どちらの「稿」が決定稿なのか?
身近な点で、D568/3 と D593/2 は「どちらがオリジナルで、どちらが改訂作?」が、学者により意見が異なっている。
ドイチュは「D568/3 がオリジナル、D593/2 が改訂作」と断じた
のだが、後世の学者は大半が反対した(爆
ドイチュは、D593/2 のトリオの方が D568/3 のトリオよりも出来が良いから
判断した、と推測する。
D593/2主部=変ニ長調、トリオ=変イ長調
D568/3主部=変ホ長調、トリオ=変イ長調
と、主部は違う調なのに、トリオは全く同じ調性(変イ長調)で同じ小節数。トリオ前半の終結部とトリオ全体の終結部が全く同じ音型(1オクターブ異なる)のがD593/2、変形しているのがD568/3。誰がみても「工夫を凝らした = D568/3」なのだ。だが、出来うんぬんは別問題である。ドイチュともあろう目利きでも、見抜けなかった例である。
「シューベルトの改訂問題」は他にも存在している。ト長調ソナタD894作品78第2楽章のターンのような有名な例もある。変ホ長調ピアノ3重奏曲D929作品100のように「改訂方向」は明らかだが、オリジナル稿の方を演奏する人が絶えない曲もある。日本を代表するシューベルト弾きでも見解が分かれており、「岡原慎也は改訂稿、原田英代はオリジナル稿」でそれぞれ名演を聴かせてくれた。共演するメンバーの意見もあるから、ソロ以上に意見調整するのは大変である(爆
さて、「ベーレンライター新シューベルト全集」以外の全ての楽譜が改訂順序を決めつけているが、新シューベルト全集では改訂順序を特定していないソナタ楽章は、実は他にもある。
ピアノソナタ ハ長調D279第3楽章イ短調 と メヌエット イ短調D277A はどちらが先に作曲されたか断定できない、と新シューベルト全集では保留している
D279/3 & D277A の原典版楽譜の出版状況
1976年 バドゥラ=スコダ校訂 ヘンレ版第3巻 「D277A は初期稿」と断定。根拠無し
1981年 ファーガソン校訂 ロンドン王立音楽院版 「D277A は初期稿」と断定。根拠無し
1997年 ティリモ校訂 ウィーン原典版 「D277A は初期稿」と断定。根拠無し
2001年 リッチャウアー校訂 ベーレンライター新シューベルト全集ソナタ第1巻 特に前後関係は記載無し
が最新である。「新シューベルト全集は全てをお見通し!」と絶賛したいところだが、実は「1988年の D277A 掲載の小品集I」では、「D277Aは初期稿」と断定しているので、『1997年まではバドゥラ=スコダ校訂楽譜を皆が信じ切っていた!』が事実ではなかろうか?
2001年に「ソナタI」を出版する時に、重大なことがあった。
ソナタ ハ長調D279(1815.09)第3楽章に続くには、ロンドハ長調断片D309A(1815.10.16)が確実
の事実。
それまで確実視されていた「D346 が第4楽章説」がそのままでは通用しなくなった瞬間である。バドゥラ=スコダ説を延長すると次のようになる。
「D277A を含む第1稿」 → 「D279 全3楽章 + D309A で第2稿」 → 「D346 に差し替えの第3稿」
この説を支持するには相当な無理がある。まず、上記説の第2稿を「浄書譜」とすると、第4楽章開始早々に放棄するのは不自然なことである。また、第1稿の(最小でも)第1楽章が見つかっていないことである。D157,D566,D567,D575など、初期ソナタの「第1楽章異稿」は多数存在していることから、シューベルトの異稿は大切に保管されていたことが理解できる。なぜ、D279だけ全くないのだろうか?
・・・ということから、D279/3 と D277A はどちらが先の作曲かは、新シューベルト全集では最終的には断定することを止めた。つまり D277A の方が決定稿の可能性が強いことを示唆する。これが最新情報だ!