長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

神の御声だ、おたかさん!! ひれ伏してレッツ謹聴

2011年11月19日 12時49分41秒 | すきなひとたち
上原多香子、自分の年齢にびっくり「そういう歳なんだなあ……」
 (MSN 産経ニュース 2011年11月19日の記事より)


 4人組ヴォーカルダンスグループ・SPEEDのメンバーで女優の上原多香子(28歳)が、公開中の映画『恋谷橋 La Vallee de l'Amour』(監督・後藤幸一)で初主演を果たした。同作では等身大の女性を演じ、過酷な断崖絶壁の登頂ロケにも挑戦。女優として新境地を切り開き、仕事の幅を広げる中で、三十路を間近に控えた素顔も垣間見せた。

 特徴ある大きな瞳が「芯の強さ」を示し、その存在感を際立たせる。

 芸能生活15年で初の映画主演。自身と同じ28歳の女性を演じ「等身大の役。20代後半まで人生を見つめ直すことはなかったので、共感しながらも、新鮮な思いで演じました。」と振り返った。

 鳥取・三朝(みささ)温泉を舞台に、主人公が地元で古くから鍛錬の場となっている投入堂(なげいれどう)に参拝するため、断崖絶壁の続く標高899メートルの三徳山(みとくさん)を登頂するシーン。同地では過去に何人も死者が出ており、スタッフから「影武者」を使うことを提案されたが、あえて拒み、自らの足で頂上に達した。

 「安易な気持ちで登れる場所じゃないんですけど、実際に登ってないのに登ったかのように演じるのは心残りだろうなと思って。本当に足場が悪いんですよ。私たちが登ったときも雨の後だったんですね。木の根が水分を含んでツルツルになってて、そういうところも気をつけながらスタッフみんなで1つになって成し遂げました。」

 命がけで撮影に臨んだ同作。東京のデザイン事務所をリストラされ、帰郷して実家の旅館の若女将を継ぐ役どころだ。

 「自分の夢を追い続けるのか、それとも恋愛して結婚を選ぶのか……そういうことって、私の周りにもすごく多いし、誰もが経験することなのかな。私自身、10代のころからこのお仕事をさせていただいていて、自分の人生を見つめ直すポイントになりましたね。」

 女優として人生のターニングポイントを迎える一方、SPEEDでの活動も両立。メンバー同士では今も、恋愛トークを繰り広げる。

 「女の子4人で子供のときから一緒なので、ある意味で家族のよう。お芝居から日常のことまで話を聞いてもらって意見交換をするので、それが大きく反映することはありますね。メンバーには『いいよ聞きたくない。』と言われるところまで、自分のことを包み隠さずに話しています。」

 だが、これまでの恋愛はゴールインに至らず。いつしか主人公同様にアラサー独身の立場になった。

 「同世代の結婚、出産が増えていくと、私もそういう歳なんだなあ…と。最近、私の記事を見て『上原多香子(28)』と書かれていると、自分でもビックリするんです。なんか自分が思っていた28歳のイメージと、自分のいる場所がちょっとずつ違ってきているので。」と苦笑い。その表情に焦りはない。

 「周りに影響されず、自分はマイペースにやれたらいい。結婚する年齢を決めると『それまでに』と生き急いじゃうんじゃないかなと思って。ハタチを超えてから『ここまでに結婚したい』とか目標を作らず、そのときにやれることを一生懸命やるようになりました。」

 デビュー時に13歳だった少女は、大人への階段を駆け上がり、女性としてますます輝きを増していきそうだ。
                                                          (文章・佐久間 賢治)



 ギャ~!! おたかさん、おたかさん、おたかさんん~!!

 私がモーニング娘。のみなさん、特にあのうるわしのカメ様に夢中になったのは今年2011年からという浅さなのですが、私はだいたい15年くらいこのお方にメロメロになっています。

 もう……自分の中では神格化しておりまして、軽々とこの『長岡京エイリアン』で話題に取りあげられる存在ではなくなっております。それゆえに、「ざっくりすぎるアイドルグループ史」でSPEEDの話題が出たときも、かなり意識してよそよそしい記述にとどめておりました。

 『恋谷橋』、むォオちろん! 観に行きます。っていうか、前々からあさってに観に行くつもりでスケジュールを組んでました。神のご来迎をスクリーンで目の当たりにしようという算段なのです!
 この映画は、確か今年の春ごろに、ロケ地だったということで鳥取県の映画館で先行上映されていたんですけど、そっちも観に行こうかなと考えてたくらいだったんですからね。結局行かなかったけど。

 いやぁ、すごいことですよ。

 今回の映画『恋谷橋』でおたかさんが挑戦することとなった鳥取県東伯郡三朝町にある古刹・三徳山三仏寺(さんぶつじ)は、慶雲3(706)年に伝説の宗教家・役行者小角(えんのぎょうじゃ おづぬ 634?~?)が開山したといういわれのある仏教天台宗の聖地であるわけなのですが、そこにおたかさんが踏み入ったということは、これは神(おたかさん)と仏の奇跡的ドッキング、つまりは21世紀における「神仏習合」というわけなんですよ!!

 というわけで「2011年」は、私そうだいにとってのスーパーダブル聖地に三仏寺投入堂がエントリーされることとなったアニバーサリーイヤーとなりました。

 おぼえかたは、「におい、い(2011)いね おたかさん三仏寺」 これでいいかな。

 死ぬまでに1回は行ってみたいですね~。記事にもあるように非常に峻険な参道らしいのですが、おたかさんが通ったんだと思えばどんなに過酷な山道だってプーさんのハニーハントですよ。
 またひとつ、生きる目的ができました。ありがたいことでございます……私は曹洞宗信者なんですけど、ま、いっか。


 おたかさんは神ですから。

 生き馬の目を抜く芸能界に10年以上もおられますと、やはりそれなりに不本意な話題に名前があげられたりしてねぇ。恋愛報道であることないこと騒ぎたてられたりトルコのベリーダンスでポロリだなんだ言われたりして。

 くだらぬな……! そんなことはどうでもよろしいのっ。

 はっきり言わせていただきますと、おたかさんに関しましては、本人が望まないのならば歌を唄わなくても演技をしなくても写真のモデルにならなくてもいいんです。第2期SPEEDとしての活動だって、なによりも4人のみなさまが楽しそうにやっておられるのが一番の意義だと思うんですよ。セールスに関する記録なんか、第1期でさんざんとっちゃいましたからね。

 でも、あのおたかさんの口からポポロンポロンとこぼれているのに、聞く人をして「いいよ聞きたくない。」と言わしめるその文言とはいったい……21世紀最初の謎だ。

 とにかくですね、これまでの『長岡京エイリアン』をごらんいただいてもおわかりの通り、いろんな女性のことが大好きになっちゃっている私そうだいなのですが、「歌声の女神」「演技の女神」「おもしろい女神」「笑い顔がこわい女神」「学校の朝礼で真っ先に倒れそう女神」といった錚々たる神々の中でも完っ全に「いるだけで女神」の地位に君臨ましましているお方こそがおたかさんというわけなのです。もうこの称号は名球会入りみたいなもので、滅多なことでは剥奪されないシステムとなっております。

 年とろうが太ろうが結婚しようが、そんな些末な変化で私の信心が揺らぐことはありません。この世界のどこかで幸せに生きておられるのならばそれでいいんです。
 言っておきますが、私がこのお方のことを本名でなく「おたかさん」と呼んでいるのは、「愛称」としてではなくて「尊称」としてです。愛称だなどとは馴れ馴れしい。かといってフルネームで呼び捨てるのも非常な不敬にあたりますから。

 私は日々、おたかさんがいつなんどき「革命やろうかな~、なんて。」と言って挙兵を呼びかけても、ただちに押っ取り刀で馳せ参じて戦場の最前線に立つことができるようにトレーニングを欠かさずにいたしております。
 なれば泥水にまみれて死ぬるも一定。

起立! 気をつけ! 『MY FIRST LOVE』斉唱! たぶん東京におられるから、西に向かって敬礼!!


 『恋谷橋』、う~ん、たのすみだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

来たれ、ニュージェネレーション総大将 ~ぬらりひょんサーガ 第24回~

2011年11月18日 14時40分49秒 | ゲゲゲの鬼太郎その愛
《前回までのあらすじ……じゃないです》
 「ぬらりひょんサーガ」がいよいよ佳境に入ってきたのにもかかわらず、そうだいは昨日の夜に受け取ったメールのために気もそぞろだった。
 ……東日本大震災が起きた日に絶交した親友から半年以上ぶりに音信が。
 おれも変わってねぇけど、あの子も変わってねぇなぁ。まぁ……引き続き連絡はとらないことにしよう。


 2007年から放送が開始されたアニメ第5期『ゲゲゲの鬼太郎』と、翌2008年から連載が開始されて現在にいたる人気妖怪アクションマンガ『ぬらりひょんの孫』。
 『ぬらりひょんの孫』は今現在リアルタイムでアニメ第2期『千年魔京』が放送中ですし、去年は降って湧いたようにNHK朝ドラ&映画化した『ゲゲゲの女房』も話題になったことも記憶に新しいです。さすがに流行語大賞が「ゲゲゲの」というのは私もどうかなと思うんですけど。
 また、「鬼太郎サーガ」とは直接の関係はないものの、少年マンガの『妖怪のお医者さん』や『結界師』、少女マンガの『夏目友人帳』に小説の世界では西尾維新の『化物語』に畠中恵の『しゃばけ』シリーズと、昨今は「妖怪もの」のフィクション作品に事欠かない活況となっています。

 ただ、この2007年以降続いている現在の状況をさして、これまでに何度も触れてきた2つの「昭和妖怪ブーム」や1990年代なかばの「平成妖怪ブーム」と同じブームととらえることはできないような気がするんだなぁ。

 要は、ブームという現象に必ずあるはずの「核」となる作品がはっきりしていないんですね。昔でいう『ゲゲゲの鬼太郎』や『学校の怪談』みたいな。
 「日本の妖怪が出てくる」という点では共通していても内容は千差万別だし、今のところわずかに『ぬらりひょんの孫』が頭ひとつ抜きんでている様子はあるものの、「妖怪ファン」層全体を取り込んでくれる決定的な作品はなく、めいめいが好きなものを各自で楽しむといった感じで、もはや「妖怪」はブームでなく立派な「ジャンル」に成長したというわけなんですね。う~ん、素晴らしいことだ。

 今や、現代日本の妖怪カルチャーは過去に類を見ない広がりを見せる「ネクストレベル」に移行したわけなんですなぁ。
 妖怪ネットは広大だわ……


 さてさて今回は、その流れの端緒となりながらも「非業の完結」を迎えることとなってしまったアニメ第5期『ゲゲゲの鬼太郎』のお話に行く前に、「鬼太郎サーガ」系のマンガの世界に現れた「最後のぬらりひょん」をご紹介いたしましょう。


ほしの竜一版『ゲゲゲの鬼太郎』(講談社『月刊コミックボンボン』などで連載)

 みなさん、ご存じ?
 具体的にはこの『ほしの版鬼太郎』は3期に分かれており、正確に言うと、

『ゲゲゲの鬼太郎R』(2004年6月~05年12月 全18話)『月刊コミックボンボン』で連載
『ゲゲゲの鬼太郎 妖怪千物語』(2007年4~12月 全12話)『月刊コミックボンボン』で連載(2007年12月号で休刊)
『ゲゲゲの鬼太郎 新・妖怪千物語』(2007年12月~09年8月 全15話)『季刊テレまんがヒーローズ』などで連載(2009年夏号で休刊)


 という一連のシリーズになります。

 ほしの竜一先生は、『ファミ拳リュウ』や『SDガンダム外伝 騎士ガンダム物語』などでも知られる『コミックボンボン』常連の人気作家さんの1人です。私もずいぶんと楽しませてもらいましたねぇ~。

 ほしの先生によるリメイク版『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズは、連載時期を見ていただいてもわかるように最初の『R』だけアニメの放送と関係のない独自展開で、『妖怪千物語』と『新』はアニメ第5期にタイアップしたものとなっています。
 そのため、『R』では鬼太郎のデザインがやや長髪で水木しげるの原作マンガに近い顔つきで、ヒロイン格の猫娘が「ゴスロリファッションに長髪」というほしのイズム満点のアレンジとなっているのにたいして、『妖怪千物語』以降は鬼太郎も猫娘もアニメ第5期に準拠したあか抜けたデザインになっているという変更も起きています。ただし、さすがは「エロ」も主力武器とした『コミックボンボン』の人気作家というべきか、一見アニメ第5期にあわせただけともみえるデザイン変更後の猫娘は、よく見ると体格が女子高生か成人女性なみに成熟していることがわかります。「鬼太郎サーガ」における猫娘史上、最もセクシーなのはこの「ほしの版(後期)」だ!! どうでもいい~。


 ここでちょっと、「アニメ版」と「マンガ版」との『ゲゲゲの鬼太郎』の関係を確認しておきたいと思います。

 まず1960年代のアニメ第1期は、言うまでもなく同時期に『週刊少年マガジン』(講談社)で連載されていた水木しげる本人によるマンガを原作としていました。これはストレートな「原作」と「そのアニメ化」の関係です。
 1970年代のアニメ第2期もほぼ同様に『週刊少年サンデー』(小学館)で連載されていたマンガと、それ以前の水木作品を原作としたものとなっています。
 この関係が1980年代のアニメ第3期になるとビミョ~に変わってきまして、水木しげる本人による『新編 ゲゲゲの鬼太郎』(『マガジン』連載)と、子ども向けの水木プロダクション作品(作画・森野達弥)『最新版 ゲゲゲの鬼太郎』(『ボンボン』連載)がほぼ同時に展開されるという状況となりました。とはいえ、どっちのマンガも同じ内容を描いていたというわけではなく、簡単に言うとアニメ第3期から「ぬらりひょん(つまり特定の悪の大ボスがいる設定)要素」を排除したのが『新編』で、逆にそこをモリッモリに盛り込んだのが『最新版』という不思議なすみ分けとなっているのでした。この時期の水木先生はぬらりひょんに冷たかった冷たかった!

 そんな大盤振る舞いな第3期から一転して、1990年代のアニメ第4期となると、同時期に発表された水木マンガはたった3回で中断してしまった『鬼太郎霊団』シリーズ(1996年2月~97年3月)のみで、これも内容的に複雑すぎたりエロすぎたりしてとてもじゃないですがアニメ化できるしろものではなく、アニメ第4期にタイアップしたマンガ作品は「ない」という状況となっていました。もちろん、水木プロによる過去作品のダイジェストやリライトもの、イラスト展開はありましたが。

 余談ですが、こういう経緯を見て「マンガ家としての水木しげるも終わりか……」と思われる方もいるかもしれないのですが、とォ~んでもねェ!!
 みなさん、水木しげる最後の「鬼太郎サーガ」作品となる『鬼太郎霊団』シリーズの『安倍奉連想(ほうれんそう)』と『セクハラ妖怪いやみ 前後編』はすげぇんだぜ。今これらの作品は、

『京極夏彦が選ぶ!水木しげるの奇妙な劇画集』(筑摩書房ちくま文庫)

 で読むことができます。できたらぜひとも読んでいただきたい。
 『安倍奉連想』は鬼太郎ファミリーとあの!大陰陽師・安倍晴明の子孫「ほうれんそう少年」とのガチンコ対決、『いやみ』は1970年代の「青年鬼太郎」をほうふつとさせる妖怪チンポどころじゃない史上最エロの大決戦となっているのです。

鬼太郎  「バカにオ××コ臭いな。」
砂かけ婆 「猫娘 こりゃあ食べ物じゃねぇ!」
猫娘    「バナナかと思ったわ。」

 ギャ~! こんなのアニメ化できるわけねぇだろ!!
 水木しげる神先生は、ついにアニメで変換できない世界へと旅立たれてゆかれたのです……いや、まだ健在ですけど。
 

 1990年代にしてこんな状態だったために、ましてや21世紀のアニメ第5期に水木先生みずからが筆を執ることはなく、そこでタイアップマンガの作家として起用されたのが、すでに『R』連載の実績のあったほしの竜一先生だったのです。

 こういった経緯もあってか、もともと大の水木しげるファンを自認していたほしの先生の連載にかける情熱は並々ならぬものがあり、掲載誌の『コミックボンボン』が休刊し、アニメ第5期が放送終了したあとにもほしの版『鬼太郎』は数回連載されて終了しました。
 コミックスは『R』から『新』までトータルで9巻出版されており、「2本立て連載」や「増刊号連載」もおこなっていたため、雑誌での連載号数にたいして話数が多くなっている(全45話)のも非常にお得です。

 そんなほしの版『ゲゲゲの鬼太郎』は、先ほどにも言ったようにだいたいの世界観やキャラクター設定はアニメ第5期と同じであるものの、ストーリー展開はかなり独自のものとなっていることが多いです。
 これはアニメ第5期もほしの版も、過去の水木しげる作品のアレンジから作られているという「兄弟」のような関係にあったからで、かつてのアニメ版『鬼太郎』と水木マンガのように直結した「親子」関係ではなかったからです。


 そういう部分でのアニメ第5期とほしの版との差異がもっともはっきりしていたのが、両者で共通してエピソード化されていた『妖怪大裁判』の回でした。
 この2ヴァージョンはどちらにも我らがぬらりひょん先生が登場しているのですが、同じ流れの物語であるはずなのに、ぬらりひょんの「立ち位置」やらなんやらがまるで違っているんですよね!

 アニメ第5期における新生ぬらりひょんの大活躍はまた次回にしておきまして、今回はほしの版ぬらりひょんについて。

 まず、アニメ第5期の話が持ち上がる前に連載されていたほしの先生の『R』にはぬらりひょんは登場しておらず、ラスボスは「魔王プルトー」の召喚を企てるバックベアードというオリジナル展開となっており、ぬらりひょんがアニメ版に通じる「悪の親玉」という役割で登場したのは、アニメ第5期と同時に連載が再開された『妖怪千物語』からとなっています。

 『妖怪千物語』でのぬらりひょんは、おなじみ朱の盤をパートナーとして第23話の「枕がえし」と25話の「水虎」の悪行を裏から操る黒幕的存在という相変わらずの感じで登場しており、第26~27話の『妖怪大裁判 前後編』(2007年10~11月掲載)でついに鬼太郎との直接対決におよぶこととなります。
 ほしの版の『妖怪大裁判』は、ぬらりひょんとその部下の百々爺がでっちあげた罪によって天狗ポリスに逮捕された鬼太郎と、その冤罪を証明しようとする仲間たちの活躍を描くといった原作どおりの内容。
 そして結局、いつも通りの鬼太郎ファミリーの活躍によって陰謀を暴きたてられたぬらりひょんはクライマックスで天狗ポリスに逮捕され、「500年間の溶解刑」というアホみたいな刑に処されて一件落着となり、それ以降は二度とほしの版『鬼太郎』に姿をあらわすことはありませんでした。ちなみに、ここでの朱の盤は鬼太郎との決戦を前にしてダッシュで逃亡しており、他のシリーズよりも薄情な別れかたとなっています。

 いっぽう、アニメ第5期の『妖怪大裁判』はこのほしの版の約半年後にオンエアされることとなるのですが、ぬらりひょん一味の立場はだいぶ異なったものとなっています。そのことについては、また次回ということで。

 こんな感じで、アニメの「悪の親玉」イメージをそのまんまマンガに持ってきたようなほしの版ぬらりひょんは、いまいち際だった見せ場もないまま退場ということになってしまいました。

 いまいちと言えば、ほしの版のぬらりひょんは外見もなんとなくパッとしません。
 まず、ぬらりひょんがその存在を匂わせるだけで登場していない段階の第23話のラストのコマでは、少年アクションマンガのお約束にのっとり、鬼太郎と目玉の親父との、


鬼 「妖怪たちの背後に だれかいるのかもしれませんね。」

目 「そうかもしれんな。気をつけるんじゃぞ! 鬼太郎。」

鬼 「はい! 父さん。」


 という会話のバックに「黒幕らしき存在の影」がゴゴゴゴ……という雰囲気で現れるのですが、そのあまりに特徴的すぎる頭部のシルエットから、誰がどう見てもそれがぬらりひょん先生であることはバレバレとなっています。
 ただ、気になるのは黒いシルエットの中でそこだけらんらんと光っている「目の形」で、明らかにその両目は「八」の字。つまりは水木しげるの原作マンガかアニメ第4期の西村ぬらりひょんのような「タレ目」となっているのです。

 そ・れ・な・の・に!!
 その次の第25話のクライマックスでついにその姿をあらわした時、ぬらりひょん先生はギラッとした鋭い目つきとうすい眉毛の特徴的なアニメ第3期の青野ぬらりひょんに変更されてしまっているのです。同時期にTV で大活躍していたアニメ第5期のぬらりひょんとは似ても似つかない小悪党ヴァージョンだ!

 まぁ、予告シルエットとご本人の姿がまったく違うという流れもまた、『キン肉マン』以来の少年アクションマンガの伝統となっているのですが、過去のイメージをフル動員させたほしの版ぬらりひょんは、それゆえにどうにも新味に欠けたまま中途半端に消え去ってしまったのです。
 それ以降、「鬼太郎サーガ」のマンガ作品にはぬらりひょんは登場していないわけなので、非常に悔いの残る「最後のぬらりひょん」ということになってしまいました……


 だが。
 そんな「旧世代のぬらりひょん」の数々を一掃するべくリニューアルされた新デザインのぬらりひょんこそが! アニメ第5期にその名をとどろかすこととなった「ニュージェネレーション仕様ぬらりひょん」だったのです!!

 今度のわしはひと味ちがうぞ……首を洗って待っておれ、鬼太るォオ!!

 ということで、いよいよ白熱のアニメ第5期のお話は、また次回!次回! じっかい~ィン。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ぬらりひょん京極夏彦ワールドにあらわる!? ~ぬらりひょんサーガ 第23回~

2011年11月16日 13時51分00秒 | ゲゲゲの鬼太郎その愛
《前回までのあらすじ》
 『長岡京エイリアン』あいかわらずの流れで2ヶ月におよぶ長期シリーズとなってしまったこの「ぬらりひょんサーガ」も、いよいよ残す大きなヤマはアニメ第5期『ゲゲゲの鬼太郎』と『ぬらりひょんの孫』の2つだけとなった。
 瀬戸内海でのぷかぷかライフ、百鬼夜行のエキストラ、爆弾テロを生き甲斐とする孤独老人、巨乳小学生になんでもおごってやるペテン師、2億年の時を長生きして生還、いつも朱の盤といっしょ……
 さまざまな艱難辛苦を乗り越えて全国的な知名度を得るにいたったぬらりひょんは、果たして21世紀の日本に妖怪総大将として名乗りをあげることができるのだろうか~!?


 前回は2003年のゲーム版『ゲゲゲの鬼太郎』に登場した滝口順平ぬらりひょんと、2005年の映画『妖怪大戦争』に登場した忌野清志郎ぬらりひょんを紹介しました。同じ妖怪でありながらも、「鬼太郎ワールド」と「それ以外」とでこんなにキャラクターが違うのかとびっくりしてしまうような二重人格ぶりを発揮していましたねぇ。どっちが「ほんとうのぬらりひょん」なのか。いやいや、どっちもほんとうであり、ほんとうじゃないんですね。おそろしい妖怪です……

 さて、ここまで来てしまえば、冒頭にあげたように2007年からスタートするアニメ第5期『ゲゲゲの鬼太郎』での青野ぬらりひょん堂々の復活まであと少しという感じなのですが。

 その前に! どうしても触れておかなければならない作品があるんですねぇ。
 ラストスパートの前に寄り道、みたいなちょっとした短編小説なのですが、これは見逃せないんだなぁ~!


『ぬらりひょんの褌(ふんどし)』(作・京極夏彦 集英社『週刊プレイボーイ』2006年12月~07年1月掲載)


 な、なんと、ふんどしとな!?

 京極夏彦と言えば、もう何度となくこの「ぬらりひょんサーガ」にもその名が出てきた希代の妖怪小説家。
 古本屋にして陰陽師の「黒っぽい人」中禅寺秋彦をはじめとして、推理せずに事件を解決する私立探偵や廃人すれすれの小説家などといったマンガみたいな面々が所狭しと大暴れする『京極堂シリーズ(百鬼夜行シリーズ)』(1994年~)や、江戸時代を舞台にして必殺仕事人みたいな特攻野郎Aチームみたいなミッションインポッシブルな集団が悪人どもをこらしめる『巷説百物語シリーズ』(1999年~)などが特に有名で、『嗤う伊右衛門』(1997年)や『覗き小平次』(2002年)といった江戸時代の古典怪談のアレンジワークも高い評価を得ている当代一の幻想作家といってよろしいでしょう。

 彼が小説家としての活動を開始したのは1994年9月刊行の『京極堂シリーズ』第1作『姑獲鳥(うぶめ)の夏』からで、そのタイミングから見てもおわかりの通り、「平成妖怪ブーム」の中心的存在となっていたことは間違いありません。
 ただ、ほぼ同時期に巻き起こっていた日本映画界の「Jホラーブーム」との直接のリンクはあまり多くなく、なぜか生前からお岩さんの顔がこわかった映画版『嗤う伊右衛門』(2003年 監督・蜷川幸雄)や、あの実相寺昭雄監督による「満を持してのわりには……」の残尿感はなはだしい映画版『姑獲鳥の夏』(2005年 主演・堤真一)とそれに続く『魍魎の匣(もうりょうのはこ)』(2007年 監督・原田真人)、2000年にWOWWOWで放送されたドラマ版『巷説百物語』第1シリーズ全4話(主演・田辺誠一)くらいが映像化されたものの中では有名なところでしょうか。
 ほかにアニメ化やコミカライズされた作品もあるにはありますけど、私そうだいの個人的な実感としては、内容時間やセリフ量の制約からか、京極作品のあの「情報量の多さ」からくる眩惑作用を文章以外の方法で再現することはやっぱり至難の業なんじゃないでしょうか。そこが作家・京極夏彦の専売特許なのよ~、たぶん。
 あのセリフ量を、部分的とはいえ各シーンで果敢に映像化していた映画『姑獲鳥の夏』なんて、ものすごい睡眠促進作用か「堤さんのセリフ記憶力、スゲ~。」感しかもたらしてなかったからね。だめだ、こりゃ!

 余談ですが、私がいちばん大好きな映像化された京極作品は、1997年にテレビ朝日の土曜深夜枠で放送されていた30分のオムニバスホラードラマシリーズ『幻想ミッドナイト』で12月に放送された『目目連(もくもくれん)』(主演・白井晃)です。
 これは大好きですね~。よく真面目な常識人やおしゃれな粋人を演じていることの多い白井さんなのですが、ここでは、

「あっ、『ヘビみたいな眼つき』って、こういうことなんだ。」

 と思わず納得してしまう狂気の熱演を見せてくださっています。こえぇ!
 また、原作になった小説『目目連』(1996年9月発表)が短編でしたからね。シンプルなものをストレートに映像化したという感じで雰囲気もとってもよかったです。


 さて、そんな希代の妖怪小説家である京極夏彦先生がアニメ第4期『ゲゲゲの鬼太郎』の1エピソード『言霊使いの罠!』の脚本を手がけ、そこで我らがぬらりひょん先生が彼ならではの活躍を見せ、そのために死んだはずのアニメ第4期にまた復活する運びとなってしまった、というあたりはすでに以前にふれました。

 ところが、それからおよそ10年の歳月が経った2006年。京極作品に再びぬらりひょん先生が登場してしまったのです。

 しかも、今回は「鬼太郎サーガ」の一環ではなく、京極夏彦の本領たる『京極堂シリーズ』への殴り込み~!?
 いや、そこがちょっと複雑なところでありまして……


 短編小説『ぬらりひょんの褌』は、『(妖怪名)の(なんとか)』というタイトル形式からもわかるように、『姑獲鳥の夏』や『魍魎の匣』『絡新婦(じょろうぐも)の理(ことわり)』といった一連の『京極堂シリーズ』の系列に位置する作品です。

 しかし! 実はそれ以上のパーセンテージで、国民的マンガといっても差し支えのないあの『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(作・秋本治 集英社『週刊少年ジャンプ』連載)のトリビュート小説でもあるのでした!!

 1976年の9月から連載が開始され、今年でついに35周年を迎えた人情系ハチャメチャギャグマンガ『こち亀』。ここに登場する主人公・両津勘吉をはじめとした名キャラクターたちをあつかい、大沢在昌や東野圭吾らといった綺羅星のごときベストセラー作家の面々がトリビュート短編を執筆する豪華企画の1作として、京極先生が発表したのがこの『ぬらりひょんの褌』だったというわけ。現在は集英社文庫の『小説 こちら葛飾区亀有公園前派出所』などで読むことができます。

 そして、おおむね1950年代、戦争の名残も色濃く残している頃の日本で起きる数々の猟奇事件をあつかった『京極堂シリーズ』にたいして、『ぬらりひょんの褌』はリアルタイム、2006年12月の東京・中野近辺のとある公園で、『こち亀』レギュラーの大原大次郎巡査部長(「両津のバカはどこだ!?」の人)が、大学生時代に体験した生涯唯一の「妖怪事件」を回想するという番外編のような形になっています。

 『京極堂シリーズ』に共通しているのは、「妖怪の存在を濃厚に連想させる不可解な事件」を、登場人物たちが論理的に「人間の起こした犯罪」と立証して解決していくというミステリー小説の常道にのっとったストーリー展開で、したがって、『京極堂シリーズ』に「妖怪そのもの」がベロベロバーと出てくることはありません。ただ、ある人の視点から見たらある瞬間の「何か」や「誰か」が妖怪にしか見えないというシチュエーションが頻繁に発生し、そこのおそろしさが作家・京極夏彦の腕の見せどころというわけなのです。

 ということで、『ぬらりひょんの褌』で大学時代の大原青年が体験した不可思議事件も、回想している最中に公園にふらっと現れた「ある老人」によって、やっぱり人間のしわざだったということが判明して解決するといった流れになっているのです。まぁ人間というか……なんですけど。
 学生時代から21世紀にいたるまで、約50年の長きにわたって大原部長に取り憑いてきた妖怪ぬらりひょんの幻影をその老人が「おとす」という作業で『ぬらりひょんの褌』は一件落着となるわけでして……老人の正体はもうバレバレですね。


 大原青年の体験した不可思議事件というのは、「密室にいつの間にか誰かがいて、勝手に飲み食いしてどこかへ消えてしまう」というもの。タチの悪い無銭飲食という、妖怪ぬらりひょんの有名な特徴を見事につかんだ怪異となっています。

 それだけ。そう、『京極堂シリーズ』における妖怪ぬらりひょんの性質はそれだけなんです。

 なぜならば、このシリーズが立脚している時代が『ゲゲゲの鬼太郎』が有名になる以前の「1950年代」だから!
 要するに、「妖怪総大将」どころか「爆弾テロ大好き爺さん」という「鬼太郎サーガ」におけるぬらりひょんの原点とも言える部分さえもが生まれていない時代の物語だからなのです。

 「いつの間にか家にいてタダ食いタダ飲みする」だけというシケた時代のぬらりひょんをクローズアップとは……京極先生はつくづくぬらりひょん先生に意地悪だ!

 ところが、この「ぬらりひょんサーガ」をずっと読んでこられた奇特なアナタならばもうすでにお気づきかと思うのですが、実はこの「いつの間にか」属性さえもが、1950年代時点には「存在していなかった」可能性が濃厚なんですよね……

 つまり、現在あるイメージのほとんどいっさいが使えない妖怪ぬらりひょんをどう小説化するのかで京極先生がそうとう頭を痛め、その末に選んだ場が、この『こち亀』トリビュート企画としての『ぬらりひょんの褌』だったというわけなんです。
 そういう意味で、『ゲゲゲの鬼太郎』をへた21世紀のぬらりひょんイメージとの比較もできる「現代からの回想」形式をこの作品に導入した京極先生の選択眼は、まさにお見事としか言いようがありません。

 ただ、オチがオチでしたから……まぁ、「どうせそんなこったろうと思ったよ!」的な。いやいや、そこがいいんだ! なんてったって『こち亀』なんだから。


 読んだ方ならばご存じのように、『京極堂シリーズ』は江戸時代の絵師・鳥山石燕の妖怪画集『画図百鬼夜行』4部作(1776~84年)におさめられた妖怪たちとリンクした怪異が発生する設定となっていまして、今のところ、石燕がえがいた207体の妖怪のうち(中には「隠れ里」「宝船」「逢魔が時」など個体の妖怪とみなされないものもある)、京極先生の単行本化された作品に登場したのは「54体」となっています(2011年11月現在)。その最新54番目がぬらりひょん先生だったと!


 まだ4分の1なのか……オールコンプリート目指して、がんばれけっぱれ、京極先生~!!

 『ぬえのいしぶみ』、ほんとに期待してます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

千葉から桜木町、桜木町から阿佐ヶ谷いってクリーチャー見学

2011年11月14日 15時22分07秒 | 日記
 どうもどうも、おこんにちは~。そうだいでございます。

 今日はふつうの日記なんですけど、昨日、久しぶりに一日中なんにもない空き日だったので、散歩してきました。

 我が『長岡京エイリアン』で散歩っつったら、やっぱこれなんですよねぇ~。


桜木町恨道中2011秋 意外と暑い(さくらぎちょううらみのみちゆきとうぇにぃいれぶんあき・いがいとあつい)
 もうね、恨みもへったくれもないレジャーになって久しいんですけど……


 いやぁ~、ビックラこいたね。11月なのに歩いてるだけで汗だくになっちゃったんですから。
 お昼に千葉の家を出た時、すぐに「あっ、マフラー忘れた。」と思ったんですけど、実際に歩きはじめてみたらマフラーじぇんじぇんいりませんでした。むしろハンカチがいるくらいだんたんだから。持ってかなくてよかったわ。
 昨日は天気よかったですからね~。日が落ちるのが早いことでやっと冬が近いんだなって気づくほどの暖かさ。散歩には最適でした。

 今回の出発地点は、JR京浜東北線の鶴見駅(神奈川県横浜市鶴見区鶴見中央)。目的地の桜木町駅まではおよそ11キロの距離があります。

 いや~、少しずつ桜木町に近づいていくというこの正気を疑うプロジェクトも、いよいよ10キロ圏内というあたりに入ってきました。最初は15~20キロあったんですよ。
 それにともなって、行程もずいぶんと楽になってきましたね~。昔は、散歩の次の日は満足に歩くのもままならないくらいに足裏が崩壊していたんですから。散歩じゃねぇ~。

 日曜日の散歩はいいですね~。休日なので子ども連れが多かったんですけど、道行く人々のさまざまな顔を見ることができるのが私の散歩の醍醐味です。
 特に横浜のみなとみらい近辺はいつものにぎわいで、おしゃれなおめかしをした親子は見ていて飽きません。横浜はなにが都会的って、「お父さんまでちゃんとおしゃれ」なのが決定的に都会的なんですよねぇ! 休日に外出するお母さんと子どもがおしゃれなのは当たり前として、お父さんまでもがスリムでハイソなのはなかなかですよ。あの、「ハゲてるのにカッコイイ」スタイルはぜひとも参考にさせていただきたいと! いやいや、パパ全員ハゲてたわけじゃないんですけど。

 ところで、今年の秋冬はなんか、「袖のない防寒グッズ」がはやってるんですかねぇ。
 これは、ふだんお店で働いている時から思ってたんですけど、若い女性の方々で、大きめのショールをまとってたり可愛いケープを着てたりする人が多いような気がするんだなぁ。
 それはそれでいいんですけど、私はそれに乗っかってこういうことを願っています。

男も堂々とマントを着て歩ける流行が来てほしい!!

 私はマントがめっぽう好きで、冬になるとどうしてもマントをひるがえして堂々と外出したい願望にかられてしまうのですが……まぁ~なかなか実行できないのよね。
 なんか、「自意識過剰!」と言われてしまえばそれまでなんですけど、着て歩くと少なからぬ人たちからしろ~い目で見られてしまうような気がするんだなぁ。
 私の現在所有しているマントは全部で3着ありまして、すべてがかつて普通に「冬の外套」として日本で使用されていた実績のあるシックな黒いものです。
 なもんで、ことさら目を引くような「裏地が赤」とか「エリがでかい」とかいうドラキュラっぽい派手なものじゃあないんですけど、やっぱりなんだか覚悟がいるんだよなぁ、着る時は。

 まず、働き先が家の近くにあるので、家の近辺では絶対に着ることができません。なんか、気合いを入れて遠出する時くらいにしか着られないんだよなぁ~。
 なんかねぇ、男もマントをカジュアルにパパッとはおって歩ける時代が来ればいいんだけどなぁ、なんて夢想しつつ……

 でも、マントはなにかと不便だからねぇ。道端の物にひっかからないように始終気をつけなきゃいけないし、袖がないと自転車もあぶなくて乗れないし。それに意外と寒いし! 真冬にマントを着る時は、中に着る服もそれなりにぶあつくしないといけないからトータルで考えるとマントの意味がほぼなくなるんですよ!
 そんなこんなで流行史から消失した理由もよくわかるわけなんですが、それでも着たい黒マント。許してポリスメ~ン。


 目的地の桜木町に到着したあとは、いつも通りにシネコンの「ブルク13」に入ってミルクジェラートを食べました。
 そこでいつもだったら何かの映画を観る流れだったのですが、今回は特に観たいものもなかったし、このあと行く場所があったので早々に出ました。

 桜木町を出たあとは来た道をちょっともどり、みなとみらい線の新高島駅から私鉄に乗って、今度は渋谷へ。みなとみらい線、おっしゃれ~。でも、もう使う機会はないかな……おしゃれじゃない私はなんでも歩いて済ませようとするからなぁ。そんなんだがらだめなんだべずぁなれ。


 渋谷から山手線と中央線を使って到着したのは阿佐ヶ谷。駅から歩いて5分ほどの距離にあるギャラリー白線。
 そこで開催されていたのは、

「韮沢靖×百武朋 展 Niraism Vol.4 『The Mask』」

 先月の末くらいからやっておられたそうで、私が行った昨日13日が最終日でした。

 これは読んで字のごとく、平成仮面ライダーシリーズ諸作や『海賊戦隊ゴーカイジャー』の敵怪人デザインを担当し世界的に有名なクリーチャーデザイナーの韮沢靖さんと、『20世紀少年』3部作や『告白』『大日本人』などの数多くの映画で特殊メイクを手がけているメイクアップ・造形アーティストの百武朋(ひゃくたけ とも)さんによるコラボレーション展です。
 韮沢さんのみの個展はこの白線さんでよく開催されていて、私も去年あたりに行ったとかなんとかつづった……っけ?

 お2人は、前回この『長岡京エイリアン』で紹介した映画『妖怪大戦争』(2005年)でも、日本妖怪を百武さんがデザイン・造形して魔人・加藤保憲ひきいる機械妖怪を韮沢さんがデザインするというかたちで競演したりしておられたのですが、韮沢さんのデザインを百武さんがモデリングするというコラボ展は今回が初めてなんですって。こりゃぁ~なんとしても行かねばならんでしょ!!

 なんやかんやあって私が到着したのは夕方6時ごろだったのですが、会場は最終日ということもあって、韮沢さん百武さんのご両人はもちろん揃って在廊しておられ、お客さんはほんとになんの誇張もなく会場から外にはみ出ている盛況っぷり。にぎやかだったねぇ~。

 会場内には所せましと韮沢さんのデザイン原画と百武さんのマスク実物が展示されており、当然ながらタッチはできないのですが、ほんとにほぼゼロ距離でとんでもねェ~お仕事の数々が堪能できるというあんばいなんでございますよ。

 いや~、もうしあわせ。

 韮沢さんに関してはもはや申すこともないのですが、今回はじめて間近で観た百武さんのお仕事は素晴らしかったです。

 映画などの作品の中で特殊メイクのほどこされたものは、例えば「怪物の顔」だったらたいていは薄暗い夜のシーンだったり、素早く動き回って長々とカメラにはおさめられていなかったりする場合がほとんどで、そうかと思えば有名な『告白』の中での使われ方のように、特殊メイクとさえ確認できないようなさりげなさでいつの間にか画面に紛れ込んでいたりするので、はっきりとそのレベルの高さを思い知る機会は実はそう多くないわけなのですが……
 やっぱり、「見えるところだけちゃんとやる」じゃあ到達できない域にいらっしゃるんだなぁと。

 感服しましたねぇ~。特にびっくりしたのは、現在公開中の映画『スマグラー』に登場しているという「鬼」のモデルでした。
 すごいんですよ。ただの恐い顔の鬼じゃないんですよ。
 ものすごいアプローチで「地獄の鬼」をリアルにあらわしてんのよねぇ。あの発想のもとは……たぶん「アレ」なんじゃないかと思うんだけどなぁ。ご本人に確認しなかったことが今さらながら口惜しい~! せっかくのチャンスなんだからちゃんと聞いときゃよかったァ~ン。

 他の作品もまぁ軒並みハイレベルで。
 口の中の歯並びとか、その顔の皮の下にある骨格までもがしっかりできてんのよねぇ!
 もう、ならんでいる凶悪クリーチャーたちそれぞれのご両親のお顔までもが容易に想像できるリアリティがあるんですよ。
 ふだんどんなモノ食ってるんだろとか、休日はどうやって過ごしてるんだろとか、いろんな妄想をさせてくれるのね。

 いや~、お2人とも素晴らしいお仕事だ。確かに魂がつぎ込まれている。これこそ愛。これこそプロ。
 いいもの観させていただきました……大感激。


 ギャラリーは私の勝手な予想に反して女性のお客さんが多い多い! 7割くらいが女性でした。しかも若くてきれい。
 そんな中で、韮沢さんも百武さんも女性がたに囲まれててんてこまいだったんですけど、会話の流れからしておそらくはどこかの美術大学のデザイン系の学生さんらしいかわい娘ちゃんが百武さんとこんなやりとりを。


娘 「わたし、こういったデザインが大好きなんですよぉ。映画もよく観ます。」

百 「どういうの観るの?」

娘 「『スターウォーズ』とかぁ。」

百 「へぇ。エピソードなに?」

娘 「エピソードとかはよくわからないんですけどぉ、新しいほうのシリーズが大好きです!」


 ……時代も変わったもんだねぇ。『スターウォーズ』のエピソード1~3のほうが好きだなんて言う子が出てきちゃったんですってよ奥さん!
 そりゃあ人の価値観はさまざまですけどね。場所が場所だったら一刀のもとに斬り伏せられても文句はいえないレベルの発言よ。

 しかも、話している相手が百武さんなんですからね。プロの特殊メイクアーティストに対して「私、CG だいっすき!!」って言うことに近いんじゃん? それ。
 百武さんは紳士的に「ふ~ん、そうなんだ。」と受けておられていました。見た目どおりの大人物だ。


 う~ん、若いってステキ。
 目を細めながら阿佐ヶ谷をあとにしたわたくしでございました~。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トゥニファスセンチュリズスキツォイドぬらりひょん ~ぬらりひょんサーガ 第22回~

2011年11月12日 14時22分19秒 | ゲゲゲの鬼太郎その愛
《前回までのあらすじ》
 「原作テイスト重視」をうたったアニメ第4期『ゲゲゲの鬼太郎』に重要な悪役キャラとしてレギュラー出演したぬらりひょんは、それゆえに原作マンガの空気感とアニメオリジナルの設定との板ばさみに苦しむこととなってしまった。もともと原作マンガにはそんな「巨悪」なんて存在していないのだ!
 第4期での苦悩によって、原作をはるかにしのぐ勢いで1980年代のアニメ第3期発祥のイメージが世間に浸透しているということをはからずも思い知らされたぬらりひょんだったが、いつまでも過去の経歴をなぞっているようでは妖怪としての寿命もたかが知れたものになってしまう……
「よし、またいっちょやったるかい。」
 アニメ第4期も無事に終了し、人類が新しい世紀をむかえたころ。ぬらりひょんの再びの武者修行がはじまった!


 1968年に始まったアニメ版『ゲゲゲの鬼太郎』は、現時点で最新の第5期にいたるまで日本アニメ界定番の人気シリーズとなっているのですが、各シリーズの放送期間のあいだには、だいたい10年ほどのブランクがあくようになっています。最初の第1期と2期とのあいだだけ約2年なのですが、これはスタッフもキャスティングもほぼ同じ地続きのつながりになっているため、多くのポイントがリニューアルされる他の3期と4期、4期と5期との関係とはちがったものになっています。
 ということは、1990年代に放送されたアニメ第4期の「次のシリーズ」は、おそらく10年後。21世紀に入って00年代のなかばに始まるであろう、ということは想像ができました。実際に高山鬼太郎の大活躍する第5期はそのあたりに放送されることとなったわけなのです。

 さぁ、それではその10年間をどう使っていくことにしようか。
 我らがぬらりひょん先生が選んだ道は、かつてアニメ第3期と4期とのあいだの10年におこなったものと同じものでした。

「とにかく、いろんな作品に顔を出す! そこから妖怪ぬらりひょんとしての新たな可能性をきりひらくんじゃ! レッツゲッツブランニュウトゥモウロウ。」

 さすがは総大将(ときどき)。新世紀に入っても、そのみずみずしいチャレンジ精神が衰えることはいささかもありませんでした。
 こういった決意とともに、あらたなアニメ第5期『ゲゲゲの鬼太郎』が始まるまでの00年代の前半~中盤、ぬらりひょんはさまざまなメディアに登場することとなったのです。


 まず最初の修練の場に選んだのは、なんと「ゲームの世界」! あったらし~。

『ゲゲゲの鬼太郎 異聞妖怪奇譚』(2003年12月発売 プレイステーション2専用ソフト)

 これは、「水木しげる生誕80周年記念企画」としてコナミから同時発売された3作の『ゲゲゲの鬼太郎』関連ゲームソフトのうちの1作です。

 ファミリーコンピュータが革命的に大流行した1980年代以降、大人気作『ゲゲゲの鬼太郎』を題材にしたゲームソフトは数多く製作されており、「人気マンガ」だからだけでなく「アニメのタイアップ商品」としても魅力的なものとなっていたゲーム版『ゲゲゲの鬼太郎』は、アニメ第3期にあわせたファミコンソフト版から第5期にあわせたWii ソフト版にいたるまで、さまざまなタイトルが販売されていました。
 そしてそのどれもが「当時放映されていたアニメ『鬼太郎』のタイアップ」という面が強かったわけなのですが、発売された時期に「アニメがやってなかった」2003年の3作は、アニメの制約にとらわれていない非常に珍しいものになっていたのです。私ははっきり言ってゲーム業界に関してはずぶずぶの素人なので(ブログのタイトルがこんなんなのに)よくわからないのですが、この2003年だけが「コナミ」の商品で、それに前後したすべての『鬼太郎』ゲームが「バンダイ」である、ということも、何かしら「タイアップ戦略」というものと関係があるのかもしれませんね。

 そんな不思議な位置にある2003年のコナミ版『ゲゲゲの鬼太郎』3作なのですが、他の2作は、アクションRPG の『ゲゲゲの鬼太郎 危機一髪!妖怪列島』(ゲームボーイアドバンス)と、アクションの『ゲゲゲの鬼太郎 逆襲!妖魔大血戦』(プレイステーション)となっています。
 3作あるのに、なぜPS2 の『異聞妖怪奇譚』だけをピックアップしたのかといいますと、このシミュレーションRPG 形式の『異聞妖怪奇譚』だけ、まるまる1本分のアニメ作品なみに豪華なキャスティングによるセリフが楽しめるからなのです!

 ゲームソフトのデータ容量が、ファミコン時代から劇的に拡大していったのは申すまでもなく、新世代ゲームソフトとして当時脚光を浴びていたPS2 のかたちで製作された『異聞妖怪奇譚』は、鬼太郎ファミリーとなみいる凶悪妖怪たちとが激突するといった筋書きで数多くのキャラクターが語るシーンがふんだんに用意されていました。人間の肉声を長時間、膨大に収録できるゲームソフトなんて、『いっき』のころには考えられなかったことよねぇ~。他の『危機一髪!妖怪列島』はかけ声のみで、『逆襲!妖魔大血戦』は純然たるアクションゲームのため声はありません。

 デザインをあわせるべきアニメ作品が無いということで、『異聞妖怪奇譚』のキャラクターは全面的に水木しげるの原作マンガ・イラストを利用しているものとなっています。
 ただし、内容的に鬼太郎にやる気がなければちっとも話が進まないものであるため、原作の見た目の鬼太郎がアニメ第3期なみのヒーローになっているという不思議な味わいがありますね。

 コナミ版の3作すべてが「鬼太郎サーガ」の歴代強敵キャラクター総出演の中、我らがぬらりひょん先生はといいますと、大ボスの1人として『異聞妖怪奇譚』と『危機一髪!妖怪列島』に登場しています。

 ちょっとこの、『異聞妖怪奇譚』のスゴすぎる声優キャスティングをご覧ください。


 ゲゲゲの鬼太郎……松本梨香(35歳)5代目の声優となる
 目玉の親父  ……熊倉一雄(76歳)初代&当時現役中の田の中勇より年上
 ねずみ男   ……野沢那智(65歳)のち2008年に『墓場鬼太郎』で再々登板した初代の大塚周夫に次ぐ年長
 猫娘      ……宮村優子(31歳)5代目の声優となる
 ぬらりひょん ……滝口順平(72歳)のち2010年に『ぬらりひょんの孫』で登板した大塚周夫に次ぐ年長
 ドラキュラ伯爵……大塚明夫(44歳)『ゲゲゲの鬼太郎』に出演したドラキュラ声優としては3代目
 バックベアード……小林清志(70歳)2007年にアニメ第5期で再登板した柴田秀勝にならぶ最年長
 吸血鬼エリート……八代駿 (70歳)同年の6月に逝去しているため、この作品が遺作となる


 スッゲ~!! こ、これでTVシリーズが観てみたかった。
 5代目の鬼太郎声優はコナンくんじゃなくて『ポケットモンスター』のサトシだったんだ。バケモンゲットだぜ!!

 総じて、「これがシリーズになったらギャラの問題で打ち切りになるんじゃないか」といらぬ心配をしてしまうほどの豪華さになっていることがおわかりかと思います。1回こっきりのゲームだからこそできるぜいたくですよね!
 また、基本的に「キャラクターの静止画に声をあてる」という形式となっているため、アニメのようにキャラの動きやカット割に制約されない、実力派声優のみなさんおのおのの「本来の語りの魅力」が堪能できるといった点でも素晴らしい作品になっているわけです。

 ぬらりひょん声優としては通算5代目となった滝口さんが、かつてアニメ第3期のオリジナル劇場版で衝撃の問題妖怪「チンポ」を演じていたことはすでに触れましたが、憎めないコミカルさを持ちつつも、ちょっと声を低くしただけでドスのきいた冷徹な悪人になることもできるという滝口さんの芸の幅は、まさしく「妖怪総大将ぬらりひょん」にふさわしいものだったのではないでしょうか。1回だけっていうのは、いかにも惜しかった! ドクロベーさま~。
 ちなみに、このゲームをプレイされた方はご存じかと思うのですが、ここでのぬらりひょんは多少「不本意な役回り」で登場しており、バトルアクションに向かないためか、朱の盤の姿は影も形もありません。終始アウェー感がぬぐえない仕事でしたなぁ~。


 さてさて、ゲームだからこそのTVシリーズを超えかねない豪華キャスティングが実現したコナミ版『ゲゲゲの鬼太郎』に出演を果たしたぬらりひょん先生でしたが、お次はそうとう久しぶりの「実写版」! しかも、『ゲゲゲの鬼太郎』の作品世界にまったく影響されない場所での出演とあいなりました。


実写特撮映画『妖怪大戦争』(監督・三池崇史)2005年8月公開

 これは「角川グループ60周年記念作品」と銘打たれた文字通りの大作映画! タイトルが同じ『ゲゲゲの鬼太郎』のエピソードや1968年公開の怪談映画とは直接の関係はないのですが、日本妖怪軍団と西洋からやって来た古代バビロニアの邪神ダイモンとの死闘を描いた1968年版の『妖怪大戦争』の興奮を現代に復活させようという企画当初の意気込みがひしひしと伝わってくるものとなりました。

 この映画は『ゲゲゲの鬼太郎』ワールドとは基本的に関係がなく、かつて1960年代末に起きた昭和の「第1次妖怪ブーム」にのって大映が製作した『妖怪3部作』から始まる「妖怪映画」の気風を受け継いだものとなっています。
 とはいえ、海外のホラー映画やスプラッタ映画に押された日本の妖怪映画は「恐くない」「古くさい」ということで衰微していき、1990年代後半以降に『リング』や『呪怨』の大ヒットによって巻き起こったいわゆる「Jホラーブーム」隆盛の時期に、特殊メイクアップアーティストとしても著名な映画監督の原口智生(ともお)が手がけた2000年の『さくや 妖怪伝』(主演・安藤希)や2004年の『跋扈妖怪伝 牙吉』(主演・原田龍二)といった意欲作はあったものの、制作費や公開規模の問題、それ以上に作り手と受け手とのあいだにあった「妖怪映画」観のズレ(ハード路線かファミリー路線か?)から、さほどのヒット作になることも残念ながらありませんでした。

 ところが、制作費13億円というとてつもない規模で作られた平成の『妖怪大戦争』は、いい意味でもよくない意味でもそういったジメジメした日本の妖怪映画のイメージを超越したものがあり、これはやっぱり当代きってのエンタメ監督・三池崇史の個性によるところが大きいのですが、老若男女が単純に楽しめるどこまでも「陽気」なお祭り作品になっているのです。

 この作品の大筋は、かつて日本列島にいたさまざまな先住民族を滅ぼして現在の繁栄を築いた日本国家の転覆・滅亡をはかる魔人・加藤保憲(演・豊川悦司43歳)がそうとう久しぶりに復活し、みずからの手勢となる機械妖怪を錬成するために日本全国の妖怪たちを拉致する加藤と、それに対抗して決起した妖怪軍団との大戦争が勃発するといったものになっています。主人公は、日本妖怪軍団に救世主「麒麟送子(きりんぞうし)」だと唐突に選ばれることになってしまったふつうの小学生・稲生タダシ(演・神木隆之介12歳)。

 魔人・加藤がラスボスという点から見てもおわかりのように、この作品の脚本プロデュース・ノベライズは『帝都物語』シリーズで有名な小説家・荒俣宏が手がけており、ご自身も京極夏彦、そして水木しげる御大とともに作品のクライマックスに特別出演しています。

 だがしかし!! あの旧帝国陸軍の軍服・マント姿で有名な魔人が復活!? と血沸き肉躍った全国の加藤ファンの期待にもかかわらず、21世紀に復活した加藤を演じたのはなぜかおしゃれな黒コート姿のトレンディなトヨエツさん。
 なぜ!? なぜ嶋田久作さんじゃないの? 嶋田さんだって加藤の役ができないほど老けちゃったわけじゃないでしょ! 嶋田さんは2005年当時で50歳。外見だって若々しいし、『妖怪大戦争』の劇中でも加藤が激しいアクションを演じるシーンはそれほどありませんでした。

 当時は私も「なんで嶋田さんじゃねぇんだよ!?」と思いながら映画館に向かったし、映画館を出てからも「なんで嶋田さんじゃなかったんだよ……」とぷりぷりしていたのですが。

 でもね、今となってよくよく考えてみると、ここが三池監督の『妖怪大戦争』を端的に象徴している采配なんですよねぇ。
 もちろん、嶋田さんがオファーを断ったという可能性もありますが、三池監督の作品に「ガチの」加藤保憲が出ちゃいけなかったんですよ。

 要するに、『妖怪大戦争』はどこまでも「お祭り」じゃなきゃいけなかったんです。
 12歳という、明日には声が変わって大人になっていそうな微妙で繊細な時期の神木くんを主人公に設定してフィルムにおさめることもそうだし、近藤正臣に菅原文太に竹中直人に阿部サダヲ、お笑いからは宮迫博之に岡村隆史といったにぎやかなキャストが一堂に会するといったあたりもまさにお祭り。
 私が観るかぎり、「このタイミングでやらなきゃもうやれない!」といった瞬間をおさえることに生き甲斐を見いだしていると思われる三池監督の作品である以上、『妖怪大戦争』は「日本妖怪史上のナントカ」とか「特撮映画史上のナントカ」という歴史年表におさめられるようなふつうの映画じゃなくなっているのでした。

 いろいろ言いたいことはあるのですが、乱暴にまとめてしまえば、

「三池映画は何回あけてもおもしろいおもちゃ箱! でも、おもちゃの1つ1つに深い意味やこだわりはない。」

 これですねぇ~。妖怪にさほど興味もなさそうな三池監督がプロフェッショナルに最高の妖怪映画を撮ろうとしているからいいんですよ。「適度なテキトーさ」が、お客さんの肩の力をぬいてくれるんですね。
 妖怪が大好きで『帝都物語』が大好きな誰かがメガホンを撮っていたら、それはそれでマニアックないい映画にはなっていたのでしょうが、三池監督の『妖怪大戦争』ほど多くのお客さんが笑って楽しむ映画にはなっていたかどうかははなはだ疑問です。そこが三池監督の世に希なる才能なのよねぇ!


 ここでぐぐっとお話を本題に戻しますが、この『妖怪大戦争』に登場した妖怪ぬらりひょんこそが、数ある妖怪軍団の中でも最も作品の「お祭り」要素を体現したキャスティングになっているのでした。

 1980年代に作られた『月曜ドラマランド』版とオリジナルビデオ版に続いて実写版3代目のぬらりひょん俳優を演じることとなったのはなんと、

忌野清志郎54歳!!

 異様に大きなはげた頭という部分は特殊メイクがほどこされているのですが、顔はそのまんま忌野清志郎。演技もそのまんま忌野清志郎。ほぼおじさんのフリートークに近い無責任なセリフしか言いません。
 この作品での妖怪ぬらりひょんは、まさしく江戸時代の『画図百鬼夜行』にあるにやけ顔の「ぬうりひょん」のみをベースとしたキャラクターとなっており、その後の「妖怪総大将」「ウソが得意な凶悪妖怪」といった諸要素はまったく排除されたのんびりフワフワした存在となっています。衣装も、同じ和服とはいいつつ「鬼太郎サーガ」で定番の地味でカタい印象の羽織姿とは真逆で、アゲアゲで遊びまくっているお大尽といった感じの錦の長羽織(ひざ下まである大きな羽織)姿となっています。これも「ぬうりひょん」のあかしですよね。

 そのとおり。この『妖怪大戦争』での忌野ぬらりひょんは、あの『大映妖怪3部作』での、「ただ百鬼夜行にまざって歩いているだけのモブぬらりひょん(かぶりものをかぶった子役)」の直系の子孫だったのです!
 だから、悪くもないけど存在意義もない。
 劇中、堂々と登場した忌野ぬらりひょんは終始、魔人・加藤との全面戦争には消極的で、前半にめんどくさがって退場したあとには、クライマックスにちらっと顔を出すだけでほとんど活躍しませんでした。ほんとに役に立ってない!

 ここですよ。こんな泡沫な役を忌野さんがやっていることが『妖怪大戦争』のスゴさと楽しさなんです。
 これを「ふざけてる」とか「もったいない」とか言ってるようでは粋じゃないわけなんですなぁ。

 ちなみに、この『妖怪大戦争』のテーマソング『愛を謳おう』を歌唱していたのは、その忌野清志郎さんと井上陽水の超ビッグデュオだったのですが、陽水さんのほうが『妖怪大戦争』に妖怪役として特別出演することはありませんでした……
 これは実に残念なことだったのですが、私としては、シルエットがそっくりなのでぜひとも「バックベアード」の役で顔だけ出演してほしかったです。
 ま、そこでおいそれと出てこないのが妖怪・井上陽水であるわけでして……

 ところで、何度も言うようにこの『妖怪大戦争』は『ゲゲゲの鬼太郎』との世界観の直接のつながりは無いのですが、登場した河童(演・阿部サダヲ)のセリフに「ゲゲゲの鬼太郎がどこかに存在しているらしい」内容の文言が出てくるのが非常に興味深かったですねぇ。
 無論のこと、これも三池ワールド一流の「おあそび」なのでしょうが、今となっては2007年の実写劇場版『ゲゲゲの鬼太郎』への布石になっていたような気もしないではありません。観たかったねぇ、「加藤保憲 VS ゲゲゲの鬼太郎」!!

 ただ、これはまた次の機会にしますが、実写映画版『ゲゲゲの鬼太郎』2作があらゆる点で『妖怪大戦争』を大きく下回るものであったことは残念でなりません……

 参考までに、鬼太郎ファミリーとして有名な妖怪からは、砂かけ婆(演・根岸季衣51歳)と一反木綿と塗り壁が『妖怪大戦争』に登場しています。


 まぁこんなわけでして、21世紀に入っても、「鬼太郎サーガ発祥の凶悪ぬらりひょん」と「それ以前のわけわかんないぬらりひょん」という分裂状態は続いているというわけだったんですなぁ。

 次回は、ついに満を持して京極夏彦の妖怪小説『京極堂シリーズ』に登場したぬらりひょん先生の大活躍から~。
 ……え? 『ふんどし』? たった60ページの短編?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする