◎誰もが薄々感じているが言葉にしにくいこと
現代人が神に成るには、現代人に特徴的な3つのハードルがある。
『1.霊がかりをやめること』
『2.天国にあまりひっかからないこと』
『3.中味のわからない神仏を求めて進まなければならないこと』
これを越えて、ジャンプアウトという個人が世界全体、宇宙全体になるという大逆転、倒立が起こる。
『1.霊がかりをやめること』については、昔から何度もいろいろな形で述べて来た。チャネリング、シャーマニズム、神下ろしで発生するのが霊がかりだが、いわゆる浅い霊感もそれに属する場合がある。
『2.天国にあまりひっかからないこと』については、求道者たるもの、一般にどんな宗派でも善を行い悪を行わないという戒律を守りながら修行しているものであって、修行のあり方そのものが天国的である。これの真逆である、『2.天国にあまりひっかからないこと』とは、修行がある程度進んだ段階などで地獄的なものに出くわしたり、天国の境地が通用しない不条理、理不尽に出会うことがあるためである。最終的に天国は超越すべきものだからである。
だがこれは、世間的には言いにくい。教団内部の敬虔な信者の前であっても言い方には相当に配慮が必要。
『3.中味のわからない神仏を求めて進まなければならないこと』。これは、ニルヴァーナが言葉で表現できないものであり、属性のないものだが、最終段階ではそれを求めて一歩進まねばならないことを言う。途中の修行段階の人間に向かって、『あなたは、中味のわからないものを求めて修行している』などと言い放っても、言われた方はよい気はしない。古神道なら幽の幽、あるいは効果を求めない冥想修行などとネイミングはあるが、それでもって納得して修行を進められるのかといえば、必ずしもそうではないだろう。