エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2021-09-22 10:42:31 | 地獄の生活

そして実際、捜索の結果、彼は親指ほどの大きさの紙片が五つ植込みの下に吹き寄せられているのを発見したのである。それらはか細い縦長の文字で埋め尽くされていたが、女の筆跡であることは明らかなものの、一つとして意味をなす文を構成することはできなかった。しかしそんなことは重要ではない! カジミール氏はそれらの紙片を後生大事に保管しておき、主人が知ったら快く思う筈のないその掘り出し物のことは誰にも言わないと決心していた。彼はそれらの破片から一貫性はないながら、数語の解読はしていた。それらを常に頭の中で考えているうち、伯爵の発作とその手紙とは大いに関係があるという思いが強くなった。というわけでマルグリット嬢が彼に書き物机の鍵を探すよう命じたとき、彼は大いに勢い込んでド・シャルース伯爵の上着のポケットを探ったのであった。そして幸運に巡り合い、それにつけ込んだ。というのは、鍵を見つけそれは渡したが、例の手紙も発見したのである。彼はそれをくしゃっと丸めて手のひらで隠し自分のポケットにこっそりと滑り込ませた。ああしかし、苦心も無駄であった! その手紙の空白の部分を自分の拾ってきた紙片で埋めようとしたが、何度読んでも、いくら頭を絞っても何も分からなかった。むしろ非常に曖昧で不完全な情報しか得られなかった為、また新たな苛立ちの種となったのである。

一度などは、それをマルグリット嬢に返そうかとも思った。が、こう考えて思いとどまった。

「ああ、馬鹿な!……それは駄目だ……いつか役に立つときが来るかもしれないじゃないか」

有能な人間であるカジミール氏は、自分ではマルグリット嬢の役に立つ気はまるでなかった。彼女から受けていたものは親切ばかりだというのに。彼女を憎んでいた。どこの誰かも分からないような女は、こんなところにいるべきではないというのがその言い分であった。そして、この自分、カジミールが彼女から命令を受けるなどとは笑止千万と思っていた。マルグリット嬢が通路を歩いていたとき耳に入って来た心無い中傷の言葉『あそこに行くのはお金持ちのド・シャルース伯爵の愛人だ』はカジミール氏の仕業であった。彼はこの高慢ちきな女に仕返しをしてやる、と誓っていた。治安判事が毅然たる態度で中に入らなかったら、彼がマルグリット嬢に何をしていたか、誰にも分からない。

彼は治安判事から厳しく叱責されたが、八千フランを渡され暫定的に屋敷内を取り仕切ることを任されたとき、受けた侮辱を大目に見る気になった。それ以上に嬉しいことはなかった。これはまず第一に特別に与えられた素晴らしい機会であり、権限を持って行動し、主人のようにものを言うことが出来るのだ。それ以外にも、ヴィクトール・シュパンと共に葬礼を取り行うことが出来るし、イジドール・フォルチュナ氏に申し込んでいた面談に出かける時間も作れる自由をも意味していた。

というわけで、同輩たちには治安判事に言われた仕事をさせておき、ブリジョー氏には役場に届けを出すよう言いつけ、自分は葉巻に火をつけるとゆっくりした足取りでクールセル通りを上っていった。約束の場所はオスマン大通りにある真新しい建物でビンダー(ヘンリー・ビンダーがパリに作った馬車製造会社)の工場のほぼ真正面にあった。9.22

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2021-09-20 09:44:02 | 地獄の生活

XIV

 

 

故ド・シャルース伯爵の下男であるカジミール氏は、驚くべきことだがこれでも大半の同業者たちに比べ特に良くも悪くもないのであった。老人たちに言わせると、かつては雇い主の家族と連帯感で繋がり、その家庭の利益や意向を共有する忠実な召使というものが存在したとのことだ。その頃は主人たちの方でもこの類まれなる献身的奉公に対し、形だけでない手厚い庇護で報い老後の保障をしたという。今日ではこのような雇い主と召使の関係はアンビギュ劇場(パリ、タンプル大通りにあったアンビギュ・コミック座は1769年に創設、二度の再建の後1827年に焼失。アンビギュとは様々なジャンルを取り混ぜた、の意で創設者オディノーはパントマイム、人形劇、子供劇等いろんなものを精力的に取り入れ、人気を博した)の演目『亡命貴族の馬車』(副題『行いを正しくするのに遅すぎることはない』、全五幕の芝居)や『シャトーヴュー家の末裔』といった古くさいメロドラマの中で以外、跡形も見られない。近頃の召使たちは、自分たちが仕事をする家をまるで一夜の宿のように渡り歩き、好き勝手に振る舞う。次の日にはもう居ないからだ。そして彼らを雇う家の方でも彼らをまるでときに危険な存在となる季節労働者のように扱う。用心するに越したことはないからだ。こうした反逆的になりかねない労働者に酒蔵の鍵は渡さない。彼らに任せるのはせいぜい子供の世話ぐらいだが、それは去年パリ中を震撼させた恐ろしい結果を生むこともある……。

カジミール氏は、しかし文字通り正直な男であった。十スーをくすねるなどということはせず、それよりはつまらない物に百フランを浪費させる方を選んだ。彼が何か非難されたとき、その意趣返しをしたいと思ったとき、このようなことは邸でときどき起こった。虚栄心が強く貪欲な彼は、自分の雇い主に忠実でありながら彼を激しく妬むことで満足していた。自分がド・シャルース伯爵に生まれなかった運命を不公平で馬鹿げたものと感じていたのである。

高給の処遇を受けていたので、それなりの仕事はした。だが、彼が全知全能を傾けてしていたことは伯爵を監視することであった。この家族には何か大きな秘密があると嗅ぎつけていたが、それを自分に打ち明けられないのを侮辱だと感じていた。彼が何も発見できないでいたのは、伯爵がこの上なく警戒していたからであったが、マダム・レオンはまた自分の記憶から何かが抜け落ちている所為だと思っていた。

というわけで、彼も目撃していたのだが、シャルース伯爵の一時の激怒で引きちぎられた手紙の残骸をマルグリット嬢と伯爵が中庭で探しているのを見たあの日の午後、カジミール氏は好奇心がどうにも抑えきれなくなってしまった。蕁麻疹の痒みでもこれ以上ではあるまいと思うほど、居ても立ってもいられなかった。あの手紙に書かれていることを知るためならひと月分の給料も、いやもっとそれ以上でも惜しくはなかった。伯爵は拾った手紙の破片を大きな紙の上に丁寧に張り付けていた。伯爵がマルグリット嬢に、最重要な破片が欠けているが、これ以上探しても無駄だからもうやめるように、と言うのを聞いたとき、カジミー氏は自分ならばもっと上手くやってみせる、でなければ幸運を手繰り寄せてみせる、と誓ったのだった。9.20

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