熊谷三郎徒然日記(gooブログ版)

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初秋の北陸路を訪ねて Part3

2009-10-15 05:54:41 | 旅行
 好天と美味しい料理・お酒・人情に厚い北陸旅行も今日が最終日です。今日もまた快晴です。8:30にホテルを出て車で妙立寺(別名忍者寺)へ。ここには駐車場が無いため近くの極楽寺に車を止めるのですが、カーナビの施設検索ではヒットしませんでした。住所か電話番号で入れれば良かったのかもしれませんが。このお寺の見学は事前予約制です。拝観料は800円と少し高め。でも専属のガイドさんが付いて40分丁寧に説明してくれます。
 徳川幕府は次に天下を狙うとすれば加賀百万石の前田藩だろうと、隠密を送り込んだり人質を取ったりして監視していたのです。そんな幕府の敵に侵入されることを防ぐため、色々なからくりが配されています。
例を挙げると
 ・落とし穴賽銭箱、落とし穴階段
 ・隠し階段、明かり取り階段
 ・金沢城まで続いているとされる深さ25mの井戸
などです。ちょっと怖いところでは一度入ったら出られない「どんでん返し」の切腹の間もあります。これは万一の場合、敵に首を取られないように、この部屋に逃げ込み切腹するところなので出口は必要ありません。
 当然写真撮影は禁止ですのでさわりの部分をパンフレットからご覧下さい。
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 なお、HPも下記のリンクからご覧になれます。
 http://www.myouryuji.or.jp/menu.html
 
 ここまでしても安心して寝られない状態だったのではと思うと、お家を守るというのも大変な時代だったんですね。
こちらの見学は大変狭くて天井の低いところを通りますので、手荷物は持たず足腰が達者のうちに出掛けたいものです。
 さてお待たせしました。最後の見学先は兼六園です。ここも44年前に訪れましたが、全然記憶に残っていません。TVニュースなどで雪つりが始まったなどと放送されると、もうすぐ冬がくるなぁと私の歳時記になっています。

 デパートの地下駐車場に車を止めて真弓坂から入園しましたが、車を止めるのに30分以上行列してしまいました。やっぱりここには歩きか路線バスまたはタクシーが正解ですね。当日はお茶会があるため和服のご婦人が目に付きました。
 では代表的なスポットの写真をどうぞ。
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 時間が足りなくて抹茶をいただくことが出来なかったのでお茶室の前でパチリ。
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 これにて2泊3日の北陸の旅は終わりです。
 走行キロは288kmを安全運転してくれた専属ドライバーのMさん有難うございました。

最後の仕上げは金沢といえば治部煮ですよね。また高崎屋さんへ。
ウィキペディアによれば
 鴨肉(もしくは鶏肉)をそぎ切りにして小麦粉をまぶし、だし汁に醤油、砂糖、みりん、酒をあわせたもので鴨肉、麩(金沢特産の「すだれ麩」)、しいたけ、青菜(せりなど)を煮てできる。肉にまぶした粉がうまみを閉じ込めると同時に汁にとろみをつける。薬味はわさびを使う。
とあります。
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 寒い冬に食べたら更に美味しいでしょうね。最後にタクシーの運転手さんのお薦めを書いておきます。
金沢に来たら1泊目は市内に泊まって兼六園や美術館を見て、2泊目は付近の温泉に泊まるというコースがお薦めとのこと。是非冬のカニが美味しい時期に再訪したいものです。



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初秋の北陸路を訪ねて Part2

2009-10-14 05:55:09 | 旅行
 今朝も行楽日和の良い天気に恵まれました。朝食もそこそこに永平寺に向かいます。7:40にホテルを出発。金沢西ICから北陸道に乗り福井北IC経由で9時前に永平寺に着きました。入口前のお土産やさんに車を預け、曹洞宗大本山永平寺へ、拝観料500円は自動券売機で購入。44年前はミニスカートが流行った時代で、入口にミニスカートの方お断りの看板が立っていました。
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 見学の注意事項を雲水から聞き最初は傘松閣へ。
 ここでさー坊は修行中の雲水に一喝された記憶があります。大広間の天井には230枚の花や鳥の絵が描かれています。首を上げて見るのは疲れるので、横になって見ていたのを咎められたのです。物見遊山ではないと思い知らされ今でもよく覚えています。フラッシュ撮影をしなければOKということでしたので一部を掲載します。
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傘松閣の全体はこちら。
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 同じ曹洞宗で長野の小布施にに岩松院があります。そこには葛飾北斎が89歳の時に書いた「八方睨み鳳凰図」がありますがそこでは寝て見て下さいと言われた記憶があります。

 大庫院には身の丈より長い全長4mほどの大すりこぎ棒があります。身を削り、人のためになるように、との意味合いが込められています。かつて仏教建築に使われた地突き棒ですが、今ではこのすりこぎを3回なでると、料理の腕が上達するともいわれています。
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 当家も曹洞宗なので、最後に瓦を志納して約1時間で参拝を終えました。
 
 次は東尋坊ですが、その前に羽二重餅のお店に立ち寄り、お昼に芦原温泉で蕎麦をいただいて、東尋坊到着が12:30でした。高速料金1000円効果でしょうか駐車場は大混雑です。特に他県ナンバーと<わ>ナンバーが目立ちます。ここにも44年前の想い出があります。当時泳ぎが得意だったさー坊はここで泳いだのです。ところがいつも川で泳いでいたので、海から上がってシャワーを浴びないと体がベタベタして、そのうちヒリヒリしてきます。その日の旅館まで大変でした。勿論現在は遊泳は禁止ですが・・・
 
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 湾内には遊覧船もあり海側から切り立った断崖を見ることも出来ます。
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 さて東尋坊から本日の最終見学場所「安宅の関」に向かうため、金津ICに向かう途中で蓮如上人記念館の電柱広告を見つけました。蓮如上人は五木寛之の小説で頭の隅にあったので、急遽高速に乗るのは止めて吉崎に向かいました。五記念館で木寛之の話をすると、説明員の方が蓮如について丁寧に教えてくれます。ビックリしたのは5人の奥さんと27人の子供がいて最後の子供は蓮如84歳の時の子だそうです。少し前には永平寺で「そろそろお世話になります」と神妙になっていたのが一気に元気を取り戻してしまいました。
 布教のためには身内を増やす事が手っ取り早いので、もしかしたらそんな事もあったかもしれませんね。
 蓮如さんの名誉のために書いておきますが、子作りばかりに専念した訳ではなく、ここ吉崎で「南無阿弥陀仏」という名号を多くの方に付与して、浄土真宗の発展に大いに貢献したのだそうです。
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 さていよいよ「安宅の関」です。ここは44年前には立ち寄りませんでしたので初体験です。さー坊はどうしてもここを一度見ておきたいと思っていました。というのは小学校の学芸会で、富樫の役を演じたことがあるのです。それで勧進帳の出し物がTV放映されると録画してよく見ていました。最近では市川團十郎のパリ公演をBDに録画しましたので、旅行の前の日に見直してきました。
 ところがいざ着いてみると安宅住吉神社はあるのですが関所は見当たりません。すると巫女さんが良く説明してくれました。本来ここは関所では無かったのですが、奥州平泉に逃れる義経主従だけを詮議するために、臨時の関所がおかれたのだそうです。白紙の勧進帳を浪々と読み上げ、やっとのことでこの関を越えた逸話に因み「難関突破」のお守りがあるのはここだけだそうです。
 
境内にある勧進帳の額です。

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これからの「難関突破」を祈念して弁慶の前で。

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神社の裏に安宅の関跡の石碑があります。

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 これにて本日の見学場所はすべて終了。そろそろ日も暮れてきましたのでホテルに戻り、一休みして今夜の食事場所「田村」さんへ歩いて向かいました。このお店もI教授のお薦め店です。30分ほど歩いて浅野川たもとの田村に到着。1階も2階も満席です。二階の入口には今までお見えになった芸能人の方たちの写真がいっぱい飾られていました。料理もお酒も美味しいお店でした。10月の替わり会席メニューは
刺身盛り合わせ5点・ブリタレ焼き・ぶり団子・松茸土瓶蒸し・茶碗蒸し・カニ酢・みょうが酢・特大エビフライ・ぶり太巻き・田村うどんマーボ味・デザートの11品で太っ腹クーポンを使うとコース料金5,250円が4,200円になります。

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 お世話になったオヤジさんと最後に記念撮影。
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 お店のHPはこちらです。各種お取り寄せもありますのでご覧になってみて下さい。
 http://www.kanazawatamura.com/

 さて明日はいよいよ最終日、忍者寺と兼六園です。


初秋の北陸路を訪ねて Part1

2009-10-13 05:46:00 | 旅行
 皆さんは好天に恵まれた3連休を如何お過ごしでしたか。さー坊は会社の旅行で金沢・福井方面に出掛けていました。こちら方面にはなかなか行く機会に恵まれず、高校を卒業した年に友人3人で出掛けて以来44年振りの訪問です。その時は熊谷から上・中・下の寝台車に揺られ、直江津経由で金沢まで行った記憶があります。
今回は熊谷~越後湯沢が新幹線、越後湯沢~金沢が特急「はくたか」で約4時間弱でした。時間は半分くらいに短縮されたのだと思います。
 この旅行はホテルと往復の電車だけが固定で後はフリーのプランです。従って団体旅行なのですが、個人の旅行のように、自分の行きたいスポットを比較的楽に選択できる面白さがあります。
 たまたまさー坊は、昨年の11月に中学校の同窓会で再会した友人が、金沢にお住まいでした。11クラスの同窓会で乾杯の音頭を取られたので、それなりの地位につかれたのではと伺ってみると、金沢大学の教授で国際的にも有名な方になっていました。そこでこのプランが決まった時に彼の意見を伺って、半分以上はその薦めに従ってプランを立てました。Iさんどうも有難うございました。同行のメンバーからもよろしくとのことです。
 さて、話を旅行に戻します。「はくたか」に乗り換えて、直江津を過ぎる頃になると窓ガラスに水滴がはじけています。かなり強い雨です。44年前に行った時にも「弁当を忘れても傘忘れるな」というくらい、突然の雨の多いところだと聞いていましたので、「あぁやっぱり天気予報どおりなんだ」と少しガッカリしました。ところが金沢に着いてみると快晴です。駅を降りて目を引いたのは正面の大きな門です。
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鼓門と呼び米マツで出来ているそうです。木製の巨大な門です。デザインのセンスについては賛否両論ありそうですが,存在感があることは確かです。文字通り鼓2つを柱の代わりにした門です。
 2005年3月に出来たそうですから比較的新しいモニュメントです。
 
 泊まるホテルは駅の目の前、金沢都ホテルです。仮チェックインして荷物を預け、レンタカーを借りて金沢港の宝生寿司へ向かいます。

このお店は会社の友人のお薦め店です。おまかせ¥3150を予約していただきましたが、流石に海の幸の豊富なところで新鮮なネタが美味しいお店です。
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デザートの醤油アイスも変わった味で美味しかったですね。
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ひとつ残念だったのはお昼の時間帯も禁煙になっていなかったことです。今、駅でも煙草が吸えない時代ですので、愛煙家の皆さんも、昼時くらいは協力して欲しいものです。

 このお店に行く途中に「からくり記念館」の看板が目に付きましたので、お店の方に伺うとすぐ近くとのことでそちらに急遽立ち寄り。館長さんがからくりの仕掛けを良く説明してくれました。
 これは茶運び人形(お茶をいただいて茶碗を返すと、ちゃんと元に帰ります)
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 宙返り人形も(砂時計に水銀が入っていてこういう技が出来るのだそうです)
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 その次に向かったのは「銭屋五兵衛記念館」、39歳で海運業を興し外国との貿易を黙認され、加賀百万石の財政を裏から支えた功労者も、河北潟干拓事業で身の覚えの無い罪をきせられ獄死しています。北前船の模型は帆掛けの体験が出来るようになっていて、荒海を航海するイメージが沸きます。
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 これで半日見学プランは終了。ホテルに戻ってチェックイン。今夜の宴会場所兼六園石川門そばの「金沢さくら亭」まで送迎バスで行きます。少し時間があったのでホテルの回りを散策。浄土真宗のお寺の多いところのようです。宴会は20:00に終了。寝るのにはまだ早いので、最終日のお昼を予約した高崎屋さんへ。このお店もI教授のお薦め店です。
 
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 季節の料理(ノドクロ)や美味しい地酒をいただき、すっかり良い気分になってしまいました。
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 第1日はこれにて終了、明日は永平寺~東尋坊~安宅の関と回る予定です。



300P 紅葉色の兼六園 73-148
ビバリー

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100年インタビュー(市川團十郎)

2009-10-09 05:43:00 | 日記
 昨日の台風18号は当地では思ったほどの被害が無く、農家の方などはホットされたのではないでしょうか?
さー坊は外回りの仕事なので雨・風がもっと強くなるのではと思い、仕事をお休みしました。
 馥郁と香り始めた金木犀の花も落ちなくて良かったです。
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外は風が強く交通機関も乱れているのでインドアの作業(趣味)に集中しました。録り溜めたNHKラジオ深夜便の中から残したいものを、iTunesに転送してCDを作る作業に結構時間がかかりました。
 その中でも9月の24・25日に放送された100年インタビューの市川團十郎さんは、興味深かったですね。この番組はBShiで1ヶ月に1回放送されていて<「残したい言葉がある。伝えたい生き方がある」各界の一流のプロの半生を、インタビュー形式で解き明かす人物ドキュメント。100年後の視聴者の心にも届く珠玉の言葉を語ってもらう>というテーマで聞き手は渡邊あゆみアナ。2007年1月17日に放送されたものの再編集版です。

 6歳の6月6日から芸事修業・父の言葉は「馬鹿野郎・何言ってんだ・やめちまえ」というだけ、後は体で覚えるしかなかった。その父も56歳胃がんで急逝。まだ12代目が大学1年19歳の時。その後の生活の厳しさ。
 市川家だけに許された舞台では競演者には分からない事も。11代目のメモ書きを開くと「花道から出ていつもの形・回っていつもの形・・・」というもの。幸いにも襲名の時のことが8ミリに録画してあったことが大いに役立った。でも8ミリなので音が無い、等々興味深いことが語られています。

 そして話は海老蔵襲名、團十郎襲名と進み、ある日突然急性骨髄性白血病を発症。死への恐怖感、そこからの立ち直り、昔の医学だったら今生きていない、今生きているのはおまけ。おまけはおまけ世代(グリコ?)には楽しいもの。悔いのないように生きる、一生懸命生きればおまけが付いてくる可能性もある。

 歌舞伎を大きくする事が総て良いことではない、恐竜が死に絶えたのも大きくなり過ぎて食糧が無くなったことが原因とも。身の程を知る位置を知ることが大切。どこかの大きな会社の方にも是非聞いて欲しいものです。

 紙上では書き手の主観にとらわれる部分が多くありますので、インタビューを是非聞きたいと思った方は、下記のアマゾンのリンクからどうぞ。

100年インタビュー 市川團十郎 [DVD]
NHKエンタープライズ
2009-02-27

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 明日(10月10日)からさー坊は北陸方面に会社の旅行です。1日目は金沢、2日目は福井ですので、安宅の関にも是非立ち寄って来たいと思っています。さー坊は小学校の学芸会で富樫左衛門の役を演じたことがあり、この地を一度訪れてみたいと思っていました。NHKで放送されたパリ公演の勧進帳のBDを見直して、思い入れを新たに行ってきます。


彩の国いきがい大学 東松山学園 第12回文化祭

2009-10-04 23:15:29 | 日記
 陸上部の先輩からご案内をいただいた文化祭を駆け足で見てきました。絵画・書・写真・手工芸・文芸など盛り沢山に全部で209点展示されていました。会場は東松山市市立図書館3階です。会期は明日までですが力作が展示されていますので、ご興味のある方はお出掛け下さい。

 展示品の撮影許可を得ましたので一部を紹介いたします。

 <絵画の部>
 アムステルダムの運河(油彩)
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 犬吠埼灯台(油彩)
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 自画像(油彩) さー坊の先輩の作品です。
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 備前屋(油彩)
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 つくばい(水彩)
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 至仏山(ペン画) さー坊は昨日至仏山に挑戦しましたが雨と強風で途中でリタイアしました。
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 北国の旅(水墨画)
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<書の部> 
 国破山河在(書)
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<文芸の部>
  俳句 (等倍に拡大してご覧下さい)
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 紙面の都合上全部を紹介出来ませんのでご了承願います。