旅に出ようよ! Family×Family

北海道から沖縄まで旅の記録です。
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★日帰り旅は「ちょっとお出かけ」

一期一会 宗谷であったあの人は今

2020-09-14 09:30:38 | 日記

北海道であったお父さん、今はどうされているだろうか?

夫と娘と3人で宗谷岬の民宿に泊まった時のことです。

 

夕食時、私たちの隣の席に、そのお父さんは一人で食事をされていました。

私たちをみて「家族で旅行ができるのは幸せなことですよ~」と

話しかけてこられました。

 

お父さんは、1杯のお酒を私たちにすすめ、話を始めました。

当時60代後半か70代位でしょうか。

昔は北海道ツーリングに一人で何度もきてたそうです。

今はバイクで旅をすることが出来なくなったので

今回は車で思い出の地を周っているとのことでした。

 

昔バイクで北海道を旅をしていた時のことを話してくれました。

当時は北海道ツーリングに来る若者が多く

そんな若いライダーはお金もなく旅をしていた人が多く

テントを張ったり「とほ宿」や「ライダーハウス」で寝たり

無料で泊まらせてくれる所もあったとか。

道民の方の親切で、お宅に泊まらせていただいたり

ご飯をご馳走になったりもしたそうです。

ライダー同士も、すぐ仲良くなり仲間ができ

年上のライダーが酒を1杯ご馳走し

年下のライダーに働いて収入を得るようになったら

次の年下に酒を1杯振るまってやってくれと。

当時はそうしてきたとの事でした。

だから私たちにも酒を1杯ご馳走してくれたのです。

ライダー同士でピースサインをして挨拶をし

これは今も見かける光景ですが

白バイもピースサインをしていたと聞き、笑っていました。

 

ご家族で旅をしている人が本当に羨ましいです。

自分は、いつもバイクで一人北海道に来てましたが

一度だけ女房を連れて、北海道に来ました。

十勝岳に泊まって、その時の夕陽と雲海がとても綺麗で

女房がすごく感動していました。

何で、もっと女房を連れて旅をしなかったんだろうと

ご家族で旅をしている人をみると、羨ましいです。

十勝岳、是非行ってみてください。

 

お話を聞いていて、すでに奥様は亡くなっているようでした。

 

(2005年当時の稚内駅)

 

インターネットも携帯電話も無かった時代

雑誌とライダー同士の情報交換しながら

若者は貧乏旅をしていたと、当時を懐かく語ってくれました。

 

写真は106号稚内天塩線(日本海オロロンライン)沿いに

28基の風車が立ち並ぶオトンルイ風力発電所。

昔はオロロンラインなんて、名前は付いてなかったんですよ~と

日本海に利尻山を望む、幌延町の北緯45度モニュメント

宗谷の宿でお会いした忘れられない人のお話でした。

 

北海道ライダーのカネゴンさんが、当時の事を書かれていました。

カネゴンさんのブログに飛びます

「あずましい日々・・・その後」