蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

勝ち過ぎた監督

2020年03月15日 | 本の感想
勝ち過ぎた監督(中村計 集英社文庫)

2004~5年に高校野球全国大会で連続優勝し、2006年も決勝再試合の末準優勝した駒大苫小牧高の香田監督を描いたノンフィクション。

同校は他県から選手をかき集めるようなこともなく(大阪出身の田中将大が活躍したことで有名だが、彼はスカウトされたのではなく、自ら同校を志望したそうである)、多くの選手が北海道出身。
タイトルが暗示する通り、考えもしなかった甲子園優勝(しかも初めて「白河の関」越え)を成し遂げて突然有名校となったことから(無名校なら見逃されそうな)不祥事が表面化してしまう。
周囲やマスコミから持ち上げられたと思ったら突然突き落とされるような扱いを受けた香田監督は、人間不信に陥る。そして田中や本間(2006年の4番)たちが属する学年の選手と(彼らが引退後に)決定的な仲違いをした時に精神の不安定さが最高潮に達する。(客観的にみると香田さんの行動や考え方に世間並みでない点が多々あったのも確かなようだが)
甲子園常連校の監督というと、テニュアを得たかのように相当な長期間監督を続けている、というイメージがあるが、圧倒的な実績を残した香田さんは、上記のような経緯から2007年シーズンの後、追われるように監督を辞めている。

本作は、駒大苫小牧高の野球部の栄光を描いた部分は、「ドカベン」シリーズのような上出来の野球マンガさえ超えるような面白さ(結果を知っていてもどんどん先が読みたくなる)があり、その反面として、同校野球部の影の部分や香田監督の葛藤を描く場面のやるせない絶望感はくっきりと暗くて黒く、内省的な文学作品を読んでいるような趣があった。
「事実は小説よりも奇なり」を地でいく、並の小説より遥かに高いエンタテイメント性と文学性を兼ね備えた優れたノンフィクション作品だったと思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小さな場所

2020年03月15日 | 本の感想
小さな場所(東山彰良 文藝春秋)

台湾の繁華街に刺青専門店(タトウーショップ)が集まった一角があり、紋身街と呼ばれていた。主人公の景健武(小武)は小学生で、両親は紋身街で食堂を経営している。小武と紋身街の人々をめぐる短編集。

「黒い白猫」は、タトウーショップを経営するニン姐さんの店から逃げ出した黒猫を連れてきた女の子がニン姐さんに小さな猫の刺青をしてもらう。やがて彼女は芸能界で活躍するがすぐに忘れられてしまう、という話。

不思議な探偵の孤独(グウドウ)さんが主役の「神様が行方不明」は、土地公廟を出奔した神様を孤独さんが連れ戻す話。孤独さんと小武のちょっと哲学的?な会話がいい。

「骨の歌」は、小武の通う学校の郷土史?の先生が実はラッパーとしてデビューを目指していて・・・という話。台湾の原住民問題の複雑さが垣間見られる。

「あとは跳ぶだけ」は、小武の知り合いのレオは演劇を通じて知り合った女の子と付合い両親にも紹介するような仲になるが、その子が突然失踪してしまう。彼女を寝取ったのはなんとレオの父親だった。レオはショックで過食症になり・・・という話。
本作の中ではこれが一番よかった。レオが立ち直る過程が泣かせる。芥川龍之介の「地獄変」と対照させたのも効果的だった。

「天使と氷砂糖」は、紋身街で売女呼ばわりされていた小波という女の子の話。小武が彼女から氷砂糖をもらうシーンが印象的。

「小さな場所」は、小武が井の中の蛙をめぐる創作をする話。創作や小説に関する著者の姿勢が伺われる。井の中の蛙の物語も面白い。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天子蒙塵

2020年03月15日 | 本の感想
天子蒙塵(浅田次郎 講談社)

「蒼穹の昴」シリーズ第5部。といっても「珍妃の井戸」と「マンチュリアン・レポート」は外伝的作品だと思うので、実質的には「蒼穹の昴」「中原の虹」に次ぐ第三幕。

このシリーズは、西太后、張作霖、張学良、溥儀といった、一般的な歴史認識では“悪役”に位置づけられるような人を中心に据えているのが特徴だ。そして実は彼らは傑物であった、というストーリーになっている。

そして「龍玉」という巨大なダイアモンドを最後に手にする人が中国を統一する、というもう一つの流れもある。本作が終わった時点では張学良が持っているのだけど、最終的には毛沢東の許にいくはず??
だが、毛沢東って「蒼穹の昴」の終盤に数行登場しただけ。
ところが、本作の終盤でもう一度登場(本人が出たわけではないが)したので、もしかすると第6部の主人公は毛沢東なのだろうか??
いやいや、歴史の影にかくれた“悪役”にスポットを当て続けて来たのだから、もしかして西太后に次ぐ中国近代史の悪女?紅青とかだったりして・・・(冗談です)

本シリーズでは地名、人名などに中国風読み?のルビがふってあって、これがなかなかいい。一例をあげると・・・
西太后(シータイホウ)  万歳爺(ワンソイイエ) 龍玉(ロンユイ)  
袁世凱(ユアンシイカイ)  梁文秀(リアンウエンシウ)  李春雲(リイチユンシユン) 毛沢東(マオヅオドン) 王逸(ワンイー) 春児(チユンル)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

泣き虫しょったんの奇跡(映画)

2020年03月08日 | 映画の感想
泣き虫しょったんの奇跡(映画)

将棋のプロ養成機関である奨励会を年齢制限で退会し、一度はプロを断念した瀬川晶司は、会社勤めをしながらアマとして頭角を現し、当時は制度化されていなかったプロ編入試験の実施を求めるが・・・という話。

棋士として大成した人の多くは若くして奨励会を突破(三段リーグを勝ち抜いてプロになる)しています。
典型的なのは中学生にしてプロになった人で、加藤、谷川、羽生、渡辺、藤井、いずれも斯界を代表する棋士になっています(藤井さんも間違いなくそうなるでしょう)。
つまり、将棋は、経験より才能であると言え、5人の中でもおそらく最高であろう羽生さんでさえ、歳には勝てなさそうなことを考えると、若さが極めて重要な要素であると言えそうです。

そうなると、奨励会の年齢制限(26歳までに三段リーグを勝ち抜いて四段になれないと退会しなければならない)というのは、(本人に早目に諦めさせるという意味でも)一定の合理性があるといえます。

ただ、奨励会三段の強豪は並のプロ棋士より強い(瀬川さんのプロ認定試験で登場したのは当時三段だった佐藤天彦さんで、瀬川さんは敗れている)というのが定説で、奨励会でそれなりに優績だったが運がなかった、といえる人もある程度いるのかもしれません。

瀬川さんは麟家の同級生:鈴木さんが子供の頃からの将棋のライバルだったのですが、その鈴木さんもアマトップ級の実力の持ち主だったというのが素晴らしい。おそらく二人は今でも自宅で対戦することがあるのではないでしょうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする