長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

すこしどころじゃなくふしぎなSF小説 辻村深月『V.T.R.』

2010年12月20日 14時01分19秒 | すきな小説
 どうもこんにちは~。そうだいです。今日はあったかくていいお天気でしたねぇ! 12月ももうそろそろおしまいですが、みなさん、今年1年の仕事おさめにケリはつきそうですか~?
 私、昨日から夢のような生活を送っております。もう幸せ。
 いつなんどきでも、眠るときも目覚めたときも、若本ヴォイスにつつまれることができる幸せ。最高。
 昨日買った希代の声優・若本規夫様の企画ものCD『羊でおやすみシリーズ・番外編 俺は眠くなーい』のことです。
 これは「安眠促進」をコンセプトとした、人気アニメ声優陣がただひたすら「羊が1匹、羊が2匹……」と数えていく朗読CDシリーズの番外編なんですが。
 すごい! ぜんっぜん眠くならない!!
 普通のシリーズ作品は、萌えだイケメンだと今をときめく人気声優さんのみなさんが、それぞれベッドの枕元で眠る人にやさしくささやきかけるというイメージなんでしょうが、若本さんの番外編はすごいよ。眠らせる気が毛頭ありません。

 若本規夫さんは素晴らしい。おん年65歳だということなんですが、とにかく声のハリが若々しいです。男ざかりの40代をキープしていると言っても言いすぎではないでしょう。
 さらにすごいのは、「ただ単に1から100までを数えるだけ」という、一見しごく簡単なようでいて、その簡単さゆえに俳優さんの力量がモロに露呈してしまうという逆にシビアすぎる仕事の中で、見事な瞬発力でその時その時もっともおもしろい節回しを選択している、という反射神経の素速さなんです。ここも若いんだよなぁ!
 とかく若手の声優さんに物まねされることの多い若本節なんですが、それ自体のルーツは、決して型にはまらないようにと続けているご本人のたゆまぬ努力だったんですね。だからいつ聞いても予測がつかないんだな!
 若本さんには、これからもいろんな新しい仕事に挑戦し続けていっていただきたい! 「アナゴさんとセルの人」だけで済まされるスケールのお人じゃないということを改めて再認識いたしました。
 あとね、若本さんは悪役もよく演じられているのですが、その声の底流にはつねに「親父か先生、または交番のお巡りさん」のような温かみがあるんですよねぇ。まさに「愛ある厳しさ」。
 そこがいいんだよなぁ、とか思っていたら案の定、若本さんは20代前半、大学卒業から声優のキャリアを始めるまでの数年間に警視庁の機動隊員をやってらっしゃったんですって。
 なるほど。まだまだ日本が物騒だった1960年代に機動隊員として生きた経験が、「お巡りさんのまなざしと兵士の冷徹さ」を併せ持つ若本ヴォイスを生んだのか……人に歴史あり、ですなぁ!

 そういえば、今年は野沢那智さんという巨星が逝った年でもありました。
 また、私の大好きなベテラン声優・青野武さんが療養のために活動を休止した、という心配なニュースもあったりしたのですが、若本さんにはまだまだ陽の昇るごとき勢いで若手を圧倒し続けていってもらいたいものです。

 さてさて、前回にも言ったとおり、今回は最近読んだ本についてつらつら思ったことなんぞをつづってみます。
 私、別に「活字中毒」なんてたいしたもんではないんですが、基本的にひまな時には本を読んでいることが多いです。
 ただ、最近はもっぱらサーッと読み切れちゃう歴史関連や映画関連のムック本にいっちゃうことが多くなってしまったので、しっかりしたプロの小説家の小説を読むことは少なくなってしまいました。
 大学生時代には、まだまだ「これは読んどこう!」と自分の中でリストアップしていた名作の数々が5~6年では読み切れないほどあまたあったんですが、最近はあんまりいないんだよな~。
 ましてや、「この作家さんの小説はまず全部読んでおこうか!」とまで心にとめる方なんか、ほとんどいなくって。昨日言った京極夏彦さんもよく読みはするんですが、私が好きなのはあくまで「妖怪小説」という形式なので、京極先生の『どすこい』や『幽談』などには興味がわきません。
 いちおう、村上春樹さんの小説は好きなんですが肝心の『1Q84』にまだいっておらず、東野圭吾さんはいまいち好きになれず。もしかしたら、これから北村薫さんが好きになるかもしれないんだけど、まだまだ少ししか読んでいない状態です。

 というていたらくの今日この頃なんですが、そんな私が比較的もっとも気にしている小説家の作品を、このあいだ久しぶりに読みました。
 辻村深月の『V.T.R.』(2010年 講談社)です。辻村さんの「辻」の字は本来なら旧字体なんですが、でてこないので一画少ない「辻」のままにします。

 辻村さんは好きですねぇ。「ああ、そんな風にこの世界が見えるか。」といつも新鮮な気分にさせてくれるところが大好きなんです。
 「私」という視点から読んでみて、「そういう世界があるんだ。」と気づかせてくれる小説はもちろん山ほどありますし、本来、他人の創った「作品」というものはすべてそうであるはずです。
 さらに辻村さんは女性なので、「男性」である私が読んで違った世界を感じとるのは当然のことなわけなんですが、じゃあなんで辻村さんだけ大好きなのかというと、その新鮮さとの出会いに確実に「感動」が寄り添ってくるからなんです。
 なかなか表現するのが難しいんですが、ここで私が使った「感動」というのは、ただ文章の意味を理解したりシーンの展開を追っているだけでジーンとくるような気楽なものではありません。
 辻村作品の場合は、かならず!かならず、作品の登場人物の行動を通して自分の心の奥に眠っている何かをガッチリつかまれたような感覚になります。そして、自分が忘れていたり意図して忘れようとしていた想いを思い出させてくれて、私は、そうした想いに対するなんらかの答えを必死に模索していく登場人物の行為を見て深く感動してしまうんです。要するに、自分が「いなして」生きてきた世界を「いなさずに」生きようとする人がいることを知って、いろんな人生がある世界の広さに触れて感動するという。わっかるかな~!?

 ま、とにかく大好きなんです、辻村さん。そんな感じで単行本になった作品のほとんどは読んでいたつもりだったのですが、刊行から半年以上たった今ごろになってやっと読んでしまいました、『V.T.R.』。

 『V.T.R.』は、これまでの辻村さんの作品群とはひと味ちがう、変わった外箱の作品となっています。
 この小説は、2007年に辻村さんが発表した長編小説『スロウハイツの神様』(講談社)に登場した人気作家「チヨダ コーキ」が、高校生時代に執筆したデビュー作というおおわくを持っている小説です。つまりは辻村深月の『スロウハイツの神様』の世界の中でチヨダコーキが書いた『V.T.R.』というマトリョーシカちっくな「作中作」となっているんですね。でも、完全にひとつの小説として自立した作品なので、『スロウハイツの神様』を読んでチヨダコーキのことを知っておく必要はありません。

 『V.T.R.』はねぇ……すっっっっごく!! 不思議な作品でした。「おもしろい」でも「つまんない」でもなく、何よりも先に「不思議!」が頭に浮かぶ作品です。
 物語の舞台自体が、現代の日本ではなく「殺人許可証」を持った「国家公認の殺し屋」が存在している世界ということで、どのくらい未来のことなのかもどこの国のことなのかも多くが語られないSF色の濃いものとなっているのですが、別にそこが不思議なわけじゃあないんです。
 もしかしたら、そこらへんのディティール解説があまりされなかったことに不満を持つ人もいるのかもしれませんが、むしろそこがあいまいだからいいんですよね。物語の世界観が隅々までハッキリすることって、結局あんまりおもしろくはなんないじゃないですか。ほら、例えば星新一のショートショートだって、どこまでが現実と地続きでどこからが空想になるのかがわかんないところがおもしろいんだから。

 それはさておき、私がとにかく不思議に思ったのは、主人公である「ティー」という男の「語り口」でした。
 この小説はティーの1人称で進行していきます。ティーが、行方不明になった元恋人「アール」の足どりを追う、というのが物語の大筋なんですが、その中でティーは彼女の近況を知っているだろうと目星をつけた数人の男女に次々と接触をはかっていきます。 
 そこでなんだけど、実際に語っていない、心の中でティーが思っているだけのつぶやきがほんとに饒舌なんですよね。その語り口のノリというかテンションというか、雰囲気が不思議でしょうがなかったんです。
 もちろん、1人称の主人公が饒舌じゃなかったら小説になんないですから、ティーが読者に向かってよくしゃべるのはかまわないんですが、その語りかけ方がまるで、恋人にしゃべりかけてるみたいな温度を持ってるんだなぁ!

 これはね、不思議ですよ……だって私、男だから。そんな語り口で男に話しかけられた経験がありません。
「俺はお前のことをこう想ってて、そう想いながら今はこんな生活をしてるよ。」
「こいつは今でも、こんな哀れでみじめな生き方をしてるんだよ。」
「こいつらは今でも、お前のことをこんなに想ってて、お前がまたひょっこり現れるのを待ってるんだ。」
 これは辻……じゃねぇ、チヨダ先生の本意ではないのかもしれませんが、私はとにかく、いなくなったアールに向けているようで読者である私に向かってくるティーのあったかさを感じて驚いてしまったんです。

 私はこの『V.T.R.』で、生まれて初めて「本当に好きな相手にしか見せない語り口でしゃべる男」が生きて行動している小説を読んだ気がしました。もちろん、表面的にこの作品のティーと似たようなしゃべり方をする「チャラ~い男」が出てくる小説なんてのはゴマンとあるのかもしれませんが、血がかよっている、しゃべりかける相手のことを強く想い続けているという点で、チヨダ先生の創造したティーは唯一無二のキャラクターだと思います。
 チヨダ先生、この小説を書いた時、17歳だったんだって……そりゃあまごうことなき天才だって!
 だって、ここまで女のことを好きになる男の業みたいなものを描ききれる高校生はそうはいないでしょう。まず描く以前に、男にそう簡単に客観視できることじゃあないような気がします。そういうふうに男に愛された経験のある女ならいざ知らず……ね。

 まぁグダグダと語ってきましたが、とにかく私はこんなかたちで『V.T.R.』を楽しみました。
 「作中作」「架空世界」「男が主人公」ということでなにかと今までの諸作とは立ち位置が違っている感じの作品なんですが、私はそういった珍しい設定がかえって辻村さんの世界のおもしろさを引き立たせてくれた気がして大好きになりました。
 やっぱり、辻村深月はおもしろいや!

 とまで言っておきながら、実は今年に発売されたそれ以外の作品はまだ読んでいなかったりして……いそげいそげ! もう今年おわっちゃうよ~!!

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