前に紹介した「素性の分からない猫」は毎日のように我が家にやって来る。たいていは午前中だが、暗くなって来ることもある。例によって、ニャアともミャアとも言わずに黙ってガラス戸の向こうに座っている。来たらドライフードを一掴みやるのだが、時折あたりを窺いながらがつがつと食べる。他で食べていることはないのだろうか 。家のミーシャならゆっくりと少しずつ食べるのにと、ちょっと哀れに思う。
来るようになってもう何日かたったが、いっこうに親しげな様子は見せない。私がちょっとそちらのほうに手を動かすと、さっと逃げる。逃げてもまたすぐに戻ってくるのだが、私を見ようとしない。目は伏せたままだ。
一瞬目が合うことがあるが、とたんに視線を逸らしてしまう。
その様子はしおらしくもなければ、と言ってふてぶてしくもない。いつでも緊張していて油断がない。やはりノラなのだと思った。我が家のミーシャなら声をかけるとすぐに私をじっと見る。顔を近づけるとこちらに首を伸ばすようにする。そういう時には鼻と鼻をちょっと触れ合わせ、こすり合わせるのだが、おとなしく私を見つめている。そうするとひとしきり愛情が湧く。ノラの方は目を合わせようともしないので、可愛いとは時には思っても愛情など感じることはない。
「素性の分からない猫」では不便だから何か名をつけようと思ったが、なかなか思いつかなかった。可愛い名前は何かそぐわないので、結局「ローニン(浪人)」と呼ぶことにした。多分オスだろうと思ってそういうことにしたのだが、メスであってもそのままでいいと思う。
そのローニンが来るようになってから、ミーシャは玄関から出て行っても、裏庭から帰ってくることが少なくなった。ローニンが居座っていることがあるので敬遠しているようで、どうも相性がよくないらしいし、ローニンのほうが強いのかも知れない。何となくミーシャがかわいそうにも思うが、動物の世界のことだから仲良くしろよと仲介するわけにもいかず、放っておくしかない。餌をやるのを止めてもよいのだが、毎日やって来てガラス戸の外に座っているローニンを見ると哀れにも思えて続けている。ローニンは案外おとなしい性格ではないかと思い、それで慣れ親しむようになってくれれば良いのだが、あの顔つきと様子ではそれは期待できない。と言って厄介なことになったとも思わない。これも成り行きだろう。