諦めない教育原理

特別支援教育は教育の原点と聞いたことがあります。
その窓からどこまで見えるか…。

07 健康な学校#2 かわいがる

2019年03月23日 | 健康な学校
 教育行政に携わっている時、たくさんの学校へ行って校長先生とお話しをした。
 どの学校の校長先生も当然、組織の長の立場だから、用件に適格に、理性的に話される。

 この日は病院に併設する特別支援学校である。
病院の長い廊下をコツコツと歩きながらの校長先生との会話もその「校長先生」の話口調だ。
学校の課題、病院の実情、入院している生徒のこと…。簡潔に、一定の調子で。
「そうですか」「なるほど」「はい、わかります」…。こっちも職制として頷く。


 ところが、である。
角を曲がったところの小さな教室に入り、数名の子ども達が集まってくると、

「おはよう! 〇〇さん、△△さん、□□さん、…、それでみんなねー、この間の〇〇のことだけどね…。」

と話し始める。(さっきと違う…。)

 生気に満ちたオーラが見がみえるほど全身が雄弁に見える。
 引き込まれて、子ども達の表情もぐっと明るくなっている。その場にいた先生もそのオーラの中にいて子ども達と同じような気分になっているように見える。

 ベッドサイドで授業をしいる子ども達も、重度の障害で言葉のない子ども達も同じように、全身で歓迎し、かわいがっていることが心地よく伝わってきて、担任もこちらも笑顔になってしまう。


 エレベータの中で、すでに一定の調子に戻っている校長先生に、そのことを聴いてみると。
「そりゃ、無意識だよ」
と少し照れている。



 可愛がることは他の職員にも共鳴していく。単純なことのようだが、なんだか文字による「学校目標」なんかよりずっと大きな学校の理想を学校長が伝えているようにも感じたりする。

 もちろん校長先生だけではない。可愛がるセンスを備えたサブリーダーが、酸素の多いグループを作っている例をたくさん見てきた。  (つづく)


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