日本大学前理事長、田中英寿被告(75)の脱税事件の判決公判が29日、東京地裁である。半世紀前の「日大闘争」では大学の不正経理に学生が決起したが、理事の資金流用に始まった今回の事件で目立った抗議行動はなかった。なぜか。学生自治会結成を目指す自主サークル「日大学生会プロジェクト」代表の渡部大雅さん(21)=文理学部3年=と、日本大学全学共闘会議(日大全共闘)設立に関わった森雄一さん(75)に対談してもらうと、ゆとりのない現役学生の苦悩と、全共闘世代の「あらがう権利」への意志が浮かんだ。(聞き手・小沢慧一)
記者の質問(Q) 田中前理事長の逮捕に学生の反応は
渡部 「周りでは憤る人は2割、諦めを持つ人が8割。みんな落胆はしても、サークルの会員制交流サイト(SNS)で思いを聞くと、反応は3000人のフォロワーのうち5人だった」
Q なぜ反応が薄いか
渡部 「大学に意見をしようとすると、周囲に白い目で見られる。『将来に影響する』と恐れる学生も多い。自分も過激なことはしたくなかった」
森 「当時も運動前は『大学ににらまれる』との意見が多かった。だが、集会を開くと大学側は、相撲部員だった田中前理事長のような体育会の学生を送り込み、暴力で阻止する。実力行使しかなかった」
渡部 「今は暴力はない…。暴力と決別し、解決策を探るべきだと思う」
Q 日大闘争が盛り上がった理由は
森 「戦後の民主主義第一世代で、社会の問題にどう関わるべきか意識していた。高度経済成長の中で就職は『何とかなる』と考え、学問や目の前の不満解決に集中できた」
渡部 「自分の周りは就職できないと『人生終わり』と考えているし、大学を将来に備える場所と捉え、自分が生き残ることに必死だ」
Q 今の学生の「現状を変える」意欲は
渡部 「低いと思う。少子高齢化や経済低迷で日ごとに社会が悪くなり、選挙で良くなる実感はない。デモは悪いことという印象があるし、社会を変えるのに効果的と思えない」
森 「確かにデモですぐ変わるほど世の中は単純じゃない。だが、デモは市民の意思表示の権利だ。若い人はもっと元気になり、現状を変えて活力を社会に与えてほしい」
日大闘争 1968年、税務調査で大学に約20億円の使途不明金が発覚したことをきっかけに、約3万人が参加した学生運動。東大全共闘運動とともに60年代の学生運動の象徴として知られる。日大全共闘は68年5月に結成。6月の決起集会では、大学側の体育会系右翼学生が机や椅子を投げ落とし、大学の要請を受けた警察機動隊も参入。学生側は校舎をバリケード封鎖した。運動は翌年まで盛り上がりをみせ、学生と警官各1人が死亡、1500人以上が逮捕された。
◆「逆らってたたかれるのは怖い。それでも…」
今の時代、社会運動を「悪いこと」と捉える人は少なくない。専門家らは「逆らうことに不寛容な雰囲気がより強くなっている」と口をそろえる。
関西大の坂本治也教授(政治学)らは、2020年に20~60代の男女約7000人に社会運動の印象を調査。15年の安全保障関連法案への抗議デモによい印象を持っている人はわずか6.4%で、若い世代ほど少なかった。
坂本教授は、欧米では10~20代が最も社会運動に積極的だとし、「国が豊かになるほど、社会に自分の考えを反映させたい思いが強まる」と指摘。経済的には豊かな日本で社会運動への意識が低いことに「欧米では黒人の公民権運動やベトナム反戦運動などの成功例がある。日本も半世紀前は盛り上がったが、次につながらなかった」と成功体験の少なさを挙げる。
学生運動に詳しい教育ジャーナリスト小林哲夫さんは「学校教育で自分の意見を表明させる訓練をさせないことが問題」と話す。「学校やお上が正義で、ちょっと逆らうとネットでたたかれる。その結果、デモを犯罪のように思い、主張することを知らない若者が見られる」と指摘する。
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