四月はじめに八十七歳で亡くなった英国生まれの絵本作家、デビッド・マッキーさんの作品に「せかいでいちばんつよい国」(光村教育図書)があります。あらすじを紹介します。《ある大きな国が小さな国に攻め込みますが、その小さな国には軍隊がなく、戦いになりません。小さな国の人々に歓迎された兵士は遊びや歌、料理を習います。大きな国の大統領が故郷に戻ると、家々からは小さな国の料理の匂いが。遊びも服装も小さな国のものがはやっています。そして大統領が口ずさんだのも、小さな国の歌だった…。》
国の強さを決めるのは軍事力ではなく、文化の力だという筋書きです。こうした考え方は決して絵本の中の絵空事ではなく、学術的にも研究が進んでいます。米国防次官補やハーバード大学行政大学院「ケネディ・スクール」の学長などを務めたジョセフ・ナイ氏は、文化、政治的価値観、外交政策の三つを源とする「ソフト・パワー」と、軍事力や経済力など「ハード・パワー」を組み合わせた「スマート・パワー」の重要性を指摘しています。米欧や日本などの国家は民主主義、自由、平等、法の支配、人権尊重、市場経済など普遍的な「共通の価値観」を掲げ、中国やロシアなど権威主義国家と向き合っています。これも軍事力や経済力に加えて、政治的価値観が重要な外交手段であることを示します。
◆「安保戦略」転換の動き
ロシアのウクライナ侵攻を受けて、日本国内では自民党を中心に自衛隊を増強し、防衛費を増額すべし、との議論が活発になっています。軍備拡張の道です。自民党安全保障調査会の提言は敵基地攻撃能力を「反撃能力」と改称して新たに保有▽国内総生産(GDP)比2%を念頭に防衛費を五年以内に大幅増額▽侵略を受けている国への幅広い装備品の移転−を政府に求めています。岸田文雄首相がどこまで受け入れるかは分かりませんが、政府が年内の改定を予定する国家安全保障戦略、防衛計画の大綱(防衛大綱)、中期防衛力整備計画(中期防)の三文書にどう反映されるかが焦点になります。問題は自民党の提言が、戦争放棄と戦力不保持の平和憲法の下、堅持されてきた「専守防衛」政策を逸脱する内容であることです。日本の平和と安全を守れる確証がないばかりか、平和国家という日本の政治的価値観、つまりソフト・パワーを損ないかねません。例えば敵基地攻撃能力の保有です。相手国の政府や軍司令部中枢など指揮統制機能を攻撃できる兵器を保有すれば、いくら反撃能力と呼び方を変えても、日本が専守防衛政策を転換し、先制攻撃の意図ありとの誤ったメッセージを送ってしまいます。先制攻撃は国際法違反です。ウクライナが今回、ロシアが攻めてきそうだからと先に攻撃していたら、国際社会の支援がこれほど集まったでしょうか。確かに、相手から武力攻撃されたときに初めて防衛力を行使する専守防衛は戦術的に忍耐を要することに間違いありません。しかし国際社会では先に手を出した方が負けです。専守防衛はよく練り上げられた国家戦略とも言えます。
◆専守防衛生かしてこそ
現行の国家安保戦略も「我が国の平和国家としての歩みは、国際社会において高い評価と尊敬を勝ち得て」いると認め、高い評価と尊敬を「より確固たるものにしなければならない」と記します。
中国の軍事的台頭や北朝鮮の核・ミサイル開発に加え、ロシアのウクライナ侵攻で、日本国憲法の理念である「平和主義」「専守防衛」への風当たりが、これまで以上に強まっています。憲法の岐路と言ってもいいでしょう。
ソフト・パワーを過大評価すべきではありませんが、最大限生かさない手はありません。情勢の変化に応じて他国に脅威を与えない範囲内で防衛力を整備する、アジア・太平洋地域の平和と安定を維持するため日米安全保障体制の信頼性を高める…。憲法にのっとった、こんな抑制的な対応こそが軍拡競争に歯止めをかけ、日本の平和と安全に寄与するのではないでしょうか。
一九四七年五月三日の施行から七十五年を経た平和憲法=写真は施行当日の中部日本新聞朝刊。その理念は色あせるどころか、今を生きる私たちに、国際社会を生き抜く力を与え続けています。
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