疑い
平日の深夜。アパートのリビング。アキオは一人、ビールを飲んでいる。テーブルの上には飲みほした空き缶が並んでいる。
アキオの背後でとぎれることのない、かすかな水音が響いている。部屋の静寂が余計に強調されるような音だ。間接照明が、横長の水槽を照らす。自慢のアロワナが水底に佇んでいる。アロワナは時折アキオを観察するようなそぶりを見せる。
玄関で音がする。
妻のヨシコが帰ってきた音だ。
「ただいま」
ヨシコはアキオの顔も見ずに洗面所に消えていった。
「遅いんだな」
アキオは妻を追いかけて洗面所のドアの外で声をかけた。アキオはだめ押しの嫌みをもう一言追加する。
「毎日、何の仕事があるのだ」
荒々しくドアが開く。
「仕事だって言ってるでしょう」
ヨシコの目は、つり上がっている。昔はやさしい女だったのに変わってしまったな。アキオは過去を振り返った。
「ちょっと話があるんだけどいいかな」
アキオは冷静になるためにそうつぶやく。
「なんなのよ……」
ヨシコはぶつぶつと言いながらも、リビングのテーブルについた。
「ちょっとこれを見てくれ」
アキオは茶筒のような大きさの物体を置いた。
「なんなのコレ」
ヨシコが指先で触る。そこはちょうどスイッチであり、オレンジ色のライトがゆっくりと光り、消える。その後、光りは青色に代わり、呼吸をするようなリズムで明るくなったり、暗くなったりを繰り返す。
アキオはいつの間にかサングラスをかけている。
「どうして色付きのメガネをかけるの」
ヨシコは状況を理解できないが、しかたなく、無言で点滅を繰り返す光りを見ていた。
ヨシコの動きがだんだんと緩慢になる。その様子をアキオは心の中で秒数を数えながら見ている。
きっかけは半年前。ヨシコがトイレに行った瞬間、テーブルの上に置き忘れたスマホにメールが受信された。見るつもりはなかったが、何となくスマホを手にとってしまった。送信者の名前は男だった。アキオは心の中に黒いものが広がっていくのを感じていた。
アキオはサングラス越しに120秒数えた。この機械の効果は、録画した自分自身の映像で確認済みだった。
「自白装置」とアキオは呼んだ。天才科学者と呼ばれたアキオが妻の真意を確認するために作った。自身の心のストッパーを外す機械だ。
アキオは震える声で聞く。
「お前浮気してるのか」
ヨシコは自分自身と戦うかのように首を振る。ヨシコが口を開いた。
「はい」
アキオは足下の床が無くなるような喪失を感じた。
「どうするつもりだ」
「別れましょう」
「俺は別れない」
「なぜ」
「どうしてもいやだ。絶対に俺は別れない」
ヨシコは、まっすぐにアキオを見た。ヨシコの目は、憎悪とも憐憫ともとれる光りをやどしていた。
次の瞬間、アキオの首めがけてヨシコの両手が絡みつく。
「別れないのなら、死んで」
「息ができない」
アキオは水槽に背中でぶつかりながら立ったまま抵抗する。
「自白装置」の効果だろうか、リミッターの外れた思考は恐るべき力を発揮するらしい。冷静に分析しながらも、どうすることも出来ないことにアキオは気づく。
「死んで!」
口を大きくあけて絶叫とも思える声を上げてヨシコはアキオの首を絞め続ける。
水面をたたき、跳ね上がるような音がアキオの耳に聞こえた。
耐えがたい力で、アキオの首を締めあげていた力が一瞬ゆるむ。
アキオはヨシコを突き飛ばした。
仰向けにヨシコは倒れ込む。
ヨシコの口から奇妙な物体が生えていた。
それはアロワナだった。
正確にはアロワナの胴体としっぽがうごめいていた。
アロワナが、ヨシコの口めがけてはね飛んだのだ。
「俺を助けようとしたのか」
アキオはアロワナと「自白装置」の両方を見た。
「自身の心のストッパーを解放する装置のせいか……」
アキオは目の前の状況を見ながら呆然とする。
アキオは、これからのことをシミレーションする事にした。
「自白装置」の電源を切る。
ヨシコの口からアロワナを引っこ抜いて、アロワナを水槽に戻す。
あとは、俺を殺したいほど憎んでいるヨシコとの関係をどうするかが問題だ。
平日の深夜。アパートのリビング。アキオは一人、ビールを飲んでいる。テーブルの上には飲みほした空き缶が並んでいる。
アキオの背後でとぎれることのない、かすかな水音が響いている。部屋の静寂が余計に強調されるような音だ。間接照明が、横長の水槽を照らす。自慢のアロワナが水底に佇んでいる。アロワナは時折アキオを観察するようなそぶりを見せる。
玄関で音がする。
妻のヨシコが帰ってきた音だ。
「ただいま」
ヨシコはアキオの顔も見ずに洗面所に消えていった。
「遅いんだな」
アキオは妻を追いかけて洗面所のドアの外で声をかけた。アキオはだめ押しの嫌みをもう一言追加する。
「毎日、何の仕事があるのだ」
荒々しくドアが開く。
「仕事だって言ってるでしょう」
ヨシコの目は、つり上がっている。昔はやさしい女だったのに変わってしまったな。アキオは過去を振り返った。
「ちょっと話があるんだけどいいかな」
アキオは冷静になるためにそうつぶやく。
「なんなのよ……」
ヨシコはぶつぶつと言いながらも、リビングのテーブルについた。
「ちょっとこれを見てくれ」
アキオは茶筒のような大きさの物体を置いた。
「なんなのコレ」
ヨシコが指先で触る。そこはちょうどスイッチであり、オレンジ色のライトがゆっくりと光り、消える。その後、光りは青色に代わり、呼吸をするようなリズムで明るくなったり、暗くなったりを繰り返す。
アキオはいつの間にかサングラスをかけている。
「どうして色付きのメガネをかけるの」
ヨシコは状況を理解できないが、しかたなく、無言で点滅を繰り返す光りを見ていた。
ヨシコの動きがだんだんと緩慢になる。その様子をアキオは心の中で秒数を数えながら見ている。
きっかけは半年前。ヨシコがトイレに行った瞬間、テーブルの上に置き忘れたスマホにメールが受信された。見るつもりはなかったが、何となくスマホを手にとってしまった。送信者の名前は男だった。アキオは心の中に黒いものが広がっていくのを感じていた。
アキオはサングラス越しに120秒数えた。この機械の効果は、録画した自分自身の映像で確認済みだった。
「自白装置」とアキオは呼んだ。天才科学者と呼ばれたアキオが妻の真意を確認するために作った。自身の心のストッパーを外す機械だ。
アキオは震える声で聞く。
「お前浮気してるのか」
ヨシコは自分自身と戦うかのように首を振る。ヨシコが口を開いた。
「はい」
アキオは足下の床が無くなるような喪失を感じた。
「どうするつもりだ」
「別れましょう」
「俺は別れない」
「なぜ」
「どうしてもいやだ。絶対に俺は別れない」
ヨシコは、まっすぐにアキオを見た。ヨシコの目は、憎悪とも憐憫ともとれる光りをやどしていた。
次の瞬間、アキオの首めがけてヨシコの両手が絡みつく。
「別れないのなら、死んで」
「息ができない」
アキオは水槽に背中でぶつかりながら立ったまま抵抗する。
「自白装置」の効果だろうか、リミッターの外れた思考は恐るべき力を発揮するらしい。冷静に分析しながらも、どうすることも出来ないことにアキオは気づく。
「死んで!」
口を大きくあけて絶叫とも思える声を上げてヨシコはアキオの首を絞め続ける。
水面をたたき、跳ね上がるような音がアキオの耳に聞こえた。
耐えがたい力で、アキオの首を締めあげていた力が一瞬ゆるむ。
アキオはヨシコを突き飛ばした。
仰向けにヨシコは倒れ込む。
ヨシコの口から奇妙な物体が生えていた。
それはアロワナだった。
正確にはアロワナの胴体としっぽがうごめいていた。
アロワナが、ヨシコの口めがけてはね飛んだのだ。
「俺を助けようとしたのか」
アキオはアロワナと「自白装置」の両方を見た。
「自身の心のストッパーを解放する装置のせいか……」
アキオは目の前の状況を見ながら呆然とする。
アキオは、これからのことをシミレーションする事にした。
「自白装置」の電源を切る。
ヨシコの口からアロワナを引っこ抜いて、アロワナを水槽に戻す。
あとは、俺を殺したいほど憎んでいるヨシコとの関係をどうするかが問題だ。