毎日新聞によると、安倍晋三首相が、2020年東京五輪・パラリンピックの暑さ対策として、国全体の時間を夏季だけ早めるサマータイム(夏時間)の導入について検討する意向を示した。一方、夏時間を導入している欧州連合(EU)は、廃止の是非についてこの夏に本格的な検討を始めた。健康への悪影響など「利益よりも不利益が大きい」として廃止を望む声があるためだ。高齢者の脳卒中発生率が高くなるなど、健康への悪影響はデータが蓄積されつつある。東京オリンピックで急に導入したらという意見が出たのは、夏の猛暑のためであるがそもそもが、夏は猛暑だけでなく台風のきせつでもあり避けるべきであった。
◇フィンランドが提案
EUの欧州議会は今年2月、行政執行機関の欧州委員会に対し、夏時間がもたらすさまざまな影響を徹底的に評価した上で、必要な場合は改正も検討することを求める決議を採択した。これを受けて、欧州委は夏時間を変更すべきか否か、域内の市民を対象に7月から意見募集を行っている。
現在、EU加盟国が共通して採用する夏時間は、3月の最終日曜日から時計を1時間早めて10月の最終日曜日に元に戻す。夏時間は夜間のエネルギー消費を減らすことなどを目的に、第一次大戦中のドイツで最初に導入された。欧州では同じころ、他の多くの国でも一時的に採用され、石油危機を受けて1970~80年代に再導入されて現在に至る。
省エネ以外にも、明るい時間帯に職場や学校から帰れることで交通事故が減少したり、暗い時間に営業する店などが減ることで犯罪率が下がったりするなどの効果がうたわれてきた。
EUが制度を再検討するきっかけは加盟国フィンランドの提案だった。人口約550万人のフィンランドでは昨年秋、夏時間の廃止を求める7万人超の署名が国会に提出された。国会は運輸・通信委員会での検討などを経て「夏時間がもたらす利益よりも損失が大きい」として廃止を支持。だが夏時間はEU法で加盟国に義務づけられているため、フィンランドが独自に廃止することはできず、EUに協調した対応を求めた。
緯度が高く夏の日照時間が極端に長いフィンランドでは、生活を1時間ずらす意義がほとんどない事情も背景にあり、リトアニアもEUに対して地理的な違いを考慮して制度を再検討するよう求めている。
◇脳卒中のリスク上昇
廃止派は、時間の切り替えが人間の睡眠などにかかわる「体内時計」を狂わせ、短期・長期で睡眠や心身の健康に悪影響を与えると主張する。ちなみに昨年のノーベル医学生理学賞は、体内時計をつかさどる仕組みを解明した米国人科学者らが受賞した。
近年の研究では、夏時間に伴う社会的な時間の変化に体内時計が同調するまでに数週間かかる可能性が指摘されており、専門家の間では従来考えられていたよりも長い時間が適応に必要との見方が広がっている。
またフィンランドのトゥルク大の研究チームの16年の報告では、短期的には脳卒中のリスクが上がる可能性も示された。同国内で10年分のデータを調べたところ、夏時間開始から2日間の脳卒中発症率が8%上昇し、65歳以上に限ると20%高かったという。同様に夏時間開始後に急性心筋梗塞(こうそく)の発症が有意に増加するという研究成果が、複数の国で報告されている。
◇エビデンスに基づく議論を
欧州委員会は、域内のEU市民からの意見を募集するにあたり、さまざまな分野で夏時間がもたらす影響について最新の研究成果などを紹介している。廃止の是非を議論するにあたり、根拠となる「エビデンス(客観的証拠)」を提示し、それが信頼できるものかを含めて市民と対話を深め、結果に納得してもらうために必要なプロセスだからだ。欧州委は各分野で考えられる効果を次のように簡略にまとめている。
【域内市場】加盟国が個別に夏時間の廃止を決定した場合、貿易におけるコストの上昇や交通・通信などにおける混乱を招き、EU市場には不利益が生じる。
【省エネ】効果はごくわずかで、地理的な要因にも左右される。
【健康】屋外での活動を推進する効果がみられる一方、人間のバイオリズムには従来考えられていたよりも厳しい影響があることが示唆される。総合的な影響は結論が出ていない。
【交通安全】事故の減少と夏時間との関係の結論は出ていない。
【農畜産業】動物のバイオリズムの変化や搾乳時間の変更による以前からの懸念は技術的な対応で解消された。日中の活動時間が延びる利点はある。
日本では12年、日本睡眠学会の特別委員会が夏時間による影響について健康面から検討を重ね、「日本でのサマータイムは利益よりも不利益が多い」と結論付けた報告書を公表している。その中で、日本国内で繰り返し導入が検討されてきた経緯に触れ、「その主たる目的は、ある時は省エネルギーであったり、ある時はゆとりある生活であったり、またある時は経済活性化であったり、必ずしも同じではありません」と指摘した。
そして今回の発端となったのが五輪の暑さ対策である。競技時間をずらせば済む話で、場当たり的な対応としか指摘しようがない。夏時間の導入から数十年たって廃止の是非を検討する地域があり、国内外に及ぼす影響を勘案してなお必要だというエビデンスはどこにあるのか。議論はそこからだ。【八田浩輔】
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます