均衡のある世界
アキオは体のだるさと戦っていた。耐えがたい空腹も感じるが、冷蔵庫の中に食べるものはない。アキオが朝から口に入れた物はスティックのミルクをお湯で溶いた物だけ。アキオは日雇いの現場で働いている。体の調子を崩すと働くことも出来ない。日給が生活の糧であるアキオには、休職は死とほぼ同じ意味となる。部屋はいつの間にか暗くなっていた。少しは眠ったのだろうかとアキオは思った。しかし、体のだるさはさらに悪化しているような気がする。
「このまま俺は死ぬのか」
アキオは独り言を口にする。
真っ暗な室内でさらに濃い影が頭上に漂っているような気がしたアキオは、目を凝らして頭上に焦点を合わせる。目に見えたものがゆっくりと脳内で処理される。声を決して出してはならないと判断した後、目をきつく閉じた。そこにいるものは、フード付きの巨大な布に覆われた物体。フードの奥にある顔は骸骨。骨だけの手には抱えるように大鎌を持つ。死神にしか見えない。
夢であってくれ。アキオは祈るように目を開ける。ひっそりと闇と同化するように死神はアキオを見下ろしている。目が合うと全身から力が抜ける感覚に襲われる。目を再び閉じたアキオは落語を思い出した。死人の頭上に死神が現れると必ず死ぬという話だ。アキオは言うことを聞かない体を必死で動かす。一度試してみようと思ったからだ。頭と足の位置をひっくり返す。するとどうだろう、死神が移動を始め、ぴたりとアキオの頭上で動きを止める。
やばいと感じたアキオは起き上がる。日頃から用意している非常持ち出し袋をたぐり寄せ、壁際に椅子を寄せる。その椅子に崩れるようにアキオは座り、持ち出し袋の中から、ガムテープとタオルを取り出す。タオルを頭に巻き、ガムテープで自分の頭を壁に押しつけながら固定してアキオは意識を失った。
死神はアキオの正面にいつのまにか立っている。壁にぴったりと後頭部を押しつけて椅子に座っている人間には足下も頭上も無い。ぐったりするアキオを見ながら死神はくやしそうに消えた。
次の日の朝、アキオは椅子に座ったままの姿勢で目が覚めた。昨日までの体調はうそのように回復していた。
「助かった」
アキオはそう思ったが、タオルを外して立ち上がる。非常持ち出し袋に近づき、手を差し込んで中の物を取り出す。懐とポケットに差し込んだ。アキオは思った。たしか落語ではこの後、死ぬべき運命を変えた代償として、短くなった命のろうそくを消さないようにする場面に続く。アキオが懐とポケットに差し込んだ物はろうそく。いつでも新しいろうそくに火を移せるようにする準備だ。
アキオは体のだるさと戦っていた。耐えがたい空腹も感じるが、冷蔵庫の中に食べるものはない。アキオが朝から口に入れた物はスティックのミルクをお湯で溶いた物だけ。アキオは日雇いの現場で働いている。体の調子を崩すと働くことも出来ない。日給が生活の糧であるアキオには、休職は死とほぼ同じ意味となる。部屋はいつの間にか暗くなっていた。少しは眠ったのだろうかとアキオは思った。しかし、体のだるさはさらに悪化しているような気がする。
「このまま俺は死ぬのか」
アキオは独り言を口にする。
真っ暗な室内でさらに濃い影が頭上に漂っているような気がしたアキオは、目を凝らして頭上に焦点を合わせる。目に見えたものがゆっくりと脳内で処理される。声を決して出してはならないと判断した後、目をきつく閉じた。そこにいるものは、フード付きの巨大な布に覆われた物体。フードの奥にある顔は骸骨。骨だけの手には抱えるように大鎌を持つ。死神にしか見えない。
夢であってくれ。アキオは祈るように目を開ける。ひっそりと闇と同化するように死神はアキオを見下ろしている。目が合うと全身から力が抜ける感覚に襲われる。目を再び閉じたアキオは落語を思い出した。死人の頭上に死神が現れると必ず死ぬという話だ。アキオは言うことを聞かない体を必死で動かす。一度試してみようと思ったからだ。頭と足の位置をひっくり返す。するとどうだろう、死神が移動を始め、ぴたりとアキオの頭上で動きを止める。
やばいと感じたアキオは起き上がる。日頃から用意している非常持ち出し袋をたぐり寄せ、壁際に椅子を寄せる。その椅子に崩れるようにアキオは座り、持ち出し袋の中から、ガムテープとタオルを取り出す。タオルを頭に巻き、ガムテープで自分の頭を壁に押しつけながら固定してアキオは意識を失った。
死神はアキオの正面にいつのまにか立っている。壁にぴったりと後頭部を押しつけて椅子に座っている人間には足下も頭上も無い。ぐったりするアキオを見ながら死神はくやしそうに消えた。
次の日の朝、アキオは椅子に座ったままの姿勢で目が覚めた。昨日までの体調はうそのように回復していた。
「助かった」
アキオはそう思ったが、タオルを外して立ち上がる。非常持ち出し袋に近づき、手を差し込んで中の物を取り出す。懐とポケットに差し込んだ。アキオは思った。たしか落語ではこの後、死ぬべき運命を変えた代償として、短くなった命のろうそくを消さないようにする場面に続く。アキオが懐とポケットに差し込んだ物はろうそく。いつでも新しいろうそくに火を移せるようにする準備だ。