◎心の社会性と正気
現代社会では、衣食住さえ安く手に入れば、ほとんどリアルな人と接触せずに日々を過ごすことができるほどに文明の利器はそろった。
そんな中で、通勤も通学も結構な量の家事もないとなれば、人は自分を飾ることを放棄するようになる場合がある。
すると、奇妙なことではあるが、その人間の本性とも言うべき潜在意識が表面に出てくる。
具体的には、深い意識に根付いた欲望が驚くほどストレートに現れた状態で、露出する。性欲、支配欲、金銭欲等々。
これを社会規範や法律や道徳やしつけなどで、厳しく自己規制しようとするモチベーションが働くと、更に大きなストレスが高じて、逆に先に挙げたような欲望がより強く呼び起こされて自分をコントロールしづらい状態にまでなることがある。
このような状態は、ひきこもりや出家生活など孤独な生活では出現しがちな状態である。
古来宗教家たちは、この状態のコントロールは心得ていて、オーム、南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経などのマントラを繰り返し念唱させて、すべてがマントラになりきる一念専心やすべてがマントラである世界までもっていくとか、心に浮かんでくるあらゆる想念を相手にしないとか、消えていく姿であると見るとか、激しい身体運動とかで肉体を消耗させて後坐らせるとか、空性の観想とか、様々な手練手管を用意していたものだ。
身だしなみとは社会性のことであって、着るものとか持ち物などファッションだけが社会性ではない。
このおひとり様が三分の一にも達しようとする時代、心の社会性こそ身だしなみである。心の社会性とは、真に厳密な意味で正気であることだが、ちょっとノイローゼ、ちょっと偏執的なのがまともとされるこの時代に、誰が真の正気を見分けられるのだろうか。
現代社会では、衣食住さえ安く手に入れば、ほとんどリアルな人と接触せずに日々を過ごすことができるほどに文明の利器はそろった。
そんな中で、通勤も通学も結構な量の家事もないとなれば、人は自分を飾ることを放棄するようになる場合がある。
すると、奇妙なことではあるが、その人間の本性とも言うべき潜在意識が表面に出てくる。
具体的には、深い意識に根付いた欲望が驚くほどストレートに現れた状態で、露出する。性欲、支配欲、金銭欲等々。
これを社会規範や法律や道徳やしつけなどで、厳しく自己規制しようとするモチベーションが働くと、更に大きなストレスが高じて、逆に先に挙げたような欲望がより強く呼び起こされて自分をコントロールしづらい状態にまでなることがある。
このような状態は、ひきこもりや出家生活など孤独な生活では出現しがちな状態である。
古来宗教家たちは、この状態のコントロールは心得ていて、オーム、南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経などのマントラを繰り返し念唱させて、すべてがマントラになりきる一念専心やすべてがマントラである世界までもっていくとか、心に浮かんでくるあらゆる想念を相手にしないとか、消えていく姿であると見るとか、激しい身体運動とかで肉体を消耗させて後坐らせるとか、空性の観想とか、様々な手練手管を用意していたものだ。
身だしなみとは社会性のことであって、着るものとか持ち物などファッションだけが社会性ではない。
このおひとり様が三分の一にも達しようとする時代、心の社会性こそ身だしなみである。心の社会性とは、真に厳密な意味で正気であることだが、ちょっとノイローゼ、ちょっと偏執的なのがまともとされるこの時代に、誰が真の正気を見分けられるのだろうか。