の~んびり タイランド 2

タイの風景、行事や趣味の陶磁器を写真を中心に気ままに紹介しています。

プラタート・パノム

2015年10月07日 | ナコーン・パノム
「プラタート・パノム」については2013年12月10日のブログ「ムクダーハーンからタート・パノム、サコン・ナコーン」に載せていますから省略します。今回の旅行も同じコースをたどっています。そこで今回は「博物館」という名の看板が掲げられた寺院裏の博物館から観ていきます。

貝葉に書かれた経文を納める厨子です。



古い仏像は網つきの展示ケースの中におられます。

クメール、ラーン・チャーン王国時代と書かれていますが、メコン川中流にラオ族によって14世紀に建国されたラーン・チャーン王国の歴史は長く、ベトナム、ビルマ、アユタヤの侵略や支配を受けながら17世紀まで続きます。



ラーン・チャーン様式の降魔印の仏像です。



寺院で使われた食器類です。それほど古いものではありません。

銅鑼です。右下の壺は14世紀から16世紀にソンクラーム川流域窯で生産されています。

壺の拡大です。

紀元前に北ベトナムで栄えたドンソンの銅鼓です。

こちらにもソンクラーム側流域窯の壺が並んでいます。





白磁です。何処の焼き物か分かりません。

棚の中にも仏像と壺が展示されています。

写真でははっきりしませんが、褐釉に印花花文の壺です。

480年ほど前のラーン・チャーン時代の仏像です。

ラーン・チャーン時代の仏像が並びます。





仏塔の移り変わりが解説されていました。
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博物館の隣の収蔵庫では扉の修復が行われていました。深い彫刻が施された重厚な扉です。



ラーマキーエンです。





結界石もあります。


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博物館を出てそのまま裏口から仏塔へ行きます。





左の摩耗が目立つ煉瓦は、仏伝図の彫られた古い仏塔の煉瓦を組み込んでいます。

まずはお参りです。蓮華を供えます。



東門の外から写しました。

メコン川に面した山門です。川の向こうがラオスです。

ドヴァラヴァティー時代の結界石です。




ロイ・ルア・ファイ(灯明舟流し) 3

2014年01月14日 | ナコーン・パノム

■「ロイ・ルア・ファイ」(灯明舟流し)の後編です。毎年、参加する灯明舟はその区域の経済状態によって異なるそうです。2012年は16隻、2013年は14隻が参加しています。
2012年の花火を上げながら流れていく灯明舟を掲載します。

満月の月明かりの中を母舟から放たれた小舟が流れていきます。

メコン川に灯明を灯した舟がゆっくりと流れていきます。写真の説明は必要ないかと思うので省きます。















































午後10時55分、最後の灯明舟が流れてきました。灯明の点火から4時間半が経っており、燃え尽きた灯明がちらほらと見受けられます。灯明の明るさもかなり弱まってきているようです。
3時間で16隻の灯明舟が流れて行きました。
約11分に1隻の舟が花火の色や手法を変えて流れていくため、3時間があっという間に過ぎ去ってしまいました。

入国ゲートをくぐってホテルへ戻ります。午後11時を周ったところです。

ベトナム時計台です。記念写真を撮影する人がたくさんいます。

川岸へ通じる道路は帰路に就く人、飲んでから帰る人であふれています。

ロイ・ルア・ファイ(灯明舟流し) 2

2014年01月13日 | ナコーン・パノム
■「ロイ・ルア・ファイ」(灯明舟流し)です。数万個の灯明で飾り付けられた舟が満月に照らされたメコン川を下っていきます。
かって、ナコーン・パノムを中心に北部イサーン、中部ラオスにまたがる「シー・コタブーム」という国があり、その頃から続く祭りだと言われています。
対岸のラオスでも「ロイ・ルア・ファイ」が催されています。

午後5時です。川の中ほどまで灯明舟が曳航されていきます。「ロイ・ルア・ファイ」祭りの開始時間は午後7時です。開始までまだ2時間あります。

午後5時25分、陽が沈み、空が紫色に染まる頃、先頭の舟に灯明に点火されました。

全ての灯明が灯るのに30分以上かかっていました。

後方でも灯油が燃えて黒煙が立ち昇っています。

午後5時53分、十五夜の月が顔を出します。

ドラえもんの「コーム・ローイ」です。みんなが注目しています。

午後6時57分、打上げ花火が上がって「ロイ・ルア・ファイ」の開始です。出入国チェックポイントを出て船乗り場へ行く階段で観戦です。帰国、入国する人を乗せた船が入ってきます。この場所からだとトイレに行くにもパスポート・コントロールを通らなければなりません。

それぞれの灯明舟が流れる順序に従って配置についています。







それぞれの灯明舟が、花火の手法を変えながらメコン川を流れていきます。










全長100m近くあった灯明舟ですが、メコン川に浮かぶと大きさを感じません。















こちらは対岸のラオスの灯明舟です。国力の差でしょうか、灯明舟は距離があるとはいうものの、かなり小さく映ります。

ロイ・ルア・ファイ(灯明舟流し) 1

2014年01月10日 | ナコーン・パノム
■陰暦11月の満月の日は、三か月間、寺に籠って修行をしていた僧が修行を終え、初めて外出が許される日「出安居」(オーク・パンサー)です。
「オーク・パンサー」を祝った催しが各地で行われます。
イサーンのメコン川沿いの町、「ナコーン・パノム」では竹組をした舟(筏)に灯明を灯しメコン川を下っていきます。「灯明舟流し」(ロイ・ルア・ファイ)です。
行事の一つに3km距離を競うボート・レースもあります。十三夜の日に催されます。

このあたりは川幅が1km以上ありそうで、流れも比較的緩やかです。競技は2艘から4艘で行われます。
手前の艇は競技を終えスタート付近へ戻ってきたところです。
奥に並んだ3艘がスタートラインに就いたところです。
川の中ほどで行われるため写真には小さくしか写りません。

スタートしました。









競技が終了、艇を陸に揚げてきました。皆、戦いを終え疲れ切った様子です。



こちらの艇を担ぐ人たちはにこやかです。成績が良かったのでしょうか・・・。


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■明日が満月の日です。早朝河岸を歩いてみました。

灯明舟が岸辺に繋がれています。
「舟」としましたが、ドラム缶で浮力を持たせ、竹を用いて櫓に組み上げた「筏」です。年々大型化しているそうで、最大のものは全長96m、高さ29m、幅15mで灯明の数が3万個です。



絵柄に合わせてぶら下げれれている灯明です。
缶コーヒーの空き缶に穴をあけ、灯芯を差し込み、灯油を満たしています。

早朝から作業にかかっている舟があります。舟までかなりの距離があるのですが、写真を写していると全員ピースサインを出してくれます。



岸では空き缶に灯油入れの作業中です。余談ながらタイの灯油は識別のため、水色に着色されています。

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■午前10時、再び灯明舟の係留場所へ来ました。





この舟は作業の人影も少なく、仕上げ段階に入ったようです。手前の人物がボードに貼られたデザイン図を見ながら調整の指示をしています。

舟幅12m、高さ29mの灯明舟もあるようですが、見るからに不安定な構造です。頂上の旗が烈しくはためいていますが、突風が吹いたり、川中まで曳航するタイミングが狂えば転倒しそうです。

こちらもマイク片手に作業をチェックしています。





川岸から空き缶の灯明がバケツに入れられ灯明舟状の作業者へケーブルを利用して送られます。

灯油を入れビニールで覆って舟にぶら下げる空き缶が、まだたくさん残っています。
参加する区域の人は1年間、毎日缶コーヒーを飲み続けないといけないようです。





灯明舟のデザイン図です。タイ・ラオス第三友好橋と国王陛下の肖像です。



こちらも灯油入れの最中ですが、用意された空き缶はたくさん残っています。
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■灯明舟準備作業の写真は2011年10月12日の「ロイ・ルア・ファイ」を掲載しました。
この年の11月にはナコーン・パノムとラオスのター・ケークを繋ぐ「タイ・ラオス第三友好橋」の開通が予定されているため、友好橋を扱ったデザインの灯明舟がたくさんありました。






ナコーン・パノムの灯明舟流し(ロイ・ルア・ファイ)へ

2014年01月09日 | ナコーン・パノム

■「アーカッド・アムヌアイ郷土学習センター」ではソンクラーム川流域の窯址を知ることができませんでした。とりあえずはソンクラーム川を目指すことにします。

ソンクラーム川です。思っていたより川幅が狭く水量が少ないです。この周辺には窯址はありません。

川から少し離れた村でも、水田の耕作中にたくさん壺が出てきたそうですが、人が来て全て買い取って行ったとの説明でした。
今後もトラクターの普及で地中深くに眠っていた石仏や青銅の遺物は掘り起こされるでしょうが、陶磁器などは作業機で破壊されていくかと思うと残念です。

そのまま進むとメコン川沿いまで来てしまいました。道路わきに恐竜がいます。標識はタイ語だけです。とりあえずは入ってみることにします。

未整備の岩道を入っていくと中でも恐竜が出迎えてくれます。

恐竜の足跡化石が展示されています。







泥土の上に小型恐竜の足跡がたくさん残っていて化石化したものです。





ソンクラーム川がメコン川へ注ぐ近くです。

ナコーン・パノムの手前25kmの所に「プラタート・ター・ウーテン」という1911年に建立された、高さ約15mの仏塔がメコン川に臨んでいます。





馬です。

続いて、馬です。

メコン川で集められた奇石や川の流れで丸く研磨された水晶、石器などが展示販売されています。
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対岸のラオスの町ター・ケークを結ぶタイ・ラオス第3友好橋です。2011年11月11日11時11分に開通しました。ベトナムのハノイまで通じる道路が整備されています。

メコン川を跨ぐ橋梁部は780m、取付け部を含むと全長5.2kmの長い橋です。

ちなみに橋の高さは10m、脚橋の間隔か60mです。

午後1時30分、ナコーン・パノムの市街へ入ってきました。メコン川の上流には「ロイ・ルア・ファイ」(灯明舟流し)に用いられる舟が係留されています。
竹で組み上げられた灯明舟の全長は、大きな舟で100m近く、高さは30m近くあります。

灯明舟には映し出す絵柄に合わせて大量の空き缶に灯油を入れてぶら下げています。

空き缶利用の灯明の数は2万個から3万個ぶらさげます。一艘の灯明舟を造るのに300万円ほどかかるようです。ほとんどが缶コーヒー代に消えていそうですが・・・。

こちらでは、空き缶に灯油を入れ最後の追い込み作業中です。

灯明船の係留場所から下流へ向かう川沿い道路は出店や屋台が出て通行止め、市内へ入ればお祭りのパレードが催されていて交通規制中、迂回を重ねてやっとホテル到着です。
ここまでの走行距離1,354kmとなりました。
小さな町ですが「ロイ・ルア・ファイ」には観光客が多く、ホテル予約をしておかないと、まず、市内では泊まることができません。今回は「ウィンサー・ホテル」を予約しました。このホテルからだと100m程歩けば観覧場所まで行けます。ただ、宿泊料金は通常400バーツが、この日だけは3倍に跳ね上がります。

チェクインを済ませ近くを散策です。イミグレーションの建物です。対岸のラオス、ター・ケーク行の船が出ています。

ター・ケークへ向かう船です。かっては川を中心にして一つ町や国が栄え、同じ言語、文化を共有する同じ民族が暮らしていましたが、近年になって欧州の植民地になって以降、川は国を隔てる境界線になってしまいました。

メコン川沿いに建つ「パヤナーク」です。
この下には「インドシナ・マーケット」があって中国からの廉価な電気製品、衣料、食品等を売る店がたくさんあります。
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ナコーン・パノムまでの軌跡です。