最大二倍を超える衆院選の「一票の格差」を最高裁は「合憲」としました。参院選ではなお三倍超もの不平等です。この問題を考えるいいヒントがあります。
米国での選挙の歴史です。実は米国は十八世紀の建国時に、意図的に選挙での一票の価値を不平等にしていたのです。
◆黒人差別につながった
当時は十三の州で合衆国をつくりましたが、大統領の選び方でもめました。各州の人口を基準にして選挙人の数を決める。そして選挙人により大統領を選ぶ−。この方法に南部の州が反対しました。南部は人口が少ないためでした。
持ち出された妥協案が「奴隷五人を所有していたら三人の人口と数える」−。もちろん奴隷に選挙権を与えるのではなく、あくまで人口の数え方の方便です。
その結果、初代ワシントンから十二代までのうち八人が南部出身者でした。そのうち五人は二期務めたので、長く南部出身者が大統領を務めた計算です。
欧州からの移民が増えて北部の大統領が選ばれるようになると、やっと奴隷制度廃止が訴えられます。十六代のリンカーンです。
南北戦争を経て、ようやく黒人を含む成人男子の「人口比」になりました。ただし選挙権登録の際に文字テストなどを行い、実際には黒人は排除され、選挙での黒人差別解消は一九六四年の公民権法まで待たねばなりません。
元外交官で最高裁判事を務めた福田博氏の「世襲政治家がなぜ生まれるのか?」(日経BP社)で知った隠れた米国史です。福田氏はこう述べています。
「投票価値を不平等にしたことによる、思いがけない大きな結果の一つとして、アメリカでは、『南部出身の大統領の輩出』と黒人差別の徹底という現象を招いたのですが、現在のわが国では『二世、三世議員の急増』という現象になって現れています」
日本では選挙区ごとの人口がいびつで、衆院選だと有権者の一票が実は〇・五票の価値だったりします。有権者が極めて少ない選挙区もあります。それが有利に働く議員もいて既得権化します。
「既得権は受け継がれ、多数の二世、三世議員の出現を可能にし、かつそれが大規模に現実化している。これがわが国の国会議員選挙制度の際立った特徴です」
近年の首相を思い浮かべても、親の地盤を受け継ぎ、多選を続け要職に就いて、頂点に上り詰めた人が多いと感じます。
◆民主主義には平等が
福田氏は一九九五年から約十年間、最高裁判事でしたが、一票の不平等訴訟では大法廷の多数意見とは異なる「反対意見」を一貫して書き続けました。
「いわゆる定数格差の存在は、住所がどこにあるかで差別していることに等しく、民主的政治システムとは本来相いれない」などと−。つまり「不平等な選挙は違憲」という少数意見です。
民主主義の原理の一つは多数決ですが、多数決は投票価値の平等が大前提です。ですから、福田氏は「投票価値を平等にしないというのは民主主義のイロハを分かってない」とも「『一票の格差』違憲判断の真意」(ミネルヴァ書房)で辛辣(しんらつ)に書いています。
米国の下院選ではわずかな区割りの不平等すら許さないし、英国やドイツなどでも平等に近づくよう制度が工夫されています。
さて、議会制民主主義の「現代の模範生」もご紹介します。「軍隊を持たない国」として知られる中米のコスタリカです。政党の選挙キャンペーンは各地で開かれ、時には十数万人も集まります。まるでお祭り。大統領選挙では子どもたちの模擬投票もあります。責任感ある市民を育てる目的です。
高齢者や障害者には補助者付きの投票も保障します。自分の家から必ず二キロ以内に投票所が置かれ、投票日には民間企業は投票に行くための十分な時間を労働者に与えねばなりません。囚人まで刑務所で投票できるのは驚きです。
弁護士らが著した「軍隊を捨て平和と民主主義を選んだ国 中米コスタリカの人々を訪ねて」という冊子で知りました。中米はかつて戦乱が絶えない地域でしたが、「民主化こそ軍事化から逃れる唯一の手段」と考え、公正な選挙制度に取り組んだ結果だそうです。
◆軍事化と非民主化と
日本は近年、軍事大国化に進んでいます。同時に権力の横暴が目立ちます。公文書の改ざん、臨時国会の不召集、情報の非公開、法解釈の勝手な変更…。非民主的な証拠はきりがありません。
「民主化こそ軍事化から逃れる手段」というフレーズを胸に刻みたいと思います。民主主義を立て直すためにも、平等な選挙制度の実現が必須です。
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