「自分のための、自分による、自分のブログ」
スーパーに、節分の豆と鬼のお面(紙製)がセットで売り出されている。節分や立春が、近い事思い起こします。
橋田先生の長寿ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」は、衰えぬ人気ドラマですが、ことわざの「渡る世間に鬼はない」の逆転の発想で生れたのではないそうです。
初期の頃うかがった話では、「誰でも心のうちに、鬼が棲んでいる。自分の心のうちの鬼が、相手の心に鬼を映し出す。対する相手が皆鬼に見えてくる。したがってどちらを向いても鬼ばかりとなる」。
確かこのようなお話であったかと記憶している。
「渡る世間に鬼はない」は、どちらかというと人間、性善説。世の中は、薄情な人ばかりでなく、情け深い人もいて、本当は鬼はない。
『疑心暗鬼を生ず』と言う言葉もある。イラク戦争も、発端はイラクが大量破壊兵器を持っているのではないかとの疑心から起こったと言われている。
人は鏡、自分の心の内に、いつの間にか頭を持ち上げた鬼が、相手の心に投影されて、自ら鬼ばかりに取り囲まれているような事態になり、「渡る世間は鬼ばかり」となる。
脚本のネタは、新聞の人生相談や、投書欄からも拾う、とも聞いた気がする。嫁しゅうとに限らず、家庭やその周辺の出来事は、小さな鬼が絶えず出没し、「渡、鬼」のネタは尽きない。ドラマはまだまだ続く。
節分の追儺(ついな)で、自分の内なる鬼を大声で追い出そう。
「鬼ソット@福ウッチー」