懐かしのバレエ

バレエ、パフォーミングアーツ等の感想、及び、日々雑感。バレエは、少し以前の回顧も。他、政治、社会、競馬、少女マンガ。

「マラーホフ、ニジンスキーを踊る」公演の変更

2007-08-30 02:50:26 | Weblog
このタイトルつけた人、巧い!

そんなタイトルに騙されて、買ってしまったチケット。

タイトル見たら、つい行きたくなってしまうような魅惑的なタイトルだ。

冷静によく考えて見たら、

若き日の、時分の花真っ盛りのマラーホフが、中性的な肢体にあの薔薇の精の赤レ

オタードに花のついたキャップを被って、ふわ~っとしたジャンプで登場すると、

例えそれが原振付の意図を忠実に実現する真の花ではなかったとしても、

もしかしたらそれ以上に魅力的な、少女マンガのようなというのか、非日常的でめ

くるめく夢のような幻想的な世界を現出していると、目を見張った観客は多かった

ことだろう。

それを熱烈に賞賛した演劇評論家の渡辺守章などは、ほとんどその世界を愛してい

て、この人ゲイ系の人なのかしらと思ったほどだった。どっちでもいいのだが。

ノーマルでもゲイでも。たぶんそっち系の美学、嗜好であることは間違いない。

あの日の夢のようなマラーホフの薔薇の精を思うと、大人のダンサーとしてモダン

も踊るせいか妙に筋肉がついてしまい、ごつごつした体の今のマラーホフが、若き

日以上の薔薇の精を踊る、なんてありえるだろうか、失望するだけではないか、と

の思いも多かった。

チケットを買ったことを後悔していた。

そうしたら降板。

魅惑的なタイトルは「ニジンスキーの伝説」だか、凡庸なものに変わった。

パリ・オペラ座のイレールの名だけでは行かないが、イレールの「ペトルーシュ

カ」は良いという話があるので、行ってみる気になっている。

評判がよくなかったら、すでに団を引退している体も変わっているダンサーの踊り

では行かない。

フォーゲルはこないだ見たからもういいかも。

パリオペラ座の、先日の白鳥の道化で気を吐いたダンサーを、知り合いはいいとい

うが。

知人は東京バレエの中島さんは良いと言っていた。

(顔がいいのか踊りがいいのか知らない)

マラーホフが来ていれば、中島さんのペトルーシュカ楽しみに見たものを。

悩ましきキャスト変更ではある。

マラーホフも、一度手術した膝を再手術とは・・・痛そう~。





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切ない恋の話(映画「蝉しぐれ」とバレエ「オネーギン」)

2007-08-27 01:29:54 | Weblog
バレエファンがよく行きがちな公演なので、書くのも気が引けるが、

8月上旬のゆうぽうと公演、「ルグリと仲間たち公演」、

バレエ的には他にも注目演目はあったのだが、プーシキン原作の「オネーギン」と

いうのが、短絡すると結局は想いあっている男女二人が結ばれずに、想いは永く残

る、という点で、ちょっと違うけど「蝉しぐれ」同様、ありそうでもあり、そんな

にありそうでもない、結ばれないけど想い続ける純愛話として印象に残った。

個人的な話だけど、私より10歳年上だが、10歳若く見える友人女性は、男から

見て結構いい女らしい。情熱的に恋愛して駆け落ち結婚した夫とは今は冷め、わり

と了解の上でなのか、男友達というのか、形式上離婚はしない上で、彼氏状態の男

性がいる。どうも1回やってみて、もう結婚はめんどくさいらしい。

彼女いわく、「恋なんて、錯覚よ」

ー至言です。

私は笑いながら返した。

「そうだね」

命短し、恋せよ乙女。

錯覚でいい。幻想でいいんです。持ってるも方が豊かな人生。

実の所、「蝉しぐれ」の男女みたいな実らなくても想い続ける、あるいは必ずしも

現実的に着地しない恋愛関係でも、純愛をキープし続ける「気分」というのは、過

去の自分にとってかなりリアルだった時期があって、半分くらい「絵空事でもな

い」気分がある。

でも世の中、男女関係にとても現実的な考えの人たちは過半数を占める。

それも、大人になった今は半分位わかる。

映画の製作者たちが、現実を離れた娯楽を提供したかったのか、それとも彼らにと

ってどこか信じられる物語を提供したのか私は知らない。

全てを洗い流す木村佳乃のうつくしさによって、この純愛物語が素直に見られるも

のになっていた。見かけ、顔の美しさが、内面の清らかな美しさの反映のように見

えるんですね、この役のとき、この人は。

映画と映画女優にとって、キーになることだと思う。

小説「オネーギン」はもっと複雑で、タチアナはとても好きだ。

彼女の容姿の美しさより、内面のうつくしさが際立つ。

彼女の心の中の世界では、オネーギンへの恋は永遠なのだろう。

みかけは社交界の女王ながら、心の中は少女のような人だと思った。

それがただの幼さに見えない所が、この人の、この作品の奥の深い所だと思う。



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テレビで映画鑑賞「蝉しぐれ」

2007-08-26 23:59:38 | Weblog
作ってる人には申し訳ないけど、自分はライブ派で、この位の映画は映画館にまで

行っては見ないと思う。社会人は時間に追われているのです。

よって、テレビでやってくれると有難い。

主役の市川染五郎はそりゃ、「出口のない海」の市川海老蔵よりは巧かったけど、

主役としてはあの位出来て当然、クラスの演技。(でも感動できてる単純な自分)

とにかく木村佳乃がとても美しい。

彼女の美しさを発揮するための映画と言っても過言ではないくらいに。

映画は、「女優で決まる」とか、女優のためにある、という考え方があって

(不賛成な方もあろうが)

久々に、そういう「映画を統べる」女優の美しさを見た気がした。

木村佳乃も、テレビドラマでは捻った役、もっとあくの強い美人の役が印象に残る

んだけど、「蝉しぐれ」のような王道をいく正統派ヒロイン役を過不足なく見事に

演じるのって、意外と簡単ではないのではと思う。

美しさに感動した。

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米映画「ヒロシマナガサキ」

2007-08-26 23:43:40 | Weblog
どうもこの夏は戦争ものづいていて、

わけても、ぐうの音も出ぬほど映像でノックアウトしてくれたのがこの映画の

ドキュメンタリー映像。

といってもちゃんと見たわけでなく、遅い夕食とりながらテレビにニュースものを

見ていたら複数の局でこの怖すぎる映画をとりあげていて、食事の合間になんとも

恐ろしい映像を見てしまった。

内容は怖すぎてとても描写できない。原爆投下直後の被害に会った人々の映像。

原爆の史実を知らぬわけではないし、写真や白黒映像は少し見た覚えがあるけれ

ど、もっとハードに恐ろしすぎる映像だった。書けない。怖すぎて。

事実の重さに「正視に耐えぬ」というも憚られる。

いや、チラッと見るのも辛い代物だが、この被害者の心情を思うと正視に堪えぬと

いう言い草も無神経すぎるので、そうは言えないのだが、ご飯食べてて見るとちょ

っとドッキリでした。

これをアメリカで上演した人は偉い。

「原爆投下は必要だった」とかなんとか勝手に言ってるアメリカの若者と、言わせ

てる教育に、「一歩立ち止まって別の視点から考えてみる」契機を与えたに相違な

い。

報道されたニュースのほうでは、かわいい顔の男の子が、原爆投下で一瞬にして

「こんな顔で生きていたくない」と母に言うような顔に変貌した話も伝えていた。

受苦。

江原さんとか「気づき」とかってよく言うけど、多少の困難は気づきや学びの機会

かもしれないけれど、いったいどうして、どのようなプログラミング(?っていう

のか?)で、いや、どのような天の意思(なんてものはないのか)によってこのよ

うな受苦を引き受けて生きる理不尽極まりない人生があるのか。

私のような小さな存在にはそれがわからないし、

それでもこの人は、死なずに、大いなる痛みを背負った半生を生き続けたのかと思

うと・・・・くだらない話ですが私は仕事のストレスが吹っ飛んだ。

ああ、疲れた~と帰ってきて、ほっとした日常の一こまに、風穴を開けてくれる、

ピンポイント映像でした。

「ヒロシマナガサキ」怖すぎる。



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テレビドラマ「私は貝になりたい」

2007-08-25 23:59:50 | Weblog
この夏は連ドラをあまり見なかったせいか、「戦争もの」のドラマ、

ドキュメンタリー、映画、などを雑見て、印象が残ってる。

「私は貝になりたい」はテレビドラマだから一番リアル感は薄く、「セットだな」

「フィクションだな」とビジュアル的には感じられるものなんだけど、

それでもモデルになってる現実の重さで十分見られた。

ああ、怖かった。

もう、軟弱な生活に埋没しているので・・。

マッカーサー嘆願したのは、瞠目!!

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