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蓮舫氏 高卒発言の批判について

2020-05-02 17:12:06 | 日記
蓮舫氏 高卒発言の批判について
  「学校やめたら高卒になる」この発言が差別的だというが、誰もが、学歴社会で生きていると言って良いと思う。
  高卒であることの不利は、多くの人が理解しているし、実感している人も多いだろう。支配階級、会社の偉いさんから、政治家まで、ほとんどの人が大卒で構成されている。それだけでなく、有名なところでは三田会だとか何とか会、大学閥をいつまでも引きずっている人が世の中に多くいる。(高卒発言は批判しても、何とか会での親睦とかいう排他的活動については、誰も文句を言わない。高卒では入れない会なのだが。)
  高卒というのは、その人を表示する一つの機能だ。大卒というのも、その人を表示する一つの機能、多くの人がこの表示を欲している。
  xという人物が、どういう人間か、他人が知るには、学歴や職歴、そういう帰属、所属するものを見てその人間を判断しているのだ。その時、xに東大卒xと市立〇〇高卒xと見比べている。
  そういう社会であり、高卒の人の生涯年収と、大卒の人の生涯年収を比較すれば、大卒の方が生涯年収で得をするそういう社会であるのは明白なことだ。
  この大卒の表示を得ると、得ないでは、確率的に生涯年収が下がるのは、全体から見れば当然のことだ。
  高卒や大卒の表示が、人間の良し悪しでないことは当然だ。そこにあるのは、その人物が示す機能の表示なのだ。人間の良し悪しの表示、価値観の表示ではない。
  この高卒や、大卒という機能、これを社会システムとして機能させている以上、高卒の者が大卒の者の指示をきく立場、これは変わりはしないだろう。
  一部の高卒の人が、当てはまらないことはそのとおりだ。ガス抜きのように高卒の人でもこういう人物がいる。そういう言われ方をすることが多いだろう。問題は、社会的に特定の個人でなく、その層、集団に属する人がどういう立場に立っているかそれを知ることが重要なのだろうと思う。