先々週息子が帰って来てくれて、母も喜んでいたようだったけれど、
母が息子を憶えていたことが、私も嬉しかった。
先週は娘が帰って来てくれた。
娘は息子より6年先に生まれている。
自然、孫としては娘のほうが馴染が深い。
成人式の着物も母が買ってくれた。
母が元気な頃も帰省する度を訪ねてくれた。
娘を連れて病院へ行ってみると、母は胸の静脈から点滴を入れる処置をしているそうで、
ベッドにいなかった。
毎日針を刺すのは苦痛だろうと、針を入れっぱなしにするのだそうだ。
15分くらいで戻りますよということだったけれど、帰ってこない。
看護師さんが何度か、「もうすぐですからお待ちください」と言いに来てくださったけれど、
1時間過ぎても帰ってこない。処置が難航しているようだ。
部分麻酔を使っているそうだから痛くはないだろうけれど、こんなに時間がかかっては、
帰って来ても疲れ切っているだろう。
どうなっているのか気になったけれど、出直すことにした。
翌日出直すと、母は無事ベッドにいた。
点滴の針は手の甲に刺さっている。
結局胸の静脈には入れられなかったのだろう。
手足の細い血管がもうボロボロだそうだけれど、
胸の太い血管も同じくらい傷んでいるのかも知れない。
「先生に訊いてみる?」と娘が言ったけれど、聞いたところでどうなるものでもない。
できるものならしているだろう。
気配を感じたのか、母が目を開けた。ぼんやりと私たちのほうを見る。
「おばあちゃん、〇〇だよ。おばあちゃんに会いたかったよ」
と娘が耳元で呼びかけると、少し間があってわずかだけれど目に力がこもったような気がした。
少しの間は、記憶を呼び覚ますのにかかった時間かも知れない。
そして、娘のほうを見て何か呟いた。
何?と娘が耳を近づけると、
「ばあちゃんも会いたかった」と小さなかすれ声で言う。
私たちに聞こえるように言葉を発するために、必死の努力が必要だったろうと思う。
「うん、ありがと」と言ったきり、娘は涙ぐんで言葉に詰まってしまった。
そうよね、何を言えばいいのかわからないよね。
母は娘への一言で力を使い果たしたのか、目を閉じている。
でも、少しすると目を開ける。
娘への気遣いがわかる。
もっといて欲しいかも知れないと思うけれど、その分疲れることも確かだ。
枯れ木のようになった母に無理はさせたくない。
母の手を取って「お昼寝してね、また来るから」と言うと、頷いた。
病院を出るまで無言だった娘が、「9月に来れたら来るよ」と言った。
「うん、できればそうして」と返しながら、思う。
母の血管がそれまでもつだろうか・・・
読んでいて、切ないです。
せめて、痛みなど伴う事無く、静かに過ごして欲しいですね。
弱っていますが、思ったよりしっかりしています。
まだ頑張ってくれそうです。
辛そうに見えないのが救いです。