ニューヨークタイムズがロシアの年金制度改編でプーチン人気に陰りが出ていると報じていた。少子化高齢化でどの国も悩みを抱えている。幸い、日本は経済力があって、人で不足だから、高齢者も仕事があるので、年金引き上げも何とか台不満にならずに済んでいるが、多くの国ではそうもいかない。
ロシアの年金受給開始年齢は世界でも例外的に低く、男性は60歳、女性は55歳だが、改革案ではそれぞれ65歳と63歳に段階的に引き上げることになっている。ただし、兵士や警察官など一部の職業は現状のままとする。
ロシア各地で抗議デモが相次ぐなか、プーチンは8月29日、女性の受給開始年齢を当初案の63歳から60歳にする修正案を発表した。世論の猛反発に譲歩した格好だが、この程度の修正で国民の怒りは収まりそうにない。
現行の受給開始年齢はスターリン時代の1930年代に設定され、以後一度も引き上げられていない。年金制度改革は待ったなしだとエコノミストは以前から警告していたが、世論の反発を恐れて、政府はなかなか手を付けようとしなかった。
現行の制度も「手厚い」とは言い難い。平均で月額200ドル相当。年金頼みの高齢者はかつかつの暮らししかできない。
年金事務所の爆破テロ
庶民の怒りに拍車を掛けたのは、改革案発表のタイミングだ。6月14日はサッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会の開幕日。ロシア中がお祭り騒ぎに沸くなか、まずいニュースをこっそりと発表したのではないかとの臆測も流れた。姑息なやり方は裏目に出た。改革案にはすぐさま抗議の声が上がり、わずか2週間でプーチンの支持率は77%から63%に低下した。欧米の指導者に比べればまだ高い水準にあるとはいえ、国営メディアを完全に支配している指導者にしては危機的な数字だ。
受給年齢の引き上げが猛反発を食らうのは、ロシア人の平均寿命が短いからでもある。改善傾向にあるとはいえ、男性の平均寿命は66歳。10人に1人は65歳以前に亡くなる。
女性の平均寿命は77歳だが、年齢差別のために、多くの女性は中高年になると働きたくても雇ってもらえない。年金の受給年齢が引き上げられたら、「飢え死にするしかないかも」と、モスクワ在住の40歳のシングルマザーは言う。
政府は年金改革がプーチンの公約に反することは認めながらも、人口構成の変化で改革に踏み切らざるを得ないと主張している。ロシアでは高齢化が急速に進み、政府の推計によれば、44年には高齢者の数が労働人口に追い付いて国家予算を多大に圧迫する恐れがある。6月、ドミトリー・ペスコフ大統領報道官は「どの国の政府も自由気ままに動けるわけではない」と発言。ドミトリー・メドベージェフ首相も改革は「不可避かつ長年の懸案」だと主張した。
国民は納得していない。モスクワの独立系調査機関レバダセンターが7月に発表した世論調査によれば、有権者の約90%が年金改革に反対、改革撤回を求める抗議デモも辞さないという人は40%近くに達した。「社会の激しい怒りを示すものだ」と同センターのレフ・グドコフ所長は言う。
庶民の怒りは一触即発の状態だ。8月3日、ロシア西部カルガの年金基金事務所前で爆弾が爆発、ビル入り口の一部が破壊された。爆発について国営メディアは報道せず、地元テレビ局のウェブサイトからは破壊されたドアの映像が削除された。
絶対的指導者に致命傷が
ロシア各地で共産党支持者や労働組合員や民主化活動家ら大勢の人々が年金改革に抗議する集会を開いている。人々が休暇から戻る秋には規模が拡大する可能性が高い。反体制指導者アレクセイ・ナワリヌイは「支給開始年齢引き上げは純然たる犯罪。必要な改革を装った強盗にすぎない」として、統一地方選のある9月9日に全国規模の年金改革反対デモを実施するよう呼び掛けた。そのナワリヌイが8月25日、治安当局に拘束されたことも火に油を注ぎかねない。
抗議をよそにロシア議会下院は7月19日、改革案を賛成多数で可決。だが不満の声は与党内にもあり、賛成票を投じるよう党が指示しなければならなかったほどだ。それでも離反者は出た。ナタリヤ・ポクロンスカヤ下院議員が党の指示に逆らって反対票を投じたほか、与党の下院議員8人が投票を欠席した。
与党内で改革反対を表明する声は上院議員や党員にも広がっている。「党の綱領と党指導部の活動は国民に背く方向に向かっている」と、年金改革に抗議して離党したニコライ・タラホフは言う。プーチンとメドベージェフの不人気ぶりに、9月の地方選に向けた選挙運動で2人の画像を使うなと党幹部が指示したとの報道もある。
一部修正案程度では焼け石に水だろう。今さら年金改革を中止しても「退却を余儀なくされた」との印象を有権者に与えるだけだと、政府のスピーチライターを務めたこともある政治アナリストのアバス・ガリャモフは指摘する。そうなれば完全無欠の絶対的指導者というプーチン像には致命傷だ。「もはやプーチン人気を確実に救う方法はない」
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