落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「舞台裏の仲間たち」(66) 第三幕・第二章「もう一度口説いてよ」

2012-10-29 11:16:56 | 現代小説
アイラブ桐生Ⅲ・「舞台裏の仲間たち」(66)
第三幕・第二章「もう一度口説いてよ」


 

 『黒光』の脚本が書きあがったことで、
劇団員たちに、時絵のスナックに集まれという連絡が入ったのは、
順平とレイコが日立市にちずるを訪ねてから、二週間ほど経ってからのことでした。
口実のトップにあげられたのは雄二の快気祝いで、二番目が脚本の披露です。
そのほかにも色々とありますがと、連絡を担当した時絵は、
最後まで言葉を濁したままでした。



 再結成の旗揚げ公演からはすでに、半年余りが経過をしています。
一番乗りが順平とレイコで、ほどなく雄二がやってきました。
茜と石川さんが一緒に登場をして仲の良いところを見せ付けていると、間も無く
美術担当の西口と小山もやってきました。
「あとは座長だけかしら」とつぶやいているところへ、頃愛を見計らったかのように
当の座長も現れました。



 「微妙に時間をずらしながらやってくるところなんか、
 やはり皆さんは、そうとうな役者です・・・・
 さて、お揃いになりましたね。
 まずは、この間のひと騒動の張本人でもある、
 雄二君から、快気祝いの報告をしてもらいたいと思います。
 本日は色々と発表と報告の予定もありますが、とりあえず
 全員の久々の再会を祝して、雄二君には
 乾杯のあいさつなども兼ねて、よろしくお願いたします」



時絵に紹介をされて、雄二がはにかみながら立ちあがります。
まばらに起こった拍手を手で制しながら、全員をゆっくりと見回しました。




 「その節には、
 皆さんに、大変ご迷惑をおかけしてしまいました。
 無事に退院をして、それ以降は順平さんの会社でお世話になっています。
 ようやく親子三人の平穏な生活が、戻ってきたといえるこの頃です。
 新入団員として、ほとんど何もしていないうちに、
 迷惑だけをかけたことを本当に心苦しく思っている次第ですが、
 先ほど座長から、水臭い事は言うなと
 怒られてしまいました・・・・」




 「当たり前だ」の野次に、雄二があわてたあまり、言葉に詰まってしまいました。


 
 「元気な顔を見せたのだから、
 まぁ、その先で語るであろう雄二くんの、懺悔の話は後回しにして、
 とりあえず先に乾杯を済ませましょう」



 と、時絵がグラスを持って立ち上がります。
賛成と茜も立ちあがりました。
雄二が目を白黒させているうちに、女たちがグラスをあわせて乾杯をしてしまいます。



 「なぁに真面目に、挨拶なんかをしているのさ。
 あんたも冗談の分からない子だわね、雄二くん。
 まだ劇団になんの貢献もしていないど新人に、本気で
 快気祝いをさせてあげるなんて、10年も早いわよ・・・・
 と、此処に居る美術担当の、小山くんと西口君が先ほどから言っておりました。
 要するに、早く呑みたいだけですけどね」



 苦笑している雄二を、時絵が目で合図をして着席させました。



 「冗談です、雄二君。
 皆さんもうすうすとは聞いているでしょうから、手っとり早く本題と行きましょう。
 座長が病気だと言うのはすでに皆さん、ご承知だと思います。
 あれこれ詮索をされる前に、ご本人から直接の報告が有ります。
 ごめんねぇ、雄二君、
 あなたは元気になったからいいけれど、
 これから、長い闘病が始まるかもしれない人が居るの。
 それと今夜はもうひとり、紹介をしたいゲストもいるし、なんだか
 ややっこしくなりそうだから、先に登場してもらいましょう。
 いらっしゃい、ちずる」




 えっと、どよめく一同の空気のなかで、カウンターの奥から
そのちづるが現れました。
何も知らずにいた座長が思わず立ちあがり、つられて茜も再び立ちあがりました。
時絵が座ってくださいと手で指示を出しながら、目で全員を鎮めます。



 
 「私が是非にと呼びました。
 ちずるが此処に来た訳は、二人に復縁の可能性があるからです。
 そうなるとこの中で、残念ながら、二人の人間が失恋をすることになります。
 ひとりは、座長と10年ぶりの恋仲が復活したのではないかと
 ちかごろ噂をされてきたこの私です。
 もうひとりは、10年越しの恋もまたまた実らない結果となってしまった、小山君です。
 そしてこの二人分の悲しみと引き換えに、ちずるが座長とおそらく復縁をはたします。
 でもこの企みのことは、今日まで座長は一切知りません。
 わたしひとりの独断で用意をしてしまった、再会の場です。
 どう言う結果が出るのかは、私にもちずるにも、そしてほかの誰にもわかりません。
 この場で結果が出せるのは、座長ただ一人です。
 では、皆さんで、座長の決意を聴きたいと思います」



 どよめきが鎮まった頃に、座長が立ちあがりました。
すこしだけ空中に眼を泳がせた後、ちずるに向かって話し始めます。



 「慢性の白血病の診断を受けたという話は、既に知っていると思う。
 いままでの鉄鋼業をやめて、実家に戻って百姓をするという決意もした。
 皆目先の分からない治療の世界だが、根負けをせずに頑張ろうとは思っている。
 この先の人生設計と言うか、生き方と闘病生活については
 とりあえず、そんな風に腹を決めた。
 誰にも迷惑をかけるわけにもいかないし、俺一人で頑張ろうとは思うが、
 まだ自信もなければ、それをクリアするであろうという勇気も
 実はまだ無いままだ。
 しかし、お前には、すでにまる10年も苦労をかけてきた。
 この先でも面倒を見てくれなんて言えないさ、
 いままでだって充分に辛かったのに、この先さらに辛い思いをしてくれなんて
 いまさら言えた義理じゃない」



 「辛かったのは、あなたも一緒です。
 10年間で手に入らなかったものを、あと10年かけて取り戻すために
 私も桐生に戻ってくることを決めました」




 「戻ってくる?
 しかし、後10年も俺の命が持つという保証はどこにもない」



 「わたしの命を削ってでも、私がきっと、あなたを守ります。
 10年どころか、20年でも30年でも私があなたを守り通します。
 あなたと二人で本当に幸せになるまで、わたしはあなたを生かします。
 あなたは全力で病気と闘ってください。
 わたしが精一杯にささえます。
 あなたに精いっぱいに病気と闘ってもらうために
 私はそのために戻ってきました。
 そのためにも、あなたのそばに戻りたい」




 「実家にもどれば、今まで以上の針のむしろだ」


 「承知のうえです」


 「農家の仕事だぞ。 楽じゃないし汚れるし、
 そのうちには、大嫌いな俺の親父やお袋の老後の世話もするようだ」


 「覚悟しています」


 「お前の気持ちは充分に嬉しいが、俺は何もしてやれないかもしれない。
 辛いし苦しいだけだろうし・・・・」




 「座長、もう観念しろ」


 小山君が立ちあがりました。
座長の肩に手を置くと、そのままちずるの前へ突き出します。




 「もってけ、ちずる。
 こいつは一生、お前のもんだ。
 死なせるんじゃないぞ、病気と闘わせていつまでも長生きをさせろ。
 たしかにこれから先は、そいつがお前の仕事になる。
 しかもお前が、一生をかけるだけの値打ちの有る大切な仕事だ。
 座長が何と言おうが、俺たちもしっかりと後押しをする。
 死なれたらお前も困るだろうが、それ以上に俺たちや劇団も困っちまう。
 そうだろう、みんなも。
 座長、ちずるを迎えてやれよ、気持ちよく。
 こんな良い女はめったにいねえ、一生かけて大事にしてくれ。
 座長、絶対に死ぬんじゃねえぞ、ちずるのためにも
 みんなのためにも」




 ふぅん、なかなかに良いとこあるんじゃん、小山にも・・・・
時絵が目頭をそっとぬぐいながら、ぽつりとつぶやいています。




 
  
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