内藤稚子 + 岡原慎也 を聴いて、『マーラーはソプラノのために歌曲を作曲した』を確信した
本日号は「演奏会批評」では無い。「作曲家論」である。
CD や DVD で録音(&録画)ばかり聴いていると、「マーラーは中声用に作曲したとの勘違い」が起こる。昨日号で紹介したように「リュッケルト歌曲集」なんて、メゾソプラノとアルトとバリトンしか録音しない(爆
今回「内藤稚子 + 岡原慎也」で聴かせてもらって特に感銘を受けた曲がある。「夏に交代」である。
内藤稚子 + 岡原慎也 は ハ短調で歌った
実は、産まれて初めて「歌の ハ短調版」を聴いたように思う。
マーラー交響曲第3番「夏の交響曲」第3楽章ではハ短調なのに、大半の録音はイ短調であり、違和感があまりに大きい
時には、ト短調 で歌われることもある。イ短調版でも「2点Fシャープ」があるからだ(爆
「夏の交響曲」は名前の通り、この楽章が命名の由来の1つ。交響曲では「ロンド主題」に用いられ、何度も何度も「ハ短調」で鳴らされる。
ピアノ伴奏の「イ短調版での2点Fシャープ」は「ハ短調での2点A」になるので、第4~第5楽章で起用された「アルトソロ」には無理、とマーラーが判断
の可能性が高い。さすがに「ソロだけで重唱無しで2名のソロ起用」はマーラーもためらった様子。結局、純器楽に編曲された。同じような例は「パドヴァのアントニウス 魚へお説教 Des Antonius von Padua Fischpredigt」でも起こっているのだが、この曲は「オーケストラ伴奏歌曲にも編曲され、3つの版がある」から原調で歌われることが多い。「夏に交代」は ハ短調 で歌われない。
実はこれは「楽譜」に問題がある。
ペトルッチの「マーラー:子供の不思議な角笛から全24曲ピアノ版」
にリンクを貼っておくので、「Vocal Scores : 6. Ablösung im Sommer」を選択してほしい。
イ短調版 だけが掲載されている(爆
これは「ペトルッチ」の目利きが悪い訳ではなく、「ヤマハ銀座店」や「アカデミア」でも置いてある楽譜は「イ短調」。相当深く「若き日の歌」を研究している学者か評論家でないと、説明できないだろうが、「猫頭の私高本」の理解では以下の通り。
「マーラー指揮者」は、「マーラーオリジナルオーケストラ伴奏版の存在しないピアノ伴奏歌曲」には興味を示さない
「マーラー歌手」は、「オーケストラ伴奏歌曲」には興味あるが『歌手要らず交響曲楽章』には興味を示さない
「新マーラー全集」などと一部の熱狂的信者は吹聴するが『旧マーラー全集』はどこにも存在しない!!!
「ピアノ伴奏歌曲集」は「高声用」「中声用」にすると「売れ易い」から慣習的にこの形で販売し、「中声用」が売れ行きが良い
内藤稚子 や 岡原慎也 以外は誰も「マーラーの全貌」を知らないので、「売れている中声用」だけで歌う
マーラーは(交響曲の時間の長さから)ブルックナーと比較して論ぜられることが多い。ブルックナーは(質はともかくとして)旧全集が刊行された。さらに「東西ドイツ分裂」なんてことがあり、「過激な新全集」が出版された。「旧全集の方が良い」と言う指揮者が近年激増中 > ブルックナー(爆
まだ全貌が見えていない状態 > マーラーの「若き日の歌」 で、2曲も名演を聴かせてくれた 内藤稚子 + 岡原慎也
に感謝。さらに
「リュッケルト歌曲集」もソプラノ用が原曲か? と感じさせた 内藤稚子
にさらに感謝!!!
最後に残った 「子供の不思議な角笛から」 の 「ラインの伝説」 について。この曲旋律線がメロディーメーカーとして、歴代最高峰の1人 = マーラー の作品中でも最高の1つ。だが、ワーグナー「指輪4部作のパロディー」であることが、曲の理解としては最も重要。マーラーは「オレは、ワーグナー楽劇は全部把握しているんだぜ!」とこの短い1曲で思いの丈を告白している。テンポは「揺れまくり」で、歌手とピアニストの「息」が合い難い曲の1つ。
交響曲第4番「天上の生活」の第4楽章の「ついで」にソプラノが歌うことの多い曲であり、「ト長調 → ホ長調」の原調でソプラノが歌っていることの多い曲の1つである。
・・・が、
この日の「内藤稚子 + 岡原慎也 の ラインの伝説」ほど、「悪女くさいラインの乙女」が情感たっぷりに歌うのは初めて聴いたように感じる
録音よりもライブの方が感銘深いからかも知れないが、内藤稚子 + 岡原慎也 の演奏解釈 + 演奏技術 のおかげと感じる。
内藤稚子、現在41才(と打ち上げで聞き出した)。これだけのマーラーが歌えるソプラノは、日本に限らず少ない。今年の4月の 日本ドイツリート協会関西例会批評 でも書いた記憶があるのだが、もしかしたら「私高本の猫頭の錯覚」かも知れない。
「今回歌った内藤稚子」が内藤稚子の本当の姿
である。日本ドイツリート協会は「録音をすぐに渡す」と言って「鴨」を集める癖があるが、昨年夏の講習会修了演奏会録音も「2冬」過ぎても渡さない可能性が高い(← 丸1年は遥かに過ぎた!)
内藤稚子 は、「マーラーとの相性は抜群に良いソプラノ」なので、全盛期に「最高の成果」を産み、残して欲しい。岡原慎也と「思いの丈を全て演奏し、録音する」がベストと思う。
昔々、二期会の 黒田晋也 がこのように話していた。
「歌手の実年齢を考えてオペラを聴いてはいけません。全員が40台で親子かそれ以上年の離れた役柄を演じる必要がありますから」
と。う~ん、確かに。50台に突入すると私高本のように「糖尿病の合併症で苦しむ毎日」が訪れてしまう可能性は高い(涙
内藤稚子 と 岡原慎也 に深く感謝する次第である。