落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「舞台裏の仲間たち」(40) 第二幕・第二章 「順平の退院」

2012-10-03 12:18:23 | 現代小説
アイラブ桐生Ⅲ・「舞台裏の仲間たち」(40)
第二幕・第二章 「順平の退院」





 淡い日だまりの中で、天井一面に輝く天窓を見上げていた時絵が
気持ち良さそうに胸いっぱいに息を吸い込むと、やがて静かに両眼を閉じました。
ゆっくりと拡げられた両手がおおきく宙を舞ってから、やがてやるせなさそうに
自分の胸を抱きしめました。
はらりと黒髪を揺らしながら、舞台で舞うかのように、
時絵がその場で華麗に一回りをして見せました。



 入口で立ち止まっていた3人、
レイコと順平、茜が思わず拍手をしながら近寄ってきます。


 「いやだぁ~あなたたち。
 いつからそんなところに居たのよ、
 来たのなら、声をかけてくれればいいのに・・・・」



 「余りにもいい雰囲気で、時絵さんがなにかしてくれそうだと、
 さっきから此処で固唾をのんで3人で見守っていました。
 やはり、名女優はなにを演じても、絵になります。
 今日もたったいま、つうが舞い降りてきたのかと思いました」


 「あら順平君。
 ずいぶんとお口のほうが、お上手ですね。
 じゃあ期待にお応えして、つうがもうひと踊りしましょうか?
 この日だまりの舞台はなんとも気持ちがいいわ。
 いらっしゃい、茜ちゃん。
 ほら、此処に立って見て・・・・
 あそこの天窓から差し込む光は、100年前と同じなのよ。
 凄いと思わない、
 私たちはここで、100年前と同じスポットライトを浴びているの。
 天窓から差し込む、100年前と同じ太陽の光。
 ここは、100年分の浪漫が漂う舞台だわ。」



 「なるほど、そういう手もあるか・・・・
 ここは稽古場どころか、
 やりようによっては、俺たち劇団の小舞台にもなると言うわけだ。
 なるほどね、
 名優は、自分の居場所を探すのが早い。
 うん、舞台として充分に使えるかもしれないな」



 座長まで目を細めて、さんさんと降り注ぐ北の天窓を見上げています。
時絵が呆気にとられたまま、とまどっている茜の肩を抱いて引き寄せました。



 「茜ちゃん、このスポットライトは、
 今度は全部あなただけのものになるのよ。
 この光の下で、
 黒光が100年ぶりに甦る。
 考えただけでも、ぞくぞくしちゃう・・・・
 ねぇ茜ちゃん、
 私のつうを上げるから、順平くんが書きあげてくれる
 黒光の役を、私に譲って頂戴。
 駄目?
 駄目かぁ・・・・
 そうだわよねぇ、
 残念だなぁ、こんな素敵な舞台なのに。
 ねぇ座長、夜になったら月明かりの下で「夕鶴」を上演しましょうよ。
 絶対に、いままでで一番神秘的なつうが舞い降りてくると思う。
 ここはきっと、最高の舞台になる」



 うっとりとしたままの時絵が、
再び目を閉じると、ゆったりとした所作で日だまりの中を歩き始めました。
その仕草と雰囲気はまるでいつもの舞台で見せる、つう、
そのものの姿でした。





 「それにしても順平くんは、
 随分と早い退院ですね、予定では今月末までで、
 あと一週間は、病院のはずでしたが。」


 石川さんが、いぶかりながら尋ねます。
返事をしようとした順平を差し置いて、レイコが先に応えてしまいました。



 「順平ったら、今度は黒光が生まれたという仙台へ行きたいそうです。
 会社の方には、一か月の診断書が出ていますので、
 早めに退院が出来れば、それだけ余裕がつくれます。
 勝手に退院をして、あなた一人で行けばと言ったのですが、
 どうしても私と二人で行きたいそうです。
 前回の連休の時だって、職場の同僚たちにたいへんな迷惑をかけて
 やっと取れた連休なのに、
 こいつったら、それに味をしめて
 またなんとか休みをとれなんて、私に強要するんです。
 ほんとに、勝手なんだから順平は」


 「それでも、もう、
 レイコさんは、お休みはとっちゃいました。
 ついでに私も、病院の有給がとれたので
 またまた、お邪魔虫となって、
 順平くんとレイコさんに着いて行きます」


 
 茜がクスリと笑ってから、此処に至るまでの順平の破天荒な行動ぶりを
みんなに披露しはじめました。



 「順平君がどうやって
 主治医を口説き落としたか知りたくありませんか?
 椎間板ヘルニアなどの腰痛患者の入院は
 一か月間前後の加療入院が一般的です。
 通常の生活様式に戻るには、
 おおむね、リハビリの期間も含めてそのくらい時間がかかります。
 退院を急いだ順平君は
 腹筋の運動が20回も出来るようになれば、
 その時点で退院しても、一般の社会生活は大丈夫でしょう、
 それができるようになったら、予定より早めでも
 退院してもいいですかと、
 先生に、誰が考えても無茶とも思える
 提案をしたそうです。」




 「腹筋運動を、20回ですか・・・・
 事務職の僕は今の状態でさえ、20回は厳しいなぁ、
 へぇ、面白い提案をしましたね、順平君」



 石川さんが、自分の右腕の力瘤を見ながらつぶやきます。
確かに長身かつ細身という、おせじにも筋肉質とはいえない石川さんなら
それも有りそうなことでした。






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