●フセイン死刑執行に相次ぐ抗議デモ、宗派対立激化か (2007年1月2日22時4分 読売新聞)
【カイロ=柳沢亨之】イラクのサダム・フセイン元大統領処刑を受け、同国のイスラム教スンニ派各拠点で1日、抗議デモが相次いだ。
スンニ派は、12月31日に漏えいした処刑のビデオ映像で、シーア派の執行人らが元大統領を罵倒(ばとう)したことに反発しており、宗派対立激化の懸念が強まっている。
元大統領の地元の中部ティクリート近郊では、支持者数百人が「反占領」「反政府」を叫び行進。中部サマッラ、バグダッド北部などでも同様のデモが起きた。ロイター通信によると、北部モスル近郊の刑務所では処刑の報を聞いた囚人が施設を破壊し、治安部隊と衝突、計10人が負傷した。
ヨルダンの首都アンマンでは1日、1000人規模の抗議デモがあり、元大統領の長女ラガドさんが出席、「殉教者サダムへの支持にお礼を申したい」と語った。ラガドさんが2003年にヨルダンに亡命して以来、公の場に姿を現したのは初めて。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070102i112.htm
●イラク 死刑映像流出で調査 NHKニュース 2007年1月3日 7時6分
イラク政府は、フセイン元大統領が死刑執行の際に立会人にののしられる様子を撮影した映像が流出してスンニ派の住民が反発を強めていることを重く見て、誰が携帯電話を使ってこの映像を撮影したのか調査に乗り出しました
先月30日に行われたフセイン元大統領の死刑執行では、公式に記録された映像とは別に、携帯電話のカメラで撮影された映像が中東の衛星テレビ局「アルジャジーラ」で放送され、立会人の間から旧政権の下で殺害されたイスラム教シーア派の聖職者をたたえたり、「地獄に落ちろ」と元大統領をののしる言葉が飛び交っていたことが明らかになりました。
同じ映像はインターネットを通じても広がって旧政権を支えたスンニ派の住民の反発を招き、死刑を執行したマリキ政権に対する抗議の動きに拍車をかける事態となっています。このためマリキ政権は2日、こうしたスンニ派の反政府感情の高まりが新たなテロや攻撃につながるおそれもあるとして、誰が死刑執行の現場に禁止されていた携帯電話を持ち込んで映像を撮影したのか調査に乗り出すことになりました。
イラクでは2日でイスラム教徒にとっての重要な宗教行事である「犠牲祭」が終わり、3日以降は通りの人通りも増えることが見込まれるため、治安当局はテロへの警戒態勢を一段と強めています。
http://www3.nhk.or.jp/news/2007/01/03/k20070103000019.html
●阿部重夫編集長ブログ「最後から2番目の真実」 アッラー・アクバルと「凡庸なる善」 2006年12月31日
サッダーム・フセインが処刑された。あの暗い冬のバグダードに取材で行ってから10年、何がしかの感慨はある。しかし処刑直前のサッダームを撮った映像には吐き気を催した。
髭の白いサッダームは、黒いバラックラーバ帽で顔を隠した看守たちに囲まれていた。刑執行後の報復を恐れてだろう。白と黒の対照。サッダームは毅然としていた。それだけでも「殉教」に見えてしまうのに、カメラは何も気づかない。しかも奇妙なことに、この光景にデジャヴ(既視)を感じた。
「イラク聖戦アル・カイダ組織」が流した人質の外国人を囲む覆面姿のテロリストたちの映像とそっくりではないか。06年6月に米軍機の爆撃で死亡したヨルダン人テロリスト、アブ・ムサブ・ザルカウィが率いていたこのテロリスト・グループは、日本人青年が斬首されたからその映像はまだ記憶に新しい。
処刑前に撮った光景がこれほど似ているということは、イラクの内戦が「目には目を」の報復の無限連鎖であることを何よりも雄弁に物語っている。もはや政権とテロリストの境界はない。狩る側と狩られる側がスクランブルして、相似形になっていく恐怖がそこにある。
サッダームの肩を持つのではない。でも、かつての独裁者とスンニー派復活を恐れる臆病なマラキ政権には、報復以外のレジティマシーがないことを、世界に知らしめたと思う。
サッダーム最後の言葉は「アッラー・アクバル」。神は偉大なり、という意味で、バグダードのみならず、世界のイスラム圏のミナレットから毎日朗誦される礼拝の言葉である。ありきたりだが、日常のメッカ礼拝から、自爆や吶喊にいたるまで、あらゆる多義を呑みこむブラックホールかもしれない。
それをサッダームに叫ばせることによって、マラキ政権は「殉教の冠」を授けたかもしれない。マラキ政権、およびそれを後押しするブッシュ政権のどちらにも、この処刑を正当化する堂々たる大義がないからである。ホワイトハウスのそっけないコメントは、他の中東諸国も含めいたずらに刺激すまいとの配慮だろうが、サッダーム滅亡を果たした今、無言自体が敗北の象徴である。
アメリカもまた、この戦争のレジティマシーを主張できていない。サッダーム処刑の寥々たる光景は、ただ一人のハンナ・アーレントも現れなかったことに起因するのではないか。
この女性政治学者は1961年のアイヒマン裁判を傍聴、「ニューヨーカー」誌に優れたルポルタージュを書いた。彼女自身がケーニヒスベルク生まれの東方ユダヤ人(アシュケナージ)で、ナチスに追われてアメリカに亡命した身だが、イスラエルのベングリオン政権の芝居がかったプロパガンダ裁判を糾弾、ユダヤ人自身が強制収容に手を貸したことを暴き、返す刀でアイヒマンが誰もが期待する極悪人ではなく、「凡庸なる悪」であるがゆえに救い難いと訴えた。
「アイヒマンという人物の厄介なところはまさに、実に多くの人々が彼に似ていたし、しかもその多くが倒錯してもいずサディストでもなく、恐ろしいほどノーマルだったし、今でもノーマルであるということなのだ。(中略)この正常性はすべての残虐行為を一緒にしたよりもわれわれをはるかに慄然とさせる」
この記事はユダヤ人社会からは轟々たる非難を浴びたが、処刑されたアイヒマンが殉教者に祀りあげられなかったのは、エルサレム法廷の報復の論理を批判した彼女の勇敢な筆鋒があったからと思える。それでも彼女は、『エルサレムのアイヒマン』の末尾で、自分なりに死刑宣告を下す。
「あたかも君と君の上官がこの世界に誰が住み誰が住んではならないかを決定する権利を持っているかのように――ユダヤ民族および他のいくつかの国の国民たちとともにこの地球上に生きることを拒む政治を君が支持し実行したからこそ、何人からも、すなわち人類に属する何ものからも、君とともにこ地球上に生きたいと願うことは期待しえないとわれわれは思う。これが君が絞首されねばならぬ理由、しかも唯一の理由である」
ブッシュおよびマラキ政権は、死せるサッダームに堂々とこう言い放てるか。こそこそしていれば、この判決と処刑が、かつてのサッダーム政治と同じく勝者の恣意に過ぎないことの証明になる。つくづく情けない権力者たちだ。慄然とすべきはこの「凡庸なる善」ではないか。
http://facta.co.jp/blog/archives/20061231000306.html
●緊迫する中東情勢の将来は、サウジとイランの勢力均衡による平和か? 2006年12月21日
では、米軍なき中東の平和のためにはイラン・イラク・サウジ等のアラブ産油国はどの様な状態が望ましいのだろうか?イラクがイランに支配されることをサウジは容認できないし、逆にイラクがサウジに支配されることをイランは容認できないだろう。風土も宗教も言語も異なるイランとサウジが国家を統合することが現状ではまず不可能と思われる以上、サウジとイランの勢力均衡による平和が最終ゴールとなる。イラクはサウジとイランの両方が影響力を行使する地域になると思われる。
1.イラクをシーア派国家とスンニ派国家に二分割、あるいはクルド民族国家も含めて三分割した上で、サウジとイランが衛星国化するシナリオ。ドイツの衛星国であるスロベニア・クロアチアとロシアの衛星国であるセルビアに事実上分割されたユーゴスラビアと同じパターン。クルド人地域はボスニア・ヘルツェゴビナのムスリム人地区やアルバニア人の住むコソボ的存在か?明瞭な境界線が引かれ、その両側で大規模な住民移動が起きる必要がある。短期的には大きな混乱が予想されるが、その後は安定した平和が期待できる。
2.イラクをシーア派・スンニ派共存国家として維持し、サウジとイランが緩衝国として扱うシナリオ。ゲルマン系とラテン系の共存する連邦制国家であるベルギーに近い存在になる。ただ、イラク内部でシーア派とスンニ派の政治的影響力が大きく異なることから、人口では少数のスンニ派が中央政府を支配するというサダム政権当時と同様の状況になる可能性が高く、新生イラク国家は安定しないだろう。安定を得るためには、イラク統治を巡ってサウジとイランが協力するだけでなく、欧州連合の中東版が形成されてイランとサウジの二大国が国家主権の一部をそこに譲渡することが必要不可欠と思われる。
3.イラク内部での混乱と内戦の継続を容認した上で、サウジとイランが協力してイラクを封じ込めるシナリオ。朝鮮半島の混乱を封じ込めるために日本と中国という異なる文明に属する二大国が協力しつつある東アジア情勢と似ている。ただ、日本・中国・朝鮮半島国家が地理的にも民族的にも明瞭に区別されるのと比較して、スンニ派イラク人とサウジ、シーア派イラク人とイランは関係が近いと想像され、イラク内部の緊張が容易にサウジ・イラン両国間の軍事対決に繋がりかねない危険がある。
上記の3つのシナリオの内で長期的な平和が最も期待できるのはシナリオ1、その次がシナリオ2だろう。「湾岸のアラブ諸国と核技術共有の用意がある」とのイラン大統領の発言は、シナリオ2の欧州連合中東版の前兆の様にも思われる。欧州連合が戦略的に非常に重要な石炭・鉄鋼産業の共同体から出発したように、アラブ諸国とイランが戦略的に非常に重要な原子力エネルギー開発・核兵器開発で協力し信頼関係を築くことは中東和平に非常に有益である。シナリオ3は、一発の銃声が第一次世界大戦を引き起こした二十世紀初頭のバルカン半島情勢に似た危険な不安定さを秘めており、ブッシュ政権は回避したいと考えているだろう。
ブッシュ政権のイラク占領後、イラクではシーア派とスンニ派の間のテロ事件が多発して宗派間の緊張が高まっている。また、従来は政治力の弱かったシーア派が選挙を通して政権に大きな力を及ぼすようになった。このことは、イラクが独立した複数の国家に分裂するシナリオ1,あるいは複数の自治州からなる連邦国家となるシナリオ2の準備段階と考えられる。イラクを統治する米軍は、このような意図の元に故意にシーア派とスンニ派の間の緊張を煽っているのかもしれない。核問題が表面化したイスラエルがどの様にここに絡んでくるのかは不明だが、もしイスラエルが関与するとしても主役ではなく脇役になるのではないかと想像する。一見激しく対立している様に見える米国とイランの関係、あるいはイラク攻撃を巡り対立しているようにも見える米国とサウジの関係は実は良好であり、米国・イラン・サウジの三カ国が中東政策の主導権を握っている様に思われる。
悲惨な民族浄化作戦を招いたユーゴスラビア紛争の再現になりかねないシナリオ1を私が推奨することについては反対の御意見も多いだろう。しかし、短期的な混乱は、長期的平和を得るための已むを得ないコストであると私は考える。対立する複数の民族が居住する民主国家では、選挙での政党間の対立軸が民族間対立に収攣されやすくなり、外交・軍事戦略や福祉水準決定といった選挙で国民の意思を問うべき最も重要な問題がないがしろにされる。その結果、民族間対立の悪化を避けるために民主政治を導入することが困難になってしまうのだ。
http://blog.goo.ne.jp/princeofwales1941/e/4c1131b426d71f0acbde7c5b8cc7e59a
【私のコメント】
2006年12月30日にフセイン元大統領が処刑された。仮に処刑されたのが影武者であったとしても、イラク政府が公式に処刑を行ったという事実により政治的生命は途絶えた事になる。公開された処刑時の写真では、処刑に関与するイラク政府職員が顔を隠し、フセイン氏は顔を隠していない。政府職員が顔を隠すのは、フセイン支持派からの報復を恐れているからであろう。この処刑は明らかにフセイン元大統領をアラブ世界全体で殉教者=アラブの英雄に祭り上げる意図があると思われる。そして、現在のイラク政府を支配するシーア派に対するスンニ派の怒りを増幅させる効果もあると思われる。死刑画像流出も故意に行われた可能性がある。
イラクはアラビア語が公用語だが住民の2/3がシーア派で1/3がスンニ派であり、ペルシャ文明とアラブ文明の中間的な地域という見方ができる。このようなアラブ文明の辺境地域からアラブの英雄が出るのは一見奇妙なことだが、辺境地域は異質なものとの接触を通じて自らの文明について深い認識を持つ機会があることを考えれば当然とも言える。コルシカ島生まれのナポレオン、オーストリア生まれのヒトラー、東プロイセン生まれのカント、グルジア生まれのスターリンはその代表と言える。
私は、フセインの処刑は米国政府が「サウジとイランの勢力均衡による平和の実現による中東からの撤退」という戦略目標達成のために実行させたのではないかと考えている。当然、イランとサウジもフセイン処刑に裏では賛成していると思われる。「緊迫する中東情勢の将来は、サウジとイランの勢力均衡による平和か?」と題する上記の私の記事のシナリオ1が選ばれたのではないか?
イラク内部でのシーア派とスンニ派の対立激化は、近い将来にシーア派国家とスンニ派国家にイラクが分裂して多数の移住者が出る事態を想像させる。更に、シーア派とスンニ派の血みどろの戦争の情報が周辺国に流れることで、戦争はこりごりだという感情がイランとサウジの両国に生まれると想像される。イラクの内戦はイランとサウジの代理戦争であり、世界に破滅的打撃を与えるイランとサウジの直接対決を避けるために必要とされているのだろう。
対立する民族や宗教の人々が混住する地域では、民主主義導入が対立を煽ることになり、民主化が不可能である。民主主義が全て正しい訳ではないが、民主主義が不可能であり王政・貴族政以外の選択枝のない国家は不安定になりやすい。そのような観点から考えると、ネオコンの「民主主義は正義であるから、民主主義を中東全体に広める!」との主張は実に正しいとも言える。そして、近い将来にイラク内戦の激化という回り道を経て、安定した民主主義の中東が出現することであろう。フセイン元大統領(又はその影武者?)は自らの殉教者としての死により、長期的な中東地域全体の平和をもたらすことになると予想する。
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