このド・コラルト氏の妻に宛てた手紙と男爵夫人宛てに持って行かせた手紙の間には何らかの繋がりがある、とシュパンは思った。きっとそうに違いない。それら二通は同じときに書かれ、同じ感情に支配されていたと考えられる。なにか問題でも起きたのか? ラ・ヴィレットのタバコ屋とヴィル・レヴェック通りの大富豪の男爵夫人との間にどんな関係があるのか、シュパンは頭を捻って考えたが、どうしてもありそうな関係は思いつくことが出来なかった。とは言え、思案の方は前に進まなかったが、彼の脚は動きを止めなかった。果てしなく思われるラファイエット通りを上がって行き、フォブール・サン・マルタンの高台まで出ると、外周道路を横切りフランドル通りに着き、ようやく息を整えた。
「やれやれ! 乗合馬車に乗るよりはちっと速く着いたかな……」と彼は呟いた。
河岸通りにやって来たわけだが、ここはフランドル通りとルルク運河の間に延びている幅の広い道路である。左側にはあばら家や、ぞっとするような廃屋、作業場、それに巨大な石炭倉庫が並んでいた。右側の運河沿いには粗末な屋台の店や、泥土、建築用の不良材料などで作られた間に合わせの店が並んでいるだけで、見苦しく不潔で煤けた光景であった。
昼間なら、ラ・ヴィレット港の活動が集中しているこの河岸ほど騒がしく活気づいている場所は他にはないほどなのだが、夜になり作業場が閉められると、まばらにしかない街灯が闇の不気味さを却って強調し、この上なく寂しく陰気な場所になった。聞こえるものと言えばひたひたという水の音と、船乗りたちが時折船底の水を汲み出す音だけであった。
「こりゃあ、子爵殿は住所を間違ったな……」とシュパンは思った。「この河岸あたりには店なんか一軒もないぞ」
しかし、そうでもなかった。スワッソン通りを越えると、遠くに、霧の切れ間に赤味がかった角灯が見えた。タバコ屋だ……。11.14
「やれやれ! 乗合馬車に乗るよりはちっと速く着いたかな……」と彼は呟いた。
河岸通りにやって来たわけだが、ここはフランドル通りとルルク運河の間に延びている幅の広い道路である。左側にはあばら家や、ぞっとするような廃屋、作業場、それに巨大な石炭倉庫が並んでいた。右側の運河沿いには粗末な屋台の店や、泥土、建築用の不良材料などで作られた間に合わせの店が並んでいるだけで、見苦しく不潔で煤けた光景であった。
昼間なら、ラ・ヴィレット港の活動が集中しているこの河岸ほど騒がしく活気づいている場所は他にはないほどなのだが、夜になり作業場が閉められると、まばらにしかない街灯が闇の不気味さを却って強調し、この上なく寂しく陰気な場所になった。聞こえるものと言えばひたひたという水の音と、船乗りたちが時折船底の水を汲み出す音だけであった。
「こりゃあ、子爵殿は住所を間違ったな……」とシュパンは思った。「この河岸あたりには店なんか一軒もないぞ」
しかし、そうでもなかった。スワッソン通りを越えると、遠くに、霧の切れ間に赤味がかった角灯が見えた。タバコ屋だ……。11.14