都会を離れ、地方に移住する動きが広がっている。子育てに適した豊かな自然や広い住環境、のんびりした雰囲気は魅力的だ。国や自治体も後押しし、補助金が出る場合もある。若年層を中心に急速に進む地方の人口減少を緩和する効果も見込める。半面、リスクもある。人気を集める移住先とその背景を探ってみた。(編集委員・吉田薫)
◆「魅力度ランキング」下位でも、移住者に人気の北関東
NPO法人「ふるさと回帰支援センター」(東京・有楽町)への移住相談件数は2013年に約1万件だったが、23年には6万件近くに上った。
新型コロナをきっかけにしたテレワークの普及や、家賃や食費など生活費が高い暮らしは、都会から人々を押し出す「プッシュ要因」になる。一方、地方の自治体はさまざまな誘致策を掲げて、子育てファミリーを呼び寄せようとしている。美しい風景を表紙にしたパンフレットが移住への関心をかき立てる。
同センターへの23年の相談件数で、1位は静岡県で、群馬、栃木両県が続く。マスコミでよく取り上げられる「都道府県魅力度ランキング」では、北関東各県は下位の常連だが、移住者の人気は別のようだ。
静岡県の担当者は「東京に近く、なじみがあるうえ、都市が比較的大きくて、仕事がありそうだという印象が功を奏しているようです。自然が近くにありながら便利なところが好まれています」と話す。2位の群馬県は全35市町村がセンターに登録しており、誘致に熱心だ。
◆移住先の条件の最多は「就労の場」
センターへの相談者の年代は20代から50代の「現役層」の比率が年々増加し、20年以降は9割を占める。最も多いのは30代だ。移住先を選ぶ際の条件としては「就労の場があること」が最多で、次いで「自然環境がよい」「住居がある」と続く。地方都市への移住を希望する人が4分の3を占め、農村や山村への希望を引き離している。
もちろん、子育て支援の充実を強く求める人もいれば、ライフスタイル重視で里山・古民家を探す人もいる。だが多くの移住希望者はロマンを追い求めるよりも、堅実な生活を確保しようとしている。
◆全国の空き家、過去最多の900万戸
地方の人口減少は深刻だ。国立社会保障・人口問題研究所は20年の人口と50年の予想人口を比較した。都道府県別で最も減少率が大きいのは秋田県で、マイナス42%と人口がほぼ半減する予想が出ている。次いで青森、岩手、高知の各県が続く。増加するのは東京都だけだ。
空き家の数は昨年、全国で900万戸と過去最多を記録。空き家率は全国で14%で、大都市圏よりも地方の方が高い。
政府は14年に地方創生への取り組みを始め、特区を設けて、政府機関の地方移転なども呼びかけてきたが、実際には地方の過疎化は止まらない。今年6月に政府は10年間の成果を報告書にまとめた。そこでの評価も「地域によっては人口が増加し、地方創生の取り組みの成果が一定数ある。しかし東京圏への一極集中など大きな流れを変えるには至っていない」と厳しい。
目覚ましい人口増の地域もある。熊本県菊陽町(きくようまち)の人口は1970年に約1万人だったが、2015年には4万人を超え、40年には5万人近くになる見通しだ。世界的な半導体企業の工場誘致などが要因だ。北海道ニセコ町は北海道では数少ない人口が増えている自治体の一つだ。スキーリゾートが外国人に受け、別世界のにぎわいになっている。地域おこしへの民間の影響の大きさを示す実例だ。
◆500万円、土地建物タダに…自治体の競争激化
自治体の移住者獲得競争は激しさを増している。
「移住者に500万円を差し上げます」。宮崎県都城市のアピールは、金額で突出している。10年以上住む意思があり、正社員として勤務したり起業したりするなどの条件を満たし、夫婦と子ども3人で同市の中山間部に移った場合、これだけの金額を得ることができる。都城市はふるさと納税で年間100億円を超す自主財源があり、こうした施策が可能になった。
条件が現在より緩やかだった昨年度の移住者数は駆け込みもあって3700人に達し、13年ぶりの人口増を記録した。人口16万人の市としては全国的にも驚異的な増加ぶりだ。
他の自治体も支援金制度を競っている。宮城県七ケ宿町(しちかしゅくまち)は住宅支援が手厚い。中学生以下の子どもがいる世帯が、町有地の新築賃貸住宅に20年住み続けると土地と建物が無償で譲渡される。埼玉県熊谷市は新幹線通勤を補助する。40歳未満の移住者に対して最大で月2万円の補助金を支給している。条件はJR熊谷駅を新幹線通勤の拠点とすることなどだ。テレワーク環境やシェアオフィスの整備も多くの自治体が進めている。
◆イメージの食い違いで「炎上騒ぎ」
しかし優遇は古くからの住人との不公平をもたらし、お金目当ての人が集まるのではという批判もある。お金を移住者に直接渡すより空き家整備や家賃補助、教育費、起業支援など、移住を助けるきめ細かな政策ができるはずだという指摘もある。
移住は憧れだけではできない。うまくいかないケースには、準備不足や移住へのイメージの食い違いがある。福井県池田町は23年1月の広報誌に「池田暮らしの七か条」を掲載した。「町の風土や人々に好感をもって移り住んでくれる方々のための心得」という趣旨だったが、「これまでの都会暮らしと違うからといって都会風を吹かさないよう心掛けて」といった表現が、交流サイト(SNS)上で「炎上騒ぎ」になった。池田町は内閣府の優良事例にも選ばれるほど、移住に熱心な町だ。騒ぎの後、地元住民と移住者、移住希望者らを集めた交流会を開き相互理解を図っている。
◆なじむ努力、なじめるための支援で相互理解を
ふるさと回帰支援センターの高橋公(ひろし)理事長は「移住者は誰とどこで何をして生活するか、テーマを持って移住することが重要だ。仕事も含め、しっかりと準備をして、地域になじむ努力も必要」と話す。自治体に対しても「一に求められるのは住むところ、二に仕事。移住者は退路を断って来ていることを承知して助けてほしい。三は地域の応援団。移住者がなじめるための支援が必要だ」と要望する。
互いに敬意を払い、理解し合うことが、何よりも重要なようだ。「戦後の高度経済成長期に地方から都会へ人が流れて、経済発展を実現させた一方で、格差が拡大した。私たちはそれと同じくらいの時間をかけて、人口を地方へ移し、地方をよみがえらせたい」と高橋さんは話している。
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