頭の中でサイレンが響く。
プワープワープワー
ある月曜日の朝、それは始まった。
「今日から一緒に働くことになりました原口くんです」
上司が朝礼中にその男性を紹介した。
くせっ毛の長髪。
黒縁めがねをかけた猫背の青年が立っていた。
「最初は青山くんにいろいろ教わって下さい。よろしくね、青山くん」
(えっ、俺!)
「は、はい」
(まいったな~。新人教育にがてなんだよな)
「それでは今週も一週間よろしくおねがいします」
上司は颯爽と退室した。
同僚達はどよ~んとした月曜日特有の空気を醸し出しながらそれぞれの仕事に散っていった。
その場に立ち尽くすのは、俺と原口君だった。
(しょうがない…)
あきらめの気持ちで原口君に一歩近づいた。
その直後…
プワープワープワー
聞こえてきた。
え、何の音だ。
部屋の中をぐるりと見回す。
同僚は普段と変わらなく業務を続行中だ。
俺の頭の中だけで鳴っているのか。
原口君との距離が近くなればなるほど、音量は大きくなった。
「ど、どうも、青山です。よろしく」
動揺を隠しながら話しかける。
「原口です。よろしくお願いします」
依然、サイレンは頭の中で鳴っている。
「それじゃあ、今日はあちらの作業を手伝ってもらいましょうか」
部下に説明を押しつけて、その場をそそくさと離れた。
廊下に出ると、サイレンは止まった。
(何だったんだろう、あれは)
1週間が過ぎ、法則らしきものが分かってきた。
やはり、新人の原口くんがそばに寄るとプワープワープワーとサイレンが鳴った。
ある時はトイレの個室で用を足していると突然鳴り出した。
直後、同僚達と世間話をしながら原口君がトイレに入ってきた。
(まるで、レーダーだねこれは…)
半年が過ぎたある年末の休み、俺は実家に帰っていた。
実家に帰るのはじつに5年ぶりだ。
結婚しない俺を心配して、うるさいことを言われるのがいやで足が遠ざかっていた。
今回帰ったのは幼い頃、母親が自分に言い聞かせた記憶が蘇ったからだ。
「いいかい、アキラ。お前は特別な子供なんだ。自分で自分の事が分からなくなっても困らないように、お母さん本にまとめておくわ。アキラの取り扱い説明書よ」
両親はなぜか結婚の事は口にしなかった。
俺は母に聞いた。
「そういえば、俺のこと本にまとめてあるって言ってなかった?あれ読ませて欲しいんだけど」
母はぎょっとした顔をして言った。
「鳴ってるのサイレン…」
「そうなんだ。鳴るんだ」
「そう」
母は立ち上がり寝室から1冊のノートを持ってきた。
表紙には毛筆で「取扱説明書 アキラ」と書かれている。
ノートはページ番号が振られていて、目次が1ページ目にあった。
目を通す。
項目には体質的な注意点、環境に対する特徴、病歴等が並ぶ。
その中に「アラーム(サイレン)」と書かれた項目があった。
「サイレンは緊急信号です。特にある特定の人物に対してだけ鳴る場合、命に関わるトラブルがその人物との間で発生します。全力でその人物との関係を絶つしか方法はありません」
俺は背筋に寒気を感じながら母に聞いた。
「母さん。何これ」
「うん、あなたの口からサイレンの話を聞くのは、これで3度目なの。あなたは小さかったから覚えてないだけなの」
「え、じゃあ、過去の2回は何が…」
「1回目は3歳の時。近所のおじさんが通る度に音が鳴るんだって、母さん意味が分からなかったの。そしたらそのおじさんの運転する車が暴走して遠足中のあなたたちの列につっこんだの。あなたもけがをしたわ」
「2回目は?」
「6歳の時よ。やっぱり音が鳴るっていって。同級生のシズオ君が近くに来ると鳴るんだって言ってた。母さんは前の事もあったけど、まだ信じていなかった。
そうこうしているうちにその年の冬になったの。その子と喧嘩になって屋上からあなた突き落とされたのよ。さいわい1階下のベランダに落ちて軽傷で済んだの」
その話を聞いた俺は転職した。
もともと独立を考えていた。
ふんぎりがつかなかっただけだ。
その3ヶ月後原口は仕事で運転中、単独事故を起こし、崖から落ちた。
即死だったらしい。
母の話を聞かなかったら、俺はあの車の助手席に乗っていたのかもしれない。
プワープワープワー
ある月曜日の朝、それは始まった。
「今日から一緒に働くことになりました原口くんです」
上司が朝礼中にその男性を紹介した。
くせっ毛の長髪。
黒縁めがねをかけた猫背の青年が立っていた。
「最初は青山くんにいろいろ教わって下さい。よろしくね、青山くん」
(えっ、俺!)
「は、はい」
(まいったな~。新人教育にがてなんだよな)
「それでは今週も一週間よろしくおねがいします」
上司は颯爽と退室した。
同僚達はどよ~んとした月曜日特有の空気を醸し出しながらそれぞれの仕事に散っていった。
その場に立ち尽くすのは、俺と原口君だった。
(しょうがない…)
あきらめの気持ちで原口君に一歩近づいた。
その直後…
プワープワープワー
聞こえてきた。
え、何の音だ。
部屋の中をぐるりと見回す。
同僚は普段と変わらなく業務を続行中だ。
俺の頭の中だけで鳴っているのか。
原口君との距離が近くなればなるほど、音量は大きくなった。
「ど、どうも、青山です。よろしく」
動揺を隠しながら話しかける。
「原口です。よろしくお願いします」
依然、サイレンは頭の中で鳴っている。
「それじゃあ、今日はあちらの作業を手伝ってもらいましょうか」
部下に説明を押しつけて、その場をそそくさと離れた。
廊下に出ると、サイレンは止まった。
(何だったんだろう、あれは)
1週間が過ぎ、法則らしきものが分かってきた。
やはり、新人の原口くんがそばに寄るとプワープワープワーとサイレンが鳴った。
ある時はトイレの個室で用を足していると突然鳴り出した。
直後、同僚達と世間話をしながら原口君がトイレに入ってきた。
(まるで、レーダーだねこれは…)
半年が過ぎたある年末の休み、俺は実家に帰っていた。
実家に帰るのはじつに5年ぶりだ。
結婚しない俺を心配して、うるさいことを言われるのがいやで足が遠ざかっていた。
今回帰ったのは幼い頃、母親が自分に言い聞かせた記憶が蘇ったからだ。
「いいかい、アキラ。お前は特別な子供なんだ。自分で自分の事が分からなくなっても困らないように、お母さん本にまとめておくわ。アキラの取り扱い説明書よ」
両親はなぜか結婚の事は口にしなかった。
俺は母に聞いた。
「そういえば、俺のこと本にまとめてあるって言ってなかった?あれ読ませて欲しいんだけど」
母はぎょっとした顔をして言った。
「鳴ってるのサイレン…」
「そうなんだ。鳴るんだ」
「そう」
母は立ち上がり寝室から1冊のノートを持ってきた。
表紙には毛筆で「取扱説明書 アキラ」と書かれている。
ノートはページ番号が振られていて、目次が1ページ目にあった。
目を通す。
項目には体質的な注意点、環境に対する特徴、病歴等が並ぶ。
その中に「アラーム(サイレン)」と書かれた項目があった。
「サイレンは緊急信号です。特にある特定の人物に対してだけ鳴る場合、命に関わるトラブルがその人物との間で発生します。全力でその人物との関係を絶つしか方法はありません」
俺は背筋に寒気を感じながら母に聞いた。
「母さん。何これ」
「うん、あなたの口からサイレンの話を聞くのは、これで3度目なの。あなたは小さかったから覚えてないだけなの」
「え、じゃあ、過去の2回は何が…」
「1回目は3歳の時。近所のおじさんが通る度に音が鳴るんだって、母さん意味が分からなかったの。そしたらそのおじさんの運転する車が暴走して遠足中のあなたたちの列につっこんだの。あなたもけがをしたわ」
「2回目は?」
「6歳の時よ。やっぱり音が鳴るっていって。同級生のシズオ君が近くに来ると鳴るんだって言ってた。母さんは前の事もあったけど、まだ信じていなかった。
そうこうしているうちにその年の冬になったの。その子と喧嘩になって屋上からあなた突き落とされたのよ。さいわい1階下のベランダに落ちて軽傷で済んだの」
その話を聞いた俺は転職した。
もともと独立を考えていた。
ふんぎりがつかなかっただけだ。
その3ヶ月後原口は仕事で運転中、単独事故を起こし、崖から落ちた。
即死だったらしい。
母の話を聞かなかったら、俺はあの車の助手席に乗っていたのかもしれない。