、吸血鬼を近づけまいと必死だ。
刺す木。鹿沼特産の皐をお矢尻とした吸血鬼撃退アイテムの特殊な矢を射る。
古来より鹿沼の地でかくもおおくの皐が栽培されてきたか理解する。
古代、天国の園丁であったという吸血鬼の死を可能とした死可沼、かぎりなくやさしい癒しの沼が道場の裏の森にひっそりと存在している。
屠血苦墓と呼ばれていた。いまの<栃窪>溜めだ。
神の宿る沼。吸血鬼がされたように血を吐き苦しみながら死んでいく沼。
吸血鬼の墓場。屠血苦墓。それでも死を望んでも死ねない吸血鬼にとっては癒しの沼なのだ。
それでこそ吸血鬼が集まってきた。
それでこそ吸血鬼との戦いの経験がこの地にはのこっていた。
世の乱れを、吸血鬼の侵攻をくいとめる聖なる地。
神の宿る沼。それがいつしか、神沼、鹿沼と呼ばれるようになった。
その神なる沼の底を支えた土。神なる沼の土。
鹿沼土で栽培された皐。
その矢の効果をみて幻無斎は目を見張っていた。
皐の矢の効果は幻無斎を満足させていた。
すべては伝説ではなかった。歴史の中で起きた事実だった。
おおきく歴史が変わろうとするとき、ほの見える鹿沼。
桜田門の変。
刃こぼれひとつせず、敵に天誅をくわえた剣。
水戸の浪士がふるった破邪の剣。
鹿沼は稲葉鍛冶。細川一門が鍛えた剣であった。
平時には、鹿沼特産の大麻を収穫する時に用いる農具。
<麻切り刀>を作る野鍛冶だが、その切れ味はいかなる名刀をも凌ぐといわれてきた。
浪士のなかには、死可沼流の剣士もいた。
その子孫がいまも生きている。
その名剣が、魔倒丸を筆頭にまだいくふりものこっている。
その剣士たちの子孫や名剣が吸血鬼をいま迎え撃っていると幻無斎は思う。
感慨無量だ。
鍔鳴りがたかまっていた。
久野師範代やそれに次ぐめんめんがありったけの細川の剣を引き抜く。
吸血鬼/浜辺の少女 34 (小説)
「この異様な殺気はひとの放つものではない。ひるむなよ」
荒川、福田、加藤は師範代の久野に励まされた。
「オス」
勇ましい気合のこもった声で三人が応える。
道場生はひるむどころではない。
取得した剣の技を存分に振るえる時がきたのだ。
久野たちは武者震いしている。
道場の違い窓が閉ざされていく。
加藤の前の窓はあけられたままだ。
引き絞った半弓。
ピュと矢をいる。
異形のモノがケヤキの影からのっそりと現れた。
「胸か、喉仏をねらえ」
足に突き立った矢をもぎとる。
二ャリと笑う。
平然と近づいてくる。
加藤は二の矢をつがえた。
顔がきびしくひきしまる。
ヒョウとはなつ。
吸血鬼の喉元にみごとに当たった。
吸血鬼はよろめく。
ジューと溶けていく。矢尻は皐でできている。
トネリコの杭を打ち込んだとおなじ効果がある。
グワッという獣の吠え声のような衝撃波。
閉じたばかりの窓が内側にはじきとばされた。
床が鳴っている。きしみながら反り返る。波打っている。
分厚い檜の床がひびわれそうだ。
屋根の瓦が空にまいあがる。半開きの窓から弓をかまえた道場生はそれをみてもひるまない。連射して、吸血鬼を近づけまいと必死だ。
刺す木。鹿沼特産の皐をお矢尻とした吸血鬼撃退アイテムの特殊な矢を射る。
古来より鹿沼の地でかくもおおくの皐が栽培されてきたか理解する。
古代、天国の園丁であったという吸血鬼の死を可能とした死可沼、かぎりなくやさしい癒しの沼が道場の裏の森にひっそりと存在している。
屠血苦墓と呼ばれていた。いまの<栃窪>溜めだ。
神の宿る沼。吸血鬼がされたように血を吐き苦しみながら死んでいく沼。
吸血鬼の墓場。屠血苦墓。それでも死を望んでも死ねない吸血鬼にとっては癒しの沼なのだ。
それでこそ吸血鬼が集まってきた。
それでこそ吸血鬼との戦いの経験がこの地にはのこっていた。
世の乱れを、吸血鬼の侵攻をくいとめる聖なる地。
神の宿る沼。それがいつしか、神沼、鹿沼と呼ばれるようになった。
その神なる沼の底を支えた土。神なる沼の土。
鹿沼土で栽培された皐。
その矢の効果をみて幻無斎は目を見張っていた。
皐の矢の効果は幻無斎を満足させていた。
すべては伝説ではなかった。歴史の中で起きた事実だった。
おおきく歴史が変わろうとするとき、ほの見える鹿沼。
桜田門の変。
刃こぼれひとつせず、敵に天誅をくわえた剣。
水戸の浪士がふるった破邪の剣。
鹿沼は稲葉鍛冶。細川一門が鍛えた剣であった。
平時には、鹿沼特産の大麻を収穫する時に用いる農具。
<麻切り刀>を作る野鍛冶だが、その切れ味はいかなる名刀をも凌ぐといわれてきた。
浪士のなかには、死可沼流の剣士もいた。
その子孫がいまも生きている。
その名剣が、魔倒丸を筆頭にまだいくふりものこっている。
その剣士たちの子孫や名剣が吸血鬼をいま迎え撃っていると幻無斎は思う。
感慨無量だ。
鍔鳴りがたかまっていた。
久野師範代やそれに次ぐめんめんがありったけの細川の剣を引き抜く。