蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

漁港の肉子ちゃん

2016年07月23日 | 本の感想
漁港の肉子ちゃん(西加奈子 幻冬舎)

小学生の主人公(喜久子)は、シングルマザーの母親(菊子。太っているのでニックネームは肉子という)の男遍歴に従って様々な地域を転々とする。母親は何もかもおおざっぱで男ぐせも悪いが、人好きのする性格でどこにいっても円満な人間関係を築いている。二人は(母親のオトコを追って)北陸のひなびた漁港に辿り着き、そこで(母親は)焼肉屋の住み込み従業員になる・・・という話。

喜久子は小学生のくせに、母の恋人が置いていった文学書をよみふけり、悟りきった教祖のように世の中の仕組みがとても良く見えているし、そういう自分自身を自覚してもいる。しかし彼女は他の人には見えないものが見え(漁港に佇む今は亡き三つ子とか)、聞こえない音(トカゲのつぶやきとか)が聞こえる。

そういう小学生は、いくらなんでも現実離れしているなあ、と思いつつ、喜久子のような子供になってみたかったなあ、なんて思ってページをめくる手が止まらなかった。
そして終盤、母と娘の名前(読み仮名)が、なぜ同じなのかが明かされる場面では、めったに得られない読書による圧倒的感動(所かわわず感泣したくなるような感動)があった。

西さんの作品を読むのは初めてだった。普段は嫌気がさす幻想的な場面も非常に魅力的で、それ以上に現実世界の描写も恐ろしいほどに力強かった。
並の作家が書けば退屈極まりなさそうなシングルマザーと娘の話がこれほどまでに見事な「小説」になるなんて・・・久しぶりに興奮を覚えるような読書体験を味わえた。

(蛇足)
こんなにすごい作品なのだが、タイトルが少々アレなうえに、装丁の絵が(そのタイトルには見合いなのだた)けっこう強烈なことで、損しているような気がする。直木賞を(別の作品で)とった今となっては無意味な心配だが)

コメント
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