日常観察隊おにみみ君

「おにみみコーラ」いかがでしょう。
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◎本日の空想劇場「策略」

2014年11月09日 | ◎これまでの「OM君」
ガチャン
あっ、やったな。
右折車両と直進車両が目の前で接触した。
若い男とおじさんがそれぞれの車から降りてきた。
右折は若者、直進はおじさんだった。
右折車両の方が責任は重い。
「やりましょうか」
若者が手のひらをおじさんに見せた。
そこにはサイコロがふたつ乗っている。
「おう、そのかわり、俺が買ったら補償額は2倍にしろよ」
「僕は偶数で」
「おう、おれは奇数だ」
サイコロがアスファルトに転がる。
凝視する二人。
「よし!」
若者がガッツポーズをした。
おじさんががっくり肩を落とす。
「それじゃあ、そういうことで」
若者は車に乗り込みそのまま走り去った。

「ギャンブルでの決定を最重要のジャッジとする」
憲法で定められたのは俺が生まれる前だった。
おやじ達の世代ではいろいろな葛藤もあったのだろうが、俺たちの世代はとくに疑問を感じることもなく自然と受け入れた。
事故の顛末を眺めたあと、ひとつのひらめきが俺を襲った。
そしてある場所に足をむけた。

俺は典型的な負け組だ。
学校を卒業後、車の部品を製造する仕事に就いた。
不況のあおりを受け、早々に人員整理された。
再就職もうまくいかず、バイトと肉体労働で口に糊する生活がつづいた。
しかし、肉体労働で腰がやられた。
出来る仕事が激減し、アパートを追いやられた。
もうだめだ。


俺は億ションと呼ばれる、このあたりでは有名なアパートの前にいる。
待っている。
待っているのはオートロックを突破するための宅配業者だ。
ついにやってきた業者の背中にくっつくように中に入る。
そして踊り場で息を殺す。
夕暮れになり、夜になる。
なかなか、めぼしい住人が帰ってこない。
人生を掛けた勝負をするつまりだ。
つまり、金持ちの余ったお金を分けてもらう。
どうせあいつらが無駄使いする金だ。
俺に施しても罰は当たらないだろう。
逆に心配なのは相手が何を俺に要求するかだ。
何も盗らずにただこの場から立ち去る。
これが俺の理想の要求だ。
そのためには人命を奪うこともあり得るという迫真の演技をしなくてはならない。

ちょうど一人の老人がエレべーターホールに降りた。
一人だ。
十分に裕福そうに見える。
後を追う。
老人はカードキーを使い自室に入室する。
俺は老人の背中を押しながら老人の口をふさぐ。
あわてる老人を自分の体で部屋に押し込み、後ろ手にドアを閉めた。
「うぐぐぐ…」
「暴れるな。俺の話を聞け。分かったか」
冷静にゆっくりと老人はうなずいた。
俺はゆっくりと手を離した。
「何が望みだ」
老人は俺に聞いた。
「分かってるだろう。俺と勝負しろ」
「分かった。お前の望むものをやろう。しかし、私が勝ったら私の為に生涯働いてもらうぞ。それと…勝負は私が決める。いいな」
「ああ、いいだろう」
老人は周りを見渡した。
そしてゆっくりした足取りで部屋に続くドアを開けた。
リビングに移動した。
そして壁掛けテレビの前で止まった。
「そうだ。このテレビで勝負しよう」
「テレビで勝負?」
「そうだ。テレビの電源を入れた瞬間に男性が映るか、女性が映るか…これでどうだ」
「そうか、では俺は女だ。女が映る。(女の方がテレビに映る頻度は多いに違いない。勝った。俺は勝った!)」
「では、私は男性だ。では、いくぞ。勝負!」
老人はリモコンのスイッチを押す。
瞬間、テレビが光る。
映ったのは男性キャスター。
「ククク…」
老人は静かに笑った。

こうして俺はあの老人のもとで働くことになった。
とはいっても、安いが給料も出た。
休みもちゃんとあった。
俺は拍子抜けしながらも、日々の暮らしを平穏に送れる幸せを感じていた。

老人が暖炉の前でくつろいでいる。
炎のオレンジ色がゆらゆらと顔を照らしていた。
老人の口元はゆるんでいた。
あの法律が出来てから私は考えた。
そしてあの日の夜、行った必勝ギャンブルを編み出した。
あの映像は録画したものだ。
男性、女性とも用意されていた映像だったのだ。
相手の賭け方で映す映像を変える。
あのギャンブルで何人の若者を雇ったか。
しかし、結果的には仕事を手にしたあの若者達も幸せなのではないだろうか。
そう思うと、老人の口元はさらにゆるむのだった。
コメント
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