の~んびり タイランド 2

タイの風景、行事や趣味の陶磁器を写真を中心に気ままに紹介しています。

サンカロークの鉄絵花文盤

2022年05月25日 | 陶磁器(タイ)

チャオサームプラヤー国立博物館(アユタヤ)所蔵


スコータイ様式の仏像の特徴に頭頂の肉髻上に火炎状のラスミー(宝珠光)を戴きます。
ラスミーに「文字のし」を倒立させた渦巻模様があります。ウナローム プラ プッタループ スコータイまたはレーク ガーオ タイと呼ばれる仏陀の知恵と悟りへの道を示すシンボルだと言われています。
ヒンドゥー教由来の印でドヴァラヴァティー王国時代にインドから伝わったと考えられています。
ドヴァラヴァティー仏像の頭にも使われているそうです。
仏像の螺髪は全て右巻、スコータイ様式のウナロームは右巻、ウトーン様式は左巻と教えられたのですが、過去に撮した写真をチェックした結果では、そんな法則はなさそうです。


チャオサームプラヤー国立博物館(アユタヤ)所蔵


サンカローク窯初期に見込みに蘭の花を描き、立ち上がりに双魚文が描かれた盤が出現します。
その花と上に伸びる蛇行線がウナロームだと言われています。前に上梓した巻き貝文は製作時代的にドヴァラティー文明の関与は否定できますが、ウナロームはドヴァラヴァティー文明から引き継いだものでしょう。因みに高台内に書かれる文字はモン文字です。

ーーー閑話休題ーーー
(吉川利治「スコータイに対するクメールの影響:遺跡と刻文に関する分析」より)
 ラームカムヘーン大王がタイ文字を考案してタイ語、タイ文字のラームカムヘーン大王石碑が1292年に刻まれます。その後の人材が凡庸だったのかタイ文字の普及は進まず、次ぎに見つかっている古い碑文はマンゴー林寺院に由来する5基の碑文です。4基は1361年のリタイ王の出家の状況が刻まれた石碑でタイ語-タイ文字が2基そしてタイ語-クメール文字、クメール語-クメール文字で伝える内容はほぼ同じです。もう一基はパーリ語-クメール文字でリタイ王を讃える内容が刻まれています。
タイ語-クメール文字の石碑がなくなるのはラームカムヘーン大王石碑誕生から245年待たなければなりませんでした。
これはスコータイ王朝の中枢でクメール語やクメール文字を用いる人が活動し、タイ語とともにクメール語が公用語になっていたと吉川論文は述べています。
タイ語-クメール文字は1528年まで続くそうです。
ラームカムヘーン大王石碑から半世紀以上の空白期間があり、2番目に古いマンゴー林寺院石碑が14世紀の中頃に登場、以降はたくさんの石碑が刻まれいることから、スコータイ史の始まりを14世紀中頃と吉川先生は推定されています。スコータイの代表遺跡も14世紀後半から15世紀後半説を採っておられます。
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 1300年にラームカムヘーン大王の朝貢使節が多数の中国陶工を連れて帰国した、と言うのが通説になっています。数倍から数十倍返しと言われる下賜だったのか資料は何も残っていないようですが、サンカローク窯の隆盛と時代的な矛盾はないようです。

タイ国内のクメール支配下のクメール的なものはわざわざロッブリー様式と言い換えるぐらいだから、スコータイ朝の公用語がクメール語だった、と唱えればタイの学会からは抹殺されるでしょうが、窯業ではモンやクメールの影響を排除して、エビデンスも不十分な中国人起源とする不思議です。






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青磁釉から透明釉に変化しても花文の意匠はまだ変化していません。

















一番下は蛇行線(ウナローン)が申し訳程度の大きさになっています。

完品が2点ありますが、いずれも焼成温度が不足で鉄絵の発色が悪く、釉薬がカセています。
骨董商によっては二度窯(再焼成)で下絵を鮮明にし透明感をよみがえらせます。半真半贋の手間の掛からない製品が真作として市場に出回ります。
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発展の過程でしょうか、鉄絵青磁にもウナローンのないものもあります。



















下3点は輪郭線で花文を描き、周りに釉薬を置いて白抜き模様を作っています。後で発展する白釉褐彩刻花文の原点でしょうか。
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やがて花の主流は菊花文になり、立ち上がりの魚文がなくなります。ベトナムの影響でしょうか高台内にチョコレート色の鉄泥漿を施したものも現れます。
































最後は台付鉢の底部分です。内面にも丁寧に鉄泥漿が塗られています。
陶工の自信作だったのでしょう、盤面の絵付けが気になる陶片です。
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最後にシーサチャナライで出土した中国の陶磁器を添えておきます。
後期サンカローク窯の鉄絵花文が中国磁器を模倣したことが如実に分ります。
とすれば、初期の青磁鉄絵花文との関係はどうなか、葉は全く異なり、花序は同一であるが神聖なウナローム模様はサンカロークの創作と考えるのか…





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