とある昼下がり、アキオは座椅子に座りながら、部屋で本を読んでいた。物語が佳境に入り、面白くなりそうだとテーブルに置いたマグカップに手を伸ばす。
アキオの癖でマグカップの持ち手はテーブルの縁と平行に置かれている。室内をもう少し観察すると、テレビ、テレビのリモコン、雑誌、クッション。すべてが壁や床に対して平行か垂直に置かれている。物自体が少ないせいもあるが、整然を通り越して狂気のはんちゅうに入るほど、アキオの異常な几帳面さが物の配置に表れている。
どこから侵入したのか、一匹の芋虫がカップのそばにいた。アキオは少しの驚きの後、そっと手の平ですくい上げて、ベランダの外、中庭に逃がした。座り直して、すぐに読書を再開する。
とある平日の夜。仕事から帰ってきたアキオは、真っ暗な部屋に明かりをつけた。
アキオは何とも言えない違和感に襲われた。違和感の原因を突き止めようと、アキオはその場から一歩も動かずに自室を凝視する。
何かが無くなっているわけでもない。物の配置が傾いているわけでもない。何の変化も無いように見える。しかし、そこはかとした違和感がアキオから消えることは無かった。
次の日、そのまた次の日もアキオは異常を感じていた。
物が動いているかもしれない?アキオはそう感じた。
アキオはその疑念を確認するために、物が置かれている配置をメジャーで計って記録してみる事にした。
次の日、帰宅したアキオはやはり、室内の異常を感じた。メジャーを手に取り、ひんやりとした感触を感じながらどこまでも延びるベロ部分を引き出す。平行、垂直は保たれているがすべての家具が動いていた。
アキオの背筋に恐怖が走った。誰が、何の為に?
休日の朝、アキオは外出した。しかし、外出を装い、再び室内に戻った。クローゼットに身を隠す。何が起こっているのかを自分の目で確認しようと思ったからだ。
暗闇の中で目を凝らす。一時間。二時間、三時間が過ぎる頃、どこからやってきたのか一匹の「蛾」がひらひらと室内を飛んでいることにアキオは気づく。
蛾がスタンド型の掃除機に止まった瞬間、甲高いモーター音と共に掃除機が暴れ出す。
アキオは咄嗟に、口を押さえて漏れ出す声を押し殺した。
暴れる掃除機の動きをアキオはよく見た。
まるで透明人間が、手に持った掃除機を使って、床の隅から隅まで、丁寧に掃除しているように見えた。
テーブルを移動させて、掃除した後テーブルを元の位置に戻す丁寧な掃除に見受けられた。
アキオは静かにクローゼットの扉を開ける。ゆっくりと掃除機の背後に近づく。
「君は蛾かい」
掃除機がびっくりしたような動きをして飛び上がった。蛾がアキオの頭上を旋回する。
「はい、いつぞやは、迷い込んで途方に暮れる私を助けていただきましてありがとうございました。私はあのときの芋虫です。今では立派な蛾に成長することができました。少しでもお役に立てるようにと密かに部屋の掃除をさせていただいておりました」
「そうですか。ちなみにこの不思議な力は何ですか」
「物を自由に動かす力を、私たち蛾は標準に持っています」
「ええ!」
「脳ある鷹は爪を隠すともうしますが、脳ある蛾は、何事も無いかのように蛍光灯の周りをただ飛んでいる。がが、世の真理をついていると、私は常々思っております」
「なるほど。恩返しの気持ちだけは十分受け取りましたので、掃除は結構ですよ」
「もっと、あんな事も、こんな事も、犯罪すれすれの事もできますよ」
「もう帰ってくれ」
アキオの癖でマグカップの持ち手はテーブルの縁と平行に置かれている。室内をもう少し観察すると、テレビ、テレビのリモコン、雑誌、クッション。すべてが壁や床に対して平行か垂直に置かれている。物自体が少ないせいもあるが、整然を通り越して狂気のはんちゅうに入るほど、アキオの異常な几帳面さが物の配置に表れている。
どこから侵入したのか、一匹の芋虫がカップのそばにいた。アキオは少しの驚きの後、そっと手の平ですくい上げて、ベランダの外、中庭に逃がした。座り直して、すぐに読書を再開する。
とある平日の夜。仕事から帰ってきたアキオは、真っ暗な部屋に明かりをつけた。
アキオは何とも言えない違和感に襲われた。違和感の原因を突き止めようと、アキオはその場から一歩も動かずに自室を凝視する。
何かが無くなっているわけでもない。物の配置が傾いているわけでもない。何の変化も無いように見える。しかし、そこはかとした違和感がアキオから消えることは無かった。
次の日、そのまた次の日もアキオは異常を感じていた。
物が動いているかもしれない?アキオはそう感じた。
アキオはその疑念を確認するために、物が置かれている配置をメジャーで計って記録してみる事にした。
次の日、帰宅したアキオはやはり、室内の異常を感じた。メジャーを手に取り、ひんやりとした感触を感じながらどこまでも延びるベロ部分を引き出す。平行、垂直は保たれているがすべての家具が動いていた。
アキオの背筋に恐怖が走った。誰が、何の為に?
休日の朝、アキオは外出した。しかし、外出を装い、再び室内に戻った。クローゼットに身を隠す。何が起こっているのかを自分の目で確認しようと思ったからだ。
暗闇の中で目を凝らす。一時間。二時間、三時間が過ぎる頃、どこからやってきたのか一匹の「蛾」がひらひらと室内を飛んでいることにアキオは気づく。
蛾がスタンド型の掃除機に止まった瞬間、甲高いモーター音と共に掃除機が暴れ出す。
アキオは咄嗟に、口を押さえて漏れ出す声を押し殺した。
暴れる掃除機の動きをアキオはよく見た。
まるで透明人間が、手に持った掃除機を使って、床の隅から隅まで、丁寧に掃除しているように見えた。
テーブルを移動させて、掃除した後テーブルを元の位置に戻す丁寧な掃除に見受けられた。
アキオは静かにクローゼットの扉を開ける。ゆっくりと掃除機の背後に近づく。
「君は蛾かい」
掃除機がびっくりしたような動きをして飛び上がった。蛾がアキオの頭上を旋回する。
「はい、いつぞやは、迷い込んで途方に暮れる私を助けていただきましてありがとうございました。私はあのときの芋虫です。今では立派な蛾に成長することができました。少しでもお役に立てるようにと密かに部屋の掃除をさせていただいておりました」
「そうですか。ちなみにこの不思議な力は何ですか」
「物を自由に動かす力を、私たち蛾は標準に持っています」
「ええ!」
「脳ある鷹は爪を隠すともうしますが、脳ある蛾は、何事も無いかのように蛍光灯の周りをただ飛んでいる。がが、世の真理をついていると、私は常々思っております」
「なるほど。恩返しの気持ちだけは十分受け取りましたので、掃除は結構ですよ」
「もっと、あんな事も、こんな事も、犯罪すれすれの事もできますよ」
「もう帰ってくれ」