「いつものように?」
「いつも以上に食べていました。ただ、言っておかねばなりませんが、上の空で、何を食べているのかも分かっていなかったようです。急に立ち上がってはまた座り直す、ということを四、五回繰り返しました。とうとう何か辛い決心を固めた様子で、受け取ったばかりの手紙を引き裂いて、破片を窓から捨てました。庭に面した窓から……」
マルグリット嬢の話しぶりは実に淡々としたものだった。実際、彼女の話はごく普通に起こることでしかなかった。しかし、聞いている者たちは何か驚くべき事実が明かされるかと期待して、固唾をのんで聞き入っていた。人の性とはこのようなもので、何かというと妄想を作り上げ、当たり前のことを怖れたり、謎があると思いたがったりする。マルグリット嬢はしかし、自分の話がそんな効果を与えていることなど素知らぬ風で、医師だけを相手に話しているかのように先を続けた。
「その手紙が、少なくとも目の前からは消えたので、コーヒーが運ばれてくると伯爵は葉巻に火を点けました。食後にはいつもそうするのです。でも今日は火が消えるまで放ったらかしでした。私は彼の考え事の邪魔をしたくなかったので黙っていました。すると突然彼がこう言ったのです。『奇妙だ。突然気分が悪くなってきた』 私たちはしばらく何も言わずにじっとしていましたが、彼がこう付け加えたのです。『ちょっと頼みがあるんだが、私の寝室に行ってきてくれないか。この鍵で書き物机を開けると上の棚に、すりガラス栓の小瓶があるから、それを持ってきてくれないか』と。普段はとてもはきはきした喋り方をする伯爵が、それを言うときは吃るというか、口ごもっているのに、私はひどく驚きました。でも、不幸なことに、私は心配もしなかったのです……。それで、言われたとおりに小瓶を取って来ました。彼はそれから八滴か十滴ほど水を入れたコップに流し込み、飲み干しました」
ジョドン医師は一心に聞き入っていたので、素の自分に戻り、師の真似をするのを忘れていた。
「それから?」と彼は促した。
「それから、伯爵は普段の顔色を取り戻し、自分の執務室に引き上げました。あの手紙が引き起こしたショックが癒えたのだろう、と私は思うことにしました。でもそれは間違いでした。午後になると彼はマダム・レオンを通じて、私に一緒に庭に出てくれと頼みました。私は驚いて走って行きました。というのは、そのときは酷い悪天候だったからです。『マルグリットや』と彼は言いました。『私が今朝破り捨てた手紙の破片を探すのを手伝ってくれないか。あれに書かれてあった筈の住所を知るためなら、財産の半分を擲ってもいい。あのときは怒りのあまり、それを見なかったんだ……』 それで、私は手伝いました。それほど無茶な目論見でもありませんでした。というのは、雨が降っていたので、窓から捨てられた紙片は散らばらずに、殆どが真下に落ちたからです。それで、かなりの紙片は拾いました。でも、彼があれほど執心していた部分は見つからなかったのです。何度も彼は嘆き、自分の性急さを呪っていました……」
門番のブリジョー氏とカジミール氏は意味ありげな微笑を交わし合った。彼らは、その日伯爵が探し物をしているところを見て愚の骨頂だと思っていたのだ。今それが納得できたのだった。
「伯爵の嘆きを見て、私は悲しみで胸がいっぱいになりました。すると突然彼は立ち上がって、嬉しそうにこう叫んだのです。『私は馬鹿か? あの住所なら、ある人に聞けば教えてくれるじゃないか!』と」5.21
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