長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

さよなら細川先生 『金田一少年の事件簿 学園七不思議殺人事件』 解決編

2011年01月21日 22時26分47秒 | 愛すべきおっさんがた
 ども、こんばんはー。そうだいです。いやぁ、最近は働く時間が午前中からになったりお昼からになったり、丸一日休みになったかと思えば丸一日働きづめの日が来たりと……まぁ不規則で充実した日々を送っております。早く春にならないかしらねェ。

 さてさて、前々回に亡き俳優・細川俊之さんをしのんだ『長岡京エイリアン』だったのですが、前回で見事に『金田一少年の事件簿』シリーズに内容を持っていかれるという、じつに不謹慎な展開になってしまいました。なんと罰当たりな!

 しかしご安心を。予告通り、今回は私の記憶の中で燦然たる輝きをはなっている名作ドラマ『金田一少年の事件簿 学園七不思議殺人事件』の魅力をつづらせていただきたいと思うのですが、このドラマは、「細川さんの存在感」と「学園ミステリーものとしての『金田一少年の事件簿』」がまれにみる好タッグを組んだことによって生まれたものだったのです! どっちが欠けてもあの作品は生まれえなかったし、ひいては「金田一少年フィーバー」もあれほどの規模にふくれあがることはなかったかもしれないのです! いいすぎじゃあないよ。

 1992年10月の連載開始から2年以上がたった1995年4月。ついに、『金田一少年の事件簿』の実写映像化作品が、2時間枠の単発スペシャルドラマとして放送されることになりました。日本テレビによる制作で、主演は前年に出演した大問題作ドラマ『人間・失格』で世間の話題をかっさらったKinki Kidsの堂本剛(16歳)、演出はTVディレクター出身で映画監督としても活躍していた堤幸彦(39歳)。
 同じ年の7月からはいよいよ連続ドラマシリーズとしての『金田一少年の事件簿』第1シーズン(毎週土曜日夜9時から)が始まるわけなのですが、4月のスペシャルドラマは、そんな連続ドラマ化に向けてのパイロット版(試験作品)のような役割をになっていました。実写映像化という企画全体の吉凶をうらなう重要すぎる一発目! こりゃあつまんないものを作ることは許されません。てぇへんだ!

 1995年の春の時点ですでに10本の長編が発表されていた原作マンガ『金田一少年の事件簿』だったのですが、記念すべきドラマ化作品第1弾に選ばれたのは、連載第1作の『オペラ座館殺人事件』ではなく、4作目の『学園七不思議殺人事件』でした。
 なぜ連載どおりの『オペラ座館』ではなく『学園七不思議』だったのか? これはもう、1995年という放送当時に巻き起こっていたあるブームが大きな原因になっていると考えざるをえないでしょう。

 そりゃあ1995年といえばあなた、「学校の怪談」ブームのまっただ中でございますよ!
 トイレの花子さん、夜中にほっつき歩く二宮金次郎像、テケテケなどなど……前年に児童書のヒットやTVドラマ化などで火がついた、日本全国の学校に伝わる都市伝説にスポットをあてた「学校の怪談」ブームなのですが、この1995年に満を持して公開された2本のホラー映画『学校の怪談』(東宝)と『トイレの花子さん』(松竹)によってピークをむかえることとなりました。
 話は「金田一少年」からズレますが、東宝の『学校の怪談』は大人も子どもも怖がって楽しめるにぎやかなエンタテインメント作となり、1999年までに4作が制作される人気シリーズとなりました。ところが、松竹の『トイレの花子さん』のほうはというと……
 松竹版『トイレの花子さん』は、はっきり言って「看板にいつわりあり」! いや、それはそれでおもしろい。おもしろいんだけど、トイレの花子さんがベロ~ンと出てくる純粋な「怪談ホラー」ではなく、「大人がしみじみ楽しむ教育テレビ系サイコサスペンス」なんです。
 そんなジャンルあんの? と思われる方もおられるでしょうが、『トイレの花子さん』はほんとにそうなのよ。要するに、怖さの対象が妖怪や幽霊じゃないんです。そして、子どもを置いてきぼりにした落ち着きすぎのスト-リー展開。当時まだまだ高1のガキンチョだった私は、これを観て「トイレの花子さん出てこねぇ! っんだよ、だまされた!」などと激昂したものですが……30になったいま観直してみると、しみじみするんだろうか。子どもいないけど。
 さらに余談ですが、「金田一少年の事件簿シリーズ」でブレイクした堤幸彦も数年後の1998年に、今度は東映が制作した『新生 トイレの花子さん』というホラー映画を監督しています。し、新生!?
 そしてなんと、この東映版「花子」さんも、松竹版とおなじく「看板にいつわりあり」なの! ただし、「いつわり」方がまったくちがっていて、堤監督による『新生』は、「学校の怪談」系と「モダンホラー」系をかけあわせたムチャクチャ恐いガッチガチのホラー映画になっています。これはうれしい裏切りだった! 堤幸彦監督の『新生 トイレの花子さん』は、ホラーファンにはおすすめです。「恐怖の対象」となる「アレ」の造形がすばらしい!

 脱線しすぎた! ま、とにかくそんな感じで「学校」という場所がホラーやサスペンスと親和性の強いホットスポットとなっていた1995年に実写版『金田一少年の事件簿』がデヴューするにあたって、やはりもっともキャッチーでインパクトのある既発長編は、主人公・金田一一のかよう高校を舞台に巻き起こった連続殺人事件をあつかう『学園七不思議殺人事件』だったのです。ナイスチョイス!
 こういった当時の世相もさることながら、主人公のはじめが「現役高校生である」という情報をわかってもらいやすいこと、16歳のジャニーズアイドルが主人公をつとめるドラマである以上、「メインの視聴者となる公算が高い中高生にむけたアピール力がある」といった見込みもあったのでしょう。
 この選択はだいぶ当たったらしく、のちに連続アニメ化された時も、『金田一少年の事件簿』の最初のエピソードはやはり『学園七不思議殺人事件』となっています。「金田一少年シリーズ」にとっては名刺がわりのようなエピソードなんですね。

 『学園七不思議殺人事件』はまさに読んで字のごとく、はじめが通う私立不動高校で、古くから校舎に伝わっていた七不思議にまつわる謎の連続殺人事件が発生し、不動高の生徒であるはじめが事件の解決に乗り出すというもの。わかりやすい……
 おおすじは一緒なのですが、前回にもふれた通り、ドラマ化された「金田一少年」は原作とはだいぶちがったアレンジが少なからず加えられており、はじめがふだんはぼんやりしたキャラクターで、事件の直前にふらりと不動高にやってきた転校生という設定になっていたり(原作では何の変哲もないジモティ)して、どことなく風来坊のような印象の強かったじっちゃんこと金田一耕助(実際はそうでもないですが)のイメージを継承したものに変更されています。
 あとは、今回の事件で初対面となる警視庁の剣持警部が、だいぶ落ち着いた性格の冷静沈着な人物になっているという変更も堂本版『金田一少年』の大きな特徴で、ドラマの中の剣持警部は、ある時は重要な手がかりを発見したり、またある時は明晰な推理力を発揮したりと、原作では名探偵が受け持っていた役割の一部まで受けもつということに。また演じた古尾谷雅人さんのまなざしがあったかくていいんだな。ただの高校生であるはじめの意見に、「シャシャったガキが……」と軽くあしらうこともなく真摯に耳をかたむける、その紳士的な態度! とても若い頃に、あの伝説の映画『丑三つの村』で30人の村人を惨殺したことのある方には見えませんでした。ほんとに大人ねぇ。
 そのほか、賢いながらもどことなく天然ボケな雰囲気のあった女子高生ヒロイン「七瀬美雪」が、演じた女優さんの印象によってもっとしっかりしたツッコミ&女房役の色合いを強くしていたのも特徴的でしたね。
 つまり原作マンガとドラマとでは、中核に位置する名探偵・その助手・警察代表の三役が全員ちがった味わいのキャラクターになっていたんですね。これはかなりの冒険だわ。
 構図としては、原作ではシンプルに探偵と警察がエネルギッシュにぶつかりあいながら捜査を進め、そこに助手が決めてとなる助言をさし込んで事件解決となるという流れなのですが、ドラマでは堅実に捜査を進めていきづまる警察を横目で見ながら探偵が自由奔放に独自の推理を展開し、律儀な助手がそれをわかりやすく解説して両者をむすびつけるという三角関係になっているんですね。トリオ漫才の形式がまったく違っていておもしろいんだなぁ!

 とまぁ、そんなアプローチのほどこされた『学園七不思議殺人事件』だったのですが、実はこの作品だけ、それ以降の実写版でも二度と見られることのなかったさらに大胆なアレンジが! そして、それにもっとも深い関わり方をしていたのが誰あろう、劇中で不動高校の物理学教師・的場勇一郎先生役を演じていた「存在そのものがサスペンス劇場」細川俊之さん、その人だったのです!! やっと来た来た!

 はっきり言っちゃいますと、『学園七不思議殺人事件』は原作版とドラマ版とで、「真犯人が別人」なんです。なんて大きすぎる変更なんだ!
 実は、有名な推理小説が映像化されるにあたって、「犯人が原作と別の登場人物になる」というサプライズは、観客に新鮮な驚きを与えるということで、けっこう古くからやられることの多い作戦ではありました。はじめのじっちゃんこと金田一耕助の活躍した作品で映画化されたものでも、1949年版と1977年版の『獄門島』の真犯人が、原作小説とは違った人物となっています。もうビックリよ。
 そういったくわだてが『学園七不思議殺人事件』でもおこなわれたわけだったのですが……ううっ、真犯人の設定に触れる話題なので、あんまりつっこんだことが言えない!

 とにかく言えることは、「とてもふつうの高校教師には見えない!」「その年の4月まで3~40年間ジゴロをやっていた人が先生になったとしか思えない!」「放課後に人を殺しているようにしか見えない!」というあやしすぎる細川先生の演技が、ドラマをおもしろくするための非常に重要なカギとなっているんです。しかも、読んだ方ならおわかりの通り、原作マンガの「物理の的場先生」は、細川俊之さんとは似ても似つかないしょぼくれた初老の男性です。なぜこんなキャスティングがおこなわれたのかというと……ギャー言えない!

 またしても字数が埋まってきたのでまとめに入りたいのですが、はっきり言って私は、実写化された『金田一少年の事件簿』諸作の中では、この『学園七不思議殺人事件』だけが頭ひとつ抜きんでた大傑作であると見ています。あとはちょっと……ミステリーものとしてはもちろんのこと、エンタテインメントとしてもいただけないものがほとんどでしょうか。基本的に、原作以上におもしろくなった映像化作品は他にはなかったと思います。だいたいね、のちに連続ドラマ化した時のほとんどの回がそうだったんですけど、長編1作(単行本1~2冊ぶん)の物語を50分程度のドラマ1回だけに圧縮して、まともな作品ができるわけがない! そういう意味でも、約2時間のスペシャルドラマという枠は好条件だったのでしょう。

 『金田一少年の事件簿 学園七不思議殺人事件』はおもしろいよ! あぁ、早くDVDを観られる環境を整えて、あの時、しぶすぎるまなざしを虚空に向けて校舎にたたずんでいた「夕陽の細川先生」に一言あいさつがしたい。

 細川せんせ~い! ありがとう、そして、さようなら~!!

「フフッ、きみの目はそう言っていないよ。」
 きゃ~!!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

さよなら細川先生 『金田一少年の事件簿 学園七不思議殺人事件』 推理編

2011年01月19日 22時21分29秒 | 愛すべきおっさんがた
 どうもこんばんは! そうだいです。なんだかよくわかんないんですけど、ニュースで「これから関東地方は寒くなります!」って報道されたとたんに、私の町はなんだかぽかぽかとあったかくなってきたような気がするんですが……たんなる私の気のせいですかね? 不思議なもんだ。
 寒い寒いっていっても、空は晴れてるから太陽の光もさんさんと降りそそいでるしねぇ。私の実家である東北なんて、今は雪がつもりまくりなんでしょう? 当たり前ですが、やっぱり関東はあったかいやね。

 さてさて、前回は私なりの細川俊之さんの思い出をつらつらとつづってみたわけなんですが、今回はその中でも特に忘れることのできない、私がいちばん最初に「俳優・細川俊之」という存在を知ることになった作品、『金田一少年の事件簿 学園七不思議殺人事件』のことをふりかえってみたいと思います。
 いや~……ずいぶんとおもしろい作品だった記憶があるんだなぁ。とはいうものの、それをTVで観た1995年4月、私はピッカピカの高校1年生! おそらく今現在、30歳のりっぱなオッサンになってしまった私がDVDかなんかで観なおしたら、おそらくは「お子ちゃまだねェ。」とさめてしまう部分もあるのでしょうが。
 観たいなぁ、『学園七不思議殺人事件』! でも、まだ観られないんだよなぁ。またひとつ、「新しいパソコンを買ったらまっさきに観るDVDリスト」に作品がノミネートされてしまいました。歯がゆいなぁ~!

 ということで、TVドラマ版『金田一少年の事件簿 学園七不思議殺人事件』で重要な役割を演じた細川俊之さんについて考えてみるのが本題なんですが……
 その前に! 実質的にはこの『学園七不思議殺人事件』の放送によって始まることになった一連の「金田一少年の事件簿」ブームについてもふれてみたいと思います。まぁすごいもんだったんだ!
 原作マンガ、ノベライズ、TVドラマ、アニメ……ちょっと今じゃあ想像のつかない景気のよさの大ブームだったのですが、私にとっては、この時のフィーバーは「愛憎あいなかばする」思い出にいろどられているのです。

 ご存じの方がおおぜいいらっしゃるのは承知の上であらためて説明させていただきますが、『金田一少年の事件簿』とは、超有名マンガ雑誌『週刊少年マガジン』(講談社)で連載されているミステリーマンガです。
 定期的な連載としては、1992年の10月から2001年の1月まで長編26作がつくられていて、いったんの連載終了後、2004年8月からは不定期連載というかたちでシリーズが再開され、そちらもすでに現在にいたるまで7作の長編が発表されているという現役の大人気シリーズです。長編のあいまにちょこちょこと発表されていた短編エピソードも、つもりつもって現在は単行本6冊分も発売されています。
 作者は「原作」と「作画」の分業体制になっており、原作は1998年の長編第21作『銀幕の殺人鬼』までは金成陽三郎、それ以降は天樹征丸(別名・亜樹直 あの伝説マンガの「キバヤシさん」のモデル!)が担当しており、すべての作品の作画はさとうふみやが手がけています。
 内容は王道の「名探偵である主人公が、身のまわりで発生した連続殺人事件の真犯人を天才的な推理で見つけだす」という、犯人あて推理もの。ひとつの事件にたいしてだいたい10回分以上の週刊連載(マンガの単行本にすると1~2冊分)が組まれているため、連載中には読者が、登場人物の誰が犯人なのかをあれこれ推理しながら展開を楽しむことができるという魅力があります。
 主人公である名探偵・金田一一(はじめ)は、名字を見ておわかりのように、あの日本を代表する名探偵・金田一耕助(1913年生まれ~没年不明、記録されているかぎりは1973年まで私立探偵として活動)のお孫さん! じっちゃんの名にかけて!!
 はじめは私立不動高校の2年生なんですが、日本マンガおなじみの「サザエさんシステム」によって、1992年の連載開始から20年ちかくたっても16~17歳の「少年」のまんまです。
 素直に考えると、はじめは1975年くらいの生まれということになります。リアルタイムだともう30代なかばなのか……今はどこでなにをしてるのか。
 でも横溝正史の原作によると、金田一耕助おじいちゃんにはお孫さんどころか、おつきあいしている恋人がいた形跡もないんですけど……マンガのほうの設定によると、はじめは金田一耕助の娘さんの長男にあたるそうです。
 ちなみに、はじめ自身は一人っ子なのですが、同じく「金田一耕助の孫」にあたる金田一二三(ふみ)という9歳の従妹がいます。
 はじめの推理力(IQ180!)と、いつでもどこでも大量に人が殺される大事件に巻き込まれるという特異体質はまさにじっちゃんゆずりなんですが、手先が器用だったりスケベだったり冗談が大好きで社交的な性格だったりするキャラクターは、あんまり似てはいません。要するに、天才的な推理力以外は、いたってフツーな日本の高校生なんですね。外見もそれほどカッコイイわけではないようです。長髪をうしろで束ねるその独特のヘアスタイルは、やはり当時1990年代前半に全盛期をむかえていた志村けんの影響……じゃ、ねぇか。

 連載開始からそろそろ20年にもなろうかとしているこのシリーズは、ふつうの単行本から愛蔵版、文庫本サイズ版、コンビニお手頃価格版とさまざまなかたちで発売され、いまや発行9000万部にも届こうかという超人気タイトルに。
 そして、そういった原作マンガの大人気にさらに火をつけることになったのが、マンガ以外でのメディアミックス戦略の大攻勢!!

 1994年から発表されている原作者・天樹征丸の手による小説版『金田一少年の事件簿』(2001年までに8作)。
 1996年と1997年に発売されたドラマCD版『金田一少年の事件簿』2作(はじめ役は関俊彦)。
 1996年から2009年に発売されたゲームソフト版『金田一少年の事件簿』7作(プレステ版のはじめ役は岩永哲哉、セガサターン版のはじめ役は草尾毅)。

 それに加えて忘れられないのが、1997~2000年という長期にわたって全148話が放送されたTVアニメ版『金田一少年の事件簿』(はじめ役は松野太紀)。
 これまた大人気のシリーズとなりまして、1996年と1999年には劇場版アニメが公開され(TVアニメシリーズに先行して公開された1996年の劇場版アニメ第1作のみ、はじめ役を山口勝平が担当)、TV放送が終了した2007年にも、新作スペシャル2本が制作されていました。
 個人的には、1998年ごろから導入された「デジタルアニメ化」によって、同じアニメなのに画質が途中から妙に鮮明になった変化にたまんない違和感をおぼえた印象があります。
 だいたいは原作マンガを忠実に映像化していたアニメ版だったのですが、総じて原作版よりも「おちゃらけムード」のなくなったシリアスな雰囲気になっています。
 アニメ制作陣の演出や絵のタッチの原作とのちがい、「放送スケジュールにあわせるにあたり、ストーリーの核心にふれないギャグ部分がカットしやすい」などといろいろと要因はあるのでしょうが、やっぱり殺人事件をあつかってる作品ですからね……そりゃ暗くもなるわな。
 あと私の記憶に強く残っているのは、1990年代後半に制作されたアニメということで、初期に放送された小室哲哉プロデュースのオープニングテーマが非常にスタイリッシュだったこと!
 円谷憂子による劇場版第1作の主題歌『Mystery of Sound』とTV版初期半年分のオープニング曲『CONFUSED MEMORIES』は、円谷さんのクールな歌声もあいまって、ものすごく印象的な冷たさを持っていました。それ自体はいいんですけど、「金田一少年シリーズ」のムードを重くしてしまった感はあります。

 ともあれ、原作マンガをルーツとして多岐に渡ってシリーズ作が増殖されていった『金田一少年の事件簿』だったわけなのですが……
 はい~、この一連のブームを語る上で決して無視することのできない、中でも最大の影響力を持つことになった派生作品が、「実写映像化シリーズ」だったんですねぇ!!

 言わずと知れた、ジャニーズアイドル主演による実写ドラマ版『金田一少年の事件簿』シリーズ!
 初代金田一一・堂本剛(16歳)による1995~97年のドラマシリーズ(2シーズン15エピソードと劇場版1作)。
 2代目金田一一・松本潤(18歳)による2001年のドラマシリーズ(7エピソード)。
 3代目金田一一・亀梨和也(19歳)による2005年のドラマスペシャル1作。

 まぁ、そうそうたる面々ですよ。あれ、はじめって、うだつのあがらない風采なんじゃ……?
 そうなんです。他の派生作品は、結果はどうあれ原作マンガのテイストを尊重した作品づくりをおこなっているのですが、実写版だけは、原作のイメージからかけはなれた独自の世界を展開しているのです。
 そのもっともわかりやすい例が上にあげた「金田一一」役のキャスティングで、アニメやゲーム、ドラマCDではじめを演じた5人の声優さんは、ふだんはいたずら好きで冗談を言って友達を笑わせるのが大好きなエロガキといった原作どおりの陽気なはじめを演じているのですが、実写版の3人はちょっとちがうんだよなぁ。
 やっぱ、3人ともトップアイドルですからね……バカっぽい陽気な高校生を演じるにしても限界があるのかな。さすがに盗んだクラスメイト女子のパンツを頭からかぶることはできないか!?
 それはともかく、やたら知的な印象が目立ってはじめらしい遊びが少なかったマツジュンと、1回しかはじめをやれなかった亀梨くんはおいといて、実写版金田一少年といえばこの人!と今でも語りぐさになっているのが、初代を演じた堂本剛なんですなぁ。

 堂本剛が演じた金田一一は、原作の金田一一とはだいぶちがったキャラクターの少年です。しかぁし! 原作と互角かそれ以上に、じっつに生き生きとした金田一少年なんですなぁ、ドラマのほうも。
 天才的な推理力を発揮するという点では同じなのですが、堂本はじめは、ふだんはだら~っと机に寝そべる無気力なダメ高校生と化しているのです。おんなじダメダメでも、原作のはじめとは全然ちがうダメライフ。それなのに、堂本はじめも原作に負けないくらいキャラクター造形に説得力がある!
 どこまで計画的なのか、どこからがやむをえない大人の事情によるものなのかはわからないのですが、堂本はじめが活躍するドラマ版『金田一少年の事件簿』は、意欲的に原作の作り上げた作品世界への挑戦を繰り返しています。
 主人公のはじめ役もさることながら、キャスティングだけでも、原作では猪突猛進型のガテン系刑事だったレギュラーキャラの剣持警部が、ドラマでは冷静で頭のキレる知性派の刑事さんになっていたり(演・古尾谷雅人)、逆に原作では知性派だったはじめのライヴァル的役割の刑事がドラマではただのイヤミなゲストキャラに格下げになっていたり。
 いろいろと意図的に原作から逸脱するようなこころみの多かった『堂本少年の事件簿』なんですが、メイン演出があの堤幸彦だったんですから、さもありなんといったところでしょうか。

 「原作」と「二次作品」がまったく違う作品になる、というのは現在に至るまでファンにとっての大問題なのですが、それを逆手にとって開き直ってしまった『堂本少年の事件簿』はたいへんな大ヒット作品になり、平均視聴率はそのシーズンに放送されたドラマの中でもトップとなる23.5%をたたき出しました。
 さぁさぁ、そんな原作とはひと味ちがった魅力にあふれていたドラマシリーズのスタートをかざったのが、かの『学園七不思議殺人事件』だったわけなのですが……

 またしても字数がかさんでしまいましたので、ほんとに核心にせまる「解決編」は、また次回だ~っ!
 謎はまだ、とけてない!!

 ホント、看板にいつわりありですよ……「細川俊之さん」と「学園七不思議殺人事件」のどっちにも、1ミリも触れてません……ひどすぎ!


《追伸》
 すでにお気づきの方も多いかと思うのですが、私は今回、そもそも『金田一少年の事件簿』シリーズが「本格推理マンガ」としてちゃんと成立しているのか?という、核爆弾クラスの大問題についてはいっさい触れていません。
 あえて素通りしたこのテーマこそが、現在の私がこのシリーズに対していだいている「愛憎あいなかばする感情」の源泉なのですが……
 次回にふれる余裕があったら取り上げてみましょうか。でもこの話をしだしたら、また長くなるぞ~!!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

さよなら細川先生 『金田一少年の事件簿 学園七不思議殺人事件』 問題編

2011年01月18日 21時42分08秒 | 愛すべきおっさんがた
 どうもこんばんは、そうだいです。みなさん、毎日をエンジョイしてますか?
 なんだか、久しぶりの更新になってしまいました。ちょっとねぇ、最近、パソコンに向かえる時間が少なくなっちゃって。ケータイから更新するっていう器用なやり方もできないんですよ……
 どうにもやることが多いんだよなぁ、仕事の時間が増えたり、個人的な用事が立て続けにあったり。不動産屋さんにも顔を出さなきゃいけなかったりしてね。
 なんかほうぼうに行ったり来たりしてて、身体がヘトヘトになるほどってわけでもないんですけど、家に帰ったらすーぐに眠くなっちゃうもんで、ゆっくりとブログをつづる時間が作られなかったんです。ミョ~に充実したスケジュールだ。

 ということで、何日かぶりの『長岡京エイリアン』とあいなったのですが、私としては決してふれないわけにはいかない悲しいニュースが、14日に流れてしまいました。

livedoorニュースより
細川俊之さん、転倒死 70歳、急性硬膜下血腫
 クールな二枚目として舞台、映画などで活躍した俳優の細川俊之さんが14日午前5時24分、急性硬膜下血腫のため、都内の病院で急逝した。享年70歳。12日に自宅で転倒し、頭部を打撲したのが致命傷となる事故死だった。1995年に糖尿病を患い、2009年には脳内出血を患ったことを告白するなど、晩年は病気と闘いながらも精力的に活動していた。通夜・葬儀等は行わない予定だ。
 ニヒルな演技と独特の深みのある声で、比類なき存在感を放っていた細川さんが、不慮の事故で人生を終えた。
 細川さんは今月12日午後2時頃、都内にある自宅マンションの居間で転倒、頭部を打撲した。そのまま都内の病院に入院したが、打ち所が悪く、救急車で搬送された際には意識不明の状態だったという。そして、14日朝。急性硬膜下血腫のため、帰らぬ人となった。


 非常に、非常に残念なニュースでした。相変わらずTVを持っていない私なんですが、今回ばかりはTVがないことに感謝しますよ。TVのニュースが見られていたら、悲しすぎてふだんの生活にも影響がでてましたから。

 残念だ。おん歳70とはいえ、事故ですからね……
 ここ数年、トーク番組などでの細川さんのろれつがおかしい、という話題はよく身のまわりでも取りざたされていたのですが、それでも細川さんの低音の魅力は晩年まで健在だったと思います。
 実は、1995年に脳内出血のために入院していたという事実を最近になって告白していた細川さんだったのですが、そうなると、1980年代に生まれた私は、言葉の発声になんらかのハンディを持っていた細川さんのほうをむしろ「ふつうの細川さん」として認識していたことになります。
 でも、回復後の細川さんの美声は、そんな障害があったとは思えないくらいに、さらにみがきがかかったものになっていたとも私は記憶しています。1997年に放送されたNHK大河ドラマ『毛利元就』で演じた、西日本の覇者・大内義興の役などは、まさに天下人(言いすぎ?)の風格をそなえた義興にふさわしい堂々たるものでした。

 細川俊之、と聞くと、中村晃子さんとのデュエット曲『あまい囁き』(アラン=ドロンのカヴァー! さすがは細川さん)をすぐに思い起こされる方もおられるでしょうが、私の中の細川さんは、あの曲で練乳チューブぢか飲みレベルの「激あま日本語」を自由自在にあやつっていた細川さんとは、ちょっとちがう。

 私のイメージの細川俊之さんは、常に「日本語を発声する」という作業に慎重に、そして真剣に取り組んでいた俳優さんでした。いつも第一声の最初の母音の音程と入り方に全神経をそそいでいたような。
 細川さんほどの、誰もが聞き惚れるような美声の持ち主が、なぜそれほどまでに!?と、脳内出血の事実をまだ知らなかった私は当時からいぶかしんでいたのですが、それはやはり細川さんなりの、いつ言葉が出なくなるのかもわからないという切実さから生まれた覚悟のあらわれだったのでしょうか。私は知らず知らずのうちに、そんな細川さんのファンになってしまっていたのです。

 私が完全に俳優・細川俊之にメロメロになってしまったのは、かなり最近になってからのことなのですが、2002~03年に日本テレビ深夜に放送されていた伝説の異次元バラエティ番組『ブラックワイドショー 第三惑星放送協會』での軍人キャスター役と、2004年正月に放送されたNHK特別時代劇ドラマ『大友宗麟 心の王国を求めて』での大友宗麟の父・大友義鑑(よしあき)役でした。
 いや、それ以前にも映画『夜逃げ屋本舗2』でのハンパなくカッコイイ悪役などで充分ポ~っとなってはいたのですが、いわゆる「ろれつのあやしい細川さん」の要素がプラスされて、雰囲気&ろれつの「あやしさツープラトン攻撃」が炸裂したのは、まさにこの2000年代の2つの作品ででした。
 
 『ブラックバラエティ』での妖しさはすごかったなぁ。三浦理恵子さんのコスプレだの北朝鮮関連のZ級ゴシップだの「黒く、正しく、美し~く」だの、番組自体が頭からしっぽの先まであやしい雰囲気で息が詰まるほどだったんですが、その中にあって一歩もひけを取らなかった細川さんのあやしさは、細川さん以外のキャスティングでは番組そのものが成立しなかったのではないか、と思わせるまでのみなぎりまくりの存在感を発揮していました。ゴリゴリにあやしい!! また、DVD特典映像での近所散策している時のフリートークが、力が完全にぬけていていいんだなぁ~。

 『大友宗麟』は、1回しかやらなかった90分のスペシャルドラマなので大河ドラマほど有名ではないかもしれないのですが、「来年に平清盛をやらないほうのマツケン」こと松平健さんが主演した、非常にめずらしい「九州の戦国時代劇」です。当時、マツケンサンバでのりにのっていた健さんはもちろんのこと、大友宗麟の重臣にして九州最強の武将でもあった立花道雪(どうせつ)を演じた佐藤慶(もちろん大好きでした!)や、恋多き宗麟に愛された3人の女性を演じた財前直見、麻生祐未、宮本真希など、話題性やフレッシュさよりも実力を優先したすばらしいキャスティングが功を奏して、大河ドラマをゆうに超える高クオリティの作品に仕上がっていました。麻生祐未の笑い顔がこわすぎ!!
 そんな中で細川さんは、息子であるマツケン宗麟と愛憎あいなかばする関係にある父親にして、戦国時代初期の九州を代表する暴君的な戦国大名という役柄を凶暴に演じていました。ドラマの前半でそうそうに暗殺されてしまう大友義鑑だったのですが、「あの細川さんが凶暴なキャラを?」という意外性と、「細川さん、顔が濃すぎてちょんまげが絶望的に似合わない!」というヴィジュアルインパクトが大爆発したお仕事でしたね~。
 細川さんの顔立ちはほんとに「ノーブル」そのもので、『毛利元就』での烏帽子姿はこれ以上ないくらいに似合うのですが、『大友宗麟』での月代(さかやき 頭の前半分をそるちょんまげルック)姿は実に似合わない!! いかにもな「武人ルック」はそぐわないんですかねぇ。
 『毛利元就』での大内義興といい、同じ大河ドラマ『八代将軍吉宗』での6代将軍・徳川家宣(いえのぶ)といい、職業上は「武士」であっても「貴人」の要素が強い人物を演じさせたら、細川さんは他の追随を許さない輝きをはなっていました。

 余談ですが、違うドラマとはいえ、「大内義興」と「大友義鑑」の両方を演じるとは……人物的な面でも地理的な関係でも、まさに「正反対に位置するライヴァル」だった2人をやっちゃったんだからね。さすがは細川俊之。「福岡県で生まれて山口県で育った」という経歴はダテじゃありません。

 さてさて、そんな感じで「存在そのものがあやしい美声のおじさん」というイメージを私の中でほしいままにしていた細川俊之さんだったわけなんですが、まずいちばん最初に私が「俳優・細川俊之」という存在を知ることになったファースト・コンタクト作品も、やはりTVでふと見た名作ドラマでした。
 これもね……い~いドラマだったんだよねぇ! 確実に「あっ、新しいブームがはじまる!」という予感をさせてくれるフレッシュさに満ち満ちた作品でした。

 それが! 1995年4月に日本テレビで放送されたスペシャルドラマ『金田一少年の事件簿 学園七不思議殺人事件』だったのです。主演はご存じ、堂本剛! ハリガネもみあげがういういしい。
 これですよ。「子供向け」ミステリーマンガ『金田一少年の事件簿』の一連の大ブーム、すべてのはじまりとなった記念すべきこのパイロット版的単発ドラマに、あの細川さんもかなり重要な役柄で出演していたのです……存在自体がミステリー!

 いかん! 字数がかさんできちゃった。ということで、そんな細川さんのあやしさを最大限に活用したドラマ『学園七不思議殺人事件』の核心にせまってみるくだりは、また次回にさきのばしだ~。
 パローレ、パロレ、パロ~レ~。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新しいけど古い靴を買ったぞ~

2011年01月13日 15時38分17秒 | 日記
 どうもこんにちは~、そうだいです。今日も私の町はいいお天気ですね。気温もだいぶあったかいので、夜も夕べほどには寒くならないといいんですが……寒いの、ほんっとにきらい!

 今ねぇ、私は本当に気分がいいです。いやぁ、うれしいな~。
 今日は仕事もお休みだったので家でのんびりしていたんですが、先日に注文したオンライン販売の買い物、そのブツがたったいま届いたからなんですねぇ! やったぜ。
 インターネットってもんは、ほんとに便利だな~。もちろん、調子にのりすぎて散財してしまう危険性もあるのがネットショッピングなんでしょうが、今のところ、私には散財してしまうだけの元手もありませんので、ただただ楽しいばっかりです。

 去年の暮れに、生まれてはじめてのネットオークションに挑戦して、なんとかかんとかロングブーツを購入した私だったのですが、続けて今回買ったものは、またもやブーツ……とはいかずに、運動靴でした。
 ブーツにかぎらず、靴ってもんはいいですね。着る服も大事なんですが、外に出る時に最後に身につけるアイテムなんですから。出かけるさいの自分のコンディションを最終的に決めるのは、やっぱり履き物ですよ!

 今回はネットオークションではなく、靴屋さんのホームページから新品の靴を注文するというかたちになりました。だから、ネットショッピングというよりは、昔ながらの通信販売ですね。
 代金引換だったので、届けてくれた郵便局の方に代金を支払い、心を躍らせながらおそるおそるあけた箱の中から現れたのは……

「旧日本海軍・運動用艦内靴」! もちろんレプリカ! やったぜ~。

 そうなんです。今回注文したお店は、靴屋さんというよりも、正確にはミリタリーグッズ屋さんだったんですね。かなり有名なお店です。
 ホームページで紹介されているグッズの豊富さは、そりゃまぁ大変なものですよ……靴、制服、制帽、下着、腕時計、勲章、まさによりどりみどりです。
 時代は、第2次世界大戦やそれ以前のものから現代まで。お国はアジア・アメリカ・ヨーロッパ。まさに世界中のミリタリーグッズが一堂に会しているといったふぜいなんですね。
 最初にこのカタログを目にした時から、なにかおもしろいものはないかと物色していた私だったんですが、満を持して注文したお買い物第1号が、今回手に入れた運動靴レプリカというわけだったんですね。

 「運動靴」ということで、実戦中に兵隊さんが履くものでない以上、ミリタリーグッズらしさのあんまりないただのシューズなんですが、それだけにデザインも明るい感じがあって、軍隊ものの質実剛健さとラフさの入りまじった絶妙な味わいのある逸品なんですねぇ、これ! あと安いし。
 色合いも、抹茶色の本体部分にオレンジ色のゴム補強パーツが縫い合わせてあるという不思議な取り合わせ。またこのオレンジ色が、「オレンジ」よりも「オレンヂ」って言ったほうがしっくりくるような、くすんだ感じなんだよなぁ。もう最高!

 いいなぁ、この靴! ちょっと普通の靴屋さんには置いてない魅力があるんですね。
 私自身は、特に軍隊といったものには強い思い入れもないし、ましてや戦争が好きというわけでもないのですが、単純にデザインとしての質素な力強さがすべてに共通してこめられているのがいいんですね。黒やグレーといったものの、「主張しない主張」の渋みが好きなんだなぁ! もちろん、明るい配色もたまには身につけたくなるんですが。
 
 いい買い物したなぁ。またお財布に余裕ができたら、次のやつを注文してみよう。
 なにぶん貧乏人なもので、そんなにたいした買い物もできないんですが、身の回りの物を新しくすると、それが新しい出会いや出来事も呼び込んでくれるということもあると聞きます。いい気分転換にもなりますしね、よそおいのリニューアルは大事なことですよ。
 次に買いたいやつは、もう決まってるんですよ。ちょっとデザインがおもしろいやつね、やっぱり旧日本軍の靴レプリカ。
 よーし、がんばってお小遣いをかせぐぞーい。


 余談として、注文したミリタリーショップさんにはなーんの不満もないのですが、ちょっとだけおもしろかったことが。
 あのー……私、旧日本軍のグッズを買ったわけなんですけど、どうして商品といっしょに入れてくれたおすすめ商品のカタログが、現役アメリカ軍グッズ特集のやつなんでしょうか?
 旧日本海軍の運動靴を買った人間が、次にアメリカ海兵隊のジャンパーやロゴ入りベースボールキャップを注文するとは思えないんですが……
 3~40ページ分の分厚いカタログだったんだけど、ちょっと私は興味が……できるんなら、ドイツ軍とかヨーロッパ系のレプリカ商品のカタログがほしかったかな~?
 次はよろしくお願いしま~す!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あの時にグッときたグラビアアイドルをさがせ ~ノーブラタンクトップの詩(うた)~

2011年01月12日 23時11分09秒 | すきなひとたち
 どうもこんばんは、そうだいです。
 いや~、今は深夜なんですが、ほんとに寒いです……とても関東地方とは思えない寒さ! きついなぁ~。
 そういえば、おとといの夜明け前にも一瞬だけだったけど雪が降ってたしなぁ! もちろん、積もるまでもなかったし、ド夜中だったんでほとんど見た人もいなかったかもしれないんですが。
 ほんとに寒いんですよ、今……うちの家においてある暖房機具は、最大1000ワットの電熱ストーブしかないんですよ。あの、ボヤ~っと棒が赤くなるやつ。近いところはめちゃくちゃ熱くて、50センチ離れるとぜんぜんあったかくないやつ!
 きびしいなぁ……あとは電気毛布で早めに眠るか、お風呂に入るか、ガスコンロの火にあたるしかないですからね……
 寒いことのなにがイヤかって、私、自分の鼻が思いっきり冷たくなる感覚がイヤなんですよねぇ、ほんっとに! さすがに鼻水までは出ないんだけど、鼻の奥がツーンときて頭は痛くなるし、顔のど真ん中にある鼻が、なんだか自分の身体の一部だとは思えないようなよそよそしさをおびてくる感じがたまんなくイヤなんですよ。ほんとにイヤ! なんか、耳当てかマスクみたいに鼻だけをカヴァーするものって、ないんですかね!?

 ここ数日、突然のように日常の日々が戻ってきてしまったので、家に帰ってひまする時間が増えてしまいました。
 またしても「TVがねぇ……」を実感する空気が流れていたわけなんですが、ひまつぶしに捜し物をしてみようと思い立ったことがあったので、さっそくパソコンに向かってみることにしました。

 捜し物、というよりも、尋ね人ですね。
 何年か前に、TVのCMか雑誌の宣伝広告で見かけたかと思うのですが、「おおっ、この人は……すばらしい!」と、思わずフハッと鼻息を荒くしてしまったものの、名前を知らないまま忘却の彼方へほうりこんでしまっていた女性がいらっしゃったのです。
 たぶん、グラビアアイドルだったと思います。「たぶん」という言葉がついていたのは、あまりにも衣裳がドギツかったから! もしかしたら、ハダカになることを仕事にしてる人が服を着てるのかな? と思いこんでしまうような濃厚なエロス!
 私が見かけたのは、その女性が川辺に立っているショット。下はピンクのほとんどヒモな水着パンツをつけていて、上はあんた、ノーブラのタンクトップよ! ノーブラのタンクトップなのよ!!
 しかも、水べりにいるということで、タンクトップがちょっと濡れているというきわどさ……恐ろしい悪魔の策略です。

 そしてそして、何といっても決め手となったのが、そんな衣裳とも言えない布地面積の衣裳をまとっていた中身の女性の容姿、というかスタイル!
 アニメみたいな理想のBQB体型だったんですよ……かなりの巨乳にドカンと主張する骨盤。そして、それらをつなぐウエストがほっそいほっそい!
 またおっぱいが、おっぱいがノーブラということで……グラヴィティで……地球に引っぱられて……もうたまんない形になっているんですね。「たわわにみのる」という表現を発明したいにしえの日本人は天才だわ。
 私は、まさに海外ポルノといった感じの、ノーブラだろうとなんだろうと関係なく、あくまでバンッと天に向かって張り出しているようないわゆる「ロケットおっぱい」というものは、なんとなく、というか濃厚に「人工っぽい……」という印象があって好きじゃないんです。
 いくら物量が圧倒的であっても、うさんくさい雰囲気があってはねぇ。やっぱり、お天道さまに向かって「これは私のものです!」とさらけ出せる肉体でなくては。
 そんな私にとって、確か5年くらい前に見たあの女性の肢体は実に素晴らしかった。
 脚も長いし、無駄な贅肉もついてないし。ほんとに理想的な「グラマラスボディ」だったんですねぇ、あの子。

 そんな成熟した体型なのに、顔がアンバランスに童顔なんですなぁ!
 中性的と言うかなんというか、とてもそんなスタイルだとは思えないような、小学生みたいな顔つきなんですね。というか、いたずら好きな小学生「男子」みたいな顔をしてるんです。
 目も奥二重でそんなに大きくないし、鼻もどっちかというと低め。くちびるがアヒルっぽくあつめなので、そこでかわいさが強調されているのですが、全体的には……
 「イチロー選手の姪」って感じ?
 とにかく、小顔だしかわいくもあるんですが、正統派の「美人」ではなかったような記憶があります。童顔というところでいうと、芸能界ではほしのあきさんに通じるものがあるのですがそれほどは似ておらず、比較的、AV女優の範田紗々さんの顔立ちがいちばん近いです。

 さて、そんな彼女にイチコロになってしまった当時の私だったんですが、彼女がどんな名前のどんな女性だったのか、有名人なのかそうじゃないのかもわかんないままになっていたわけなんです。
 たぶん、当時の私は、「こんなとんでもないバディをしている子なんだから、そのうちTVで引っぱりだこになるんじゃないか?」と思ってその時は見過ごしてしまったのですが。
 何者かはわからなかったんですが、あの完成された肉体と、きわどくはあるものの大事な部分までは見せていない写真の構図からして、素人さんかAV女優さんである可能性を除外するところまではいっていたんですね。しかしそこから先がわからない!
 それ以来、再び彼女を見かけることなく数年の歳月が流れてしまったという次第。今はどこで何をされているのか。もう芸能活動はやっていないのかな?

 ということで、ひまにかまけて、あのアンバランスグラドルの正体をつきとめてみよう! ということにあいなったわけなんですね。
 もうね、こういう時に役に立つのがパソコン様なんですよ。キーワードを入力してエンターキーを押したら、もうちょちょいのちょいで情報がつかめるんですからね!
 じゃあ、さっそく検索してみよう。キーワードは~?

「ノーブラ タンクトップ グラビア」

 ……つかめない!
 該当する情報が多すぎる! えっ、ノーブラでタンクトップのグラビアに挑戦してる娘さんたちって、こんなにいるの!? そりゃそうだよねェ。
 もうやるしかない……1件1件を足で捜査です。
 それぞれのグラビアページを開いて確かめるわけなんですが、これが見つかんないのよねぇ~!
 佐野なにがし……ちがう、彩川なにがし……ちがう、桐山なにがし……ちがう、次原なにがし……ちがう、春菜なにがし……あっ、春菜はなさんだ! むむ、しかし今は寄り道しているヒマはない…… 
 みんな別人なんですよねぇ! そもそも私が彼女を見かけたのが数年前なんだから、もう引退してるのかもしれないし、だいたいグラドルだったのかも確証がないし。
 さすがに10人もちがってくると不安になってきました。もっと絞り込むキーワードも入れてみよう。

「巨乳」「童顔」「川べり」「くちびる」「ピンクの水着」「奥二重」

 な、なにをやってるんだ、おれは……
 ぜんっぜん、問題の女性に近づいている感触もしないし、それ以前にこんなことで睡眠時間をけずっている自分自身が嫌になってきました。
 っていうか、冒頭でも言ったんだけど、さみーんだよ! もうやめた! もっと気候があったかくなってきた時期にじっくり腰をすえてやりなおそう。やりなおすのかよ!!
 そんな感じで、いいかげんタンクトップのグラビア地獄にもあきてきてうつらうつらし始めていた時……

 奇跡は起こった!!

 いた! いたんです、あの女性が。
 ある無料動画サイトの、数年前にリリースされたグラビアアイドルのイメージビデオが2~30人分つめこまれているページに、まんま! 私が見たことのある彼女が、見たことのあるノーブラタンクトップ姿で、見たことのある川べりに立って水をパシャパシャやっていた映像が。
 見つけた~! あの、ニュートンもびっくりのおちち、プリッとしたおくちびる、そして、キュキュッとしまったおくびれ!
 いや~、さがしてみるもんだね。
 彼女のお名前は、

斉藤 美穂

 といいまして、確かに2004~7年という短いあいだ、他の追随を許さない絶世のプロポーションで活躍されていたグラビアアイドルでした。
 身長174センチにバスト93(Hカップ)、ウエスト59、ヒップ88という文句なしのモデル体型! それなのにあの童顔、しかも「斉藤美穂」という地味すぎる名前! 不思議なアンビバレンツを体現したお嬢さんでした。
 
 私は今回やっと斉藤さんというグラビアアイドルの存在を知ったのですが、みなさんはご存じでした? まぁとにかく今現在でもなかなか類を見ない理想体型なので、記憶に残っている方も多いかもしれません。
 他の同業者もうらやむような、そんなにすんばらしい肉体を持っていた彼女が、なぜ全国的な知名度を手にしないうちに早々にグラビアアイドルを引退してしまったのか?

 どうやらそれは、斉藤さん自身の生き方が、「グラビアアイドルになって天下をとる!」ということにこだわらないものだったためのようです。
 斉藤さんは活動の拠点を終始、地元の神戸においていたようで、4年間の芸能活動という期間も、関西学院大学で学生をしているあいだというルールに従っていたためだったのです。
 関西学院大学ったら、なかなかの高学歴よ。引退する直前、2007年夏のインタヴューでも、「卒業論文に専念するために引退します。」ときっぱり言ってます。
 結局、斉藤さんは単独のイメージビデオはたった2本、写真集にいたっては単独のものはついにリリースせず、というありえないもったいなさで芸能界を去ってしまいました。(2人組アイドルユニット「ナイトサイト」としての活動は除く。)
 その後、問題なく大学を卒業した斉藤さんは、翌年には超大手CM会社に入社して、現在は普通の会社員をされているそうです。グラビアアイドルとしての復活は……ないね、たぶん。

 神様っていうのは、残酷な采配をするもんだねぇ……
 たった4年間のあいだに彗星のごとく現れ消えていった「グラビアアイドル・斉藤美穂」は、自身の肉体に秘められた大いなる可能性にはなんの未練も持たず、多くの男性ファンのかなしみを背にビル街へと消えていってしまったのです。

 たぶん、さばさばしていてものすごくかしこい女性なんだろうな。しかし惜しい話だ! あれだけの実力を持っていながら、天下とりの野心がなかったとは……『信長の野望』で言うと「竹中半兵衛重治」みたいな人ですね。
 当時、斉藤さんのファンになっていなくてよかった……引退するなんて聞いてたらかなりショックだっただろうな。ひとくちに芸能界といっても、いろんな引退のかたちがあるんだねぇ。

 あ~、疲れたけどスッキリした!! もう、しばらくはノーブラタンクトップのグラビアは見たくありません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする