エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-XII-10

2021-07-03 09:03:14 | 地獄の生活

 ドアが開かれたままになっていたので、彼は歩いていって用心深くドアを閉めた。それから彼女のところに戻り、自分の依頼人に接するときのような態度で声を低めて言った。

 「私の言いたいのはこういうことです。先ほどの二人が貴女に結婚の申し込みをした理由を、貴女は少し思い違いしておられる」

 「本当にそう思いですの、判事様?」

 「断言してもいいほどに……彼ら二人の態度は全く異なるものだったではないですか? 侯爵の方は考え抜き、計算した上での落ち着きと冷静さが見受けられました。ところがもう一方の将軍の方は慌てきった振る舞いで、これは性急な決断、思いついてすぐ行動に移したことを窺わせます……」

 マルグリット嬢はじっと考え込んだ。

 「確かにそうですわ」と彼女は呟いた。「仰るとおりです……今考えるとその違いが分かります」

 「従って」と判事は続けた。「私は座ってこう考えておったのです。このド・ヴァロルセイ侯爵という御仁、見事に感情を演じてみせるこの役者は、マルグリット嬢の出生を証明するものを手元に持っているに違いない。もちろん書面による、決定的な証拠となるものを。婚外子の父親捜索は法律で禁じられている。が、父親から自発的に提出される出生証明であれば証拠となる。ド・ヴァロルセイ侯爵はこの認知証書を持っているのではありますまいか?……いや持っておるに違いない。ド・シャルース伯爵の突然の死を知って彼はこう思った。『もしマルグリットが自分の妻だったら、そして伯爵の実子であることを彼女に宣言させたなら、自分は何百万という金を手にすることになる』 と。そう考えて彼は便利屋のところへ相談に行き、これこれの役割を演じなさいと知恵を授けられた。それで彼はやって来たというわけです……。貴女は彼を撥ねつけたが、彼はまた新たな口実を設けてやって来るでしょう。それは確実だ。覚悟しなされ。おそらく何らかの取引を申し出ることでしょう。貴女の言葉を借りれば、こんな風に。『私たちが結婚しようがしまいがどちらでもよろしい……要は、山分けしましょう』 と」7.3

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1-XII-9

2021-07-02 09:00:06 | 地獄の生活

 「将軍、あなたはド・シャルース伯爵の死に顔を……最後に一度……御覧になりたいとは思われないのですか?」

 「ああ、もちろんじゃ。三十年来の友人じゃからな……」

 彼はその言葉どおり死体の安置してある部屋のドアの方に進んでいった。が、部屋に入ろうとした瞬間、一種の恐怖の叫び声をあげた。

 「ああ駄目だ!……出来ない……」

 そして彼は後ずさりし、逃げるように出て行った。

 将軍がいた間、治安判事は存在しているしるしすらも見せないようにしていた。ランプの光が届く範囲外の暗がりの中で肘をつき、じっとしていたが全神経を集中させて話されていることを聞き、観察していた。言葉の下に隠された考えを読み解こうとしていたのだ。

 マルグリット嬢と二人だけになるや否や、彼はゆっくりと身を起こし、暖炉まで歩いていって背を凭せ掛け、口を開いた。

 「さて、娘さん、どう思われます?」

 マルグリット嬢は今しがたのやり取りで大きく感情を揺すぶられ、まるで有罪判決を受けた罪人のように震えていた。彼女は聞き取れないほどの低い声で答えた。

 「私、分かりました」

 「何が分かりましたか?」と判事は容赦なく尋ねた。

 彼女はその美しい目を彼の方に向けたが、その目にはまだ怒りの涙が光っていた。やがて感情を爆発させて彼女は言葉を継いだ。

 「さっき出て行ったあの二人の男の人たちの悪辣さがどれほどのものかが、です! 上辺は気高く見せてはいても、あの人たちの非道な振る舞いがどんなに侮辱的であるか、を。彼らは使用人たちに問い質したに違いありません。で、二百万フランが消えたことを知ったのです……ああ、なんと厭うべき人たち!……彼らは私がそのお金を盗んだと思っているのです。そして私に『山分けをしよう』と言いに来た! ド・ヴァロルセイ侯爵、あの軽薄な遊び人、そしてあの異様で滑稽なド・フォンデージ氏、彼らはよこしまな貪欲を共有しているのです。彼らは私にあのような提案をすることで自分たちの強欲を覆い隠し、気高い行為だと認めて貰おうと思っているのです。なんたる恥知らず!それなのに仕返しをすることが出来ないとは! ああ召使たちの疑いの方がずっとましですわ……少なくとも彼らは、黙っていてやるからその代わり盗んだお金をよこせとは言いませんでしたもの!」

 治安判事は首を振ったが、それは明確に同意と取れるものではなかった。

 「それもあります」と彼は繰り返した。「確かに、そういう面もある……」7.2

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