「引っ越しではありません」
「おっと、そんな手は僕には通じませんよ……中庭に並んでる馬車は、それじゃ一体何なんです?」
「このドルーオ通りの邸に備え付けてあった家具をすべて競売場へと運ばせるためです……」
ウィルキー氏の顔に一瞬仰天の表情が浮かんだ。
「何だって、家財道具の投げ売りかよ!一切合切売るつもりですか?」
「そうです」
「そりゃ驚いたなぁ!……でもその後は?」
「パリを出て行きます……」
「え、そんな! で、どこへ行くつもりなんです?」
彼女は痛ましく無頓着な風を装い、ゆっくりと答えた。
「分からない……誰も私を知らない土地に行きます。自分の恥を隠せるかもしれないところに」
この話題を押していくのは上手くないと考え、ウィルキー氏はそれ以上追求しなかった。
「待てよ」と彼は思っていた。「このままだと彼女はまた俺に説教を始めるぞ。そんなもんは真っ平だ!」
しかし一方では大きな不安が彼の心を騒がせていた。『こんな風にすべてを売り払って出て行く、というのはまるで夜逃げじゃないか。それにこの氷のような応対。非難の嵐に遭うと思っていたのに。ということは、これはマダム・ダルジュレの揺るがぬ決意を表しているのではないだろうか。あくまでも俺の要求を拒否するという……』
「とんでもないことだ!」と彼は再び口を開いた。「そいつは笑えませんね。貴女がいなくなったら、僕はどうなるんです? どうやってド・シャルース伯爵の遺産を請求できるんです? 遺産ですよ、僕が欲しいのは。それは僕が受け取るべきものだ。譲れませんよ。前もそう言った筈だ。僕が一旦こうと決めたら……」
彼は言葉を切った。マダム・ダルジュレの相手を圧し潰すような視線にそれ以上耐えられなかったからだ。
「安心なさい」と彼女は苦々しげな口調で言った。「私の両親の財産を相続できるよう要求する権利を、あなたに残しておいてあげます……」
「ああ!それなら……」
「私の意図とは全く逆だけれど、あなたの脅しを受けて私は決心しました。あなたはいかなる恥辱、悪評を受けようと退くことのない人間だということがよく分かりました……」1.11
「おっと、そんな手は僕には通じませんよ……中庭に並んでる馬車は、それじゃ一体何なんです?」
「このドルーオ通りの邸に備え付けてあった家具をすべて競売場へと運ばせるためです……」
ウィルキー氏の顔に一瞬仰天の表情が浮かんだ。
「何だって、家財道具の投げ売りかよ!一切合切売るつもりですか?」
「そうです」
「そりゃ驚いたなぁ!……でもその後は?」
「パリを出て行きます……」
「え、そんな! で、どこへ行くつもりなんです?」
彼女は痛ましく無頓着な風を装い、ゆっくりと答えた。
「分からない……誰も私を知らない土地に行きます。自分の恥を隠せるかもしれないところに」
この話題を押していくのは上手くないと考え、ウィルキー氏はそれ以上追求しなかった。
「待てよ」と彼は思っていた。「このままだと彼女はまた俺に説教を始めるぞ。そんなもんは真っ平だ!」
しかし一方では大きな不安が彼の心を騒がせていた。『こんな風にすべてを売り払って出て行く、というのはまるで夜逃げじゃないか。それにこの氷のような応対。非難の嵐に遭うと思っていたのに。ということは、これはマダム・ダルジュレの揺るがぬ決意を表しているのではないだろうか。あくまでも俺の要求を拒否するという……』
「とんでもないことだ!」と彼は再び口を開いた。「そいつは笑えませんね。貴女がいなくなったら、僕はどうなるんです? どうやってド・シャルース伯爵の遺産を請求できるんです? 遺産ですよ、僕が欲しいのは。それは僕が受け取るべきものだ。譲れませんよ。前もそう言った筈だ。僕が一旦こうと決めたら……」
彼は言葉を切った。マダム・ダルジュレの相手を圧し潰すような視線にそれ以上耐えられなかったからだ。
「安心なさい」と彼女は苦々しげな口調で言った。「私の両親の財産を相続できるよう要求する権利を、あなたに残しておいてあげます……」
「ああ!それなら……」
「私の意図とは全く逆だけれど、あなたの脅しを受けて私は決心しました。あなたはいかなる恥辱、悪評を受けようと退くことのない人間だということがよく分かりました……」1.11