落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「舞台裏の仲間たち」(46) 第二幕・第二章 「公娼制度のある国へ」

2012-10-09 10:48:32 | 現代小説
アイラブ桐生Ⅲ・「舞台裏の仲間たち」(46)
第二幕・第二章 「公娼制度のある国へ」





 精密加工機械のいち早い導入に成功した亀田金型は、
自動車部品メーカーの台湾進出にともなう、技術支援の話でも、これまたいち早い反応を見せました。
そのわずか一ヵ月後には順平に会社から、台湾出張の指示が届きます。
中国本土への進出を見越したその第一段階としての、「台湾プロジェクト」が、
本格的に始動したことを意味しました。


 中国進出を見据えた台湾政府による国家的プロジェクトは、
1980年代初頭から本格化をしました。
これを後押しした背景のひとつに、人件費の安い東南アジア用として、
日本から、廉価で高性能なプラスチック成型機が大量に輸出されたことがあげられます。
香港や台湾を中心に樹脂生産が盛んになったことから、弱電や家電メーカー、自動車の部品メーカーたちが
海外生産の拠点として国内から台湾へ、大量の金型も移動し始めました。
(プラスチック製の造花として名をはせた「香港フラワー」の登場もこの頃でした)



 プロジェクトにおいて、もっとも指導的な役割を果たすために
従業員の一人を引き連れて台湾へわたった亀田社長は、現地で、すでに金型工場の建設に着手をしていました。
羽田空港まで着いてきたレイコは、終始不機嫌です。



 「だってさあ・・・・公娼制度のある国でしょう。
 農協さんの御一行さんだって、のぼり旗を押し立てて、
 売春ツアーを組むって言うくらいの、好ましくない噂のある国だもの、
 順平だって、どうなるかわかんないでしょう。
 いくら仕事と言ったって、
 24時間働いている訳じゃないもの・・・・
 なんでよりによって、台湾なの」



 やっとのことで私に、ボストンバッグを渡してくれた時にはもう、両眼にはうっすらと涙さえ浮かべていました。
クドクドと言い訳をしたところで、レイコは聞く耳をもたないようです。
仕方が無いので、柱の陰に隠れてほっぺに軽くキスをするともう一度と言って目をつぶり、
レイコが唇をさしだしてきました。
まいったなあと思いつつ、勇気を振り絞ってくちずけをしてしまいました。
初めての集団監視の中でのキスでした・・・・
やっと笑顔を見せたレイコが別れ際に、ハイと言って餞別を差し出します。



 すこし厚めの封筒でした。
もう一度、耳元に顔を寄せたレイコが小さな声でささやきました。



 「もうとっくに覚悟はしてるわよ、私だって。
 でもさあ、認めるのは嫌だもの・・・・そこのところだけはわかってね。
 男の人特有の付き合い方もあるでしょうから、
 そこに、少し余計に入れておきました。
 あなたの、お仕事の世界のことだもの、やむをえない事もあるでしょう。
 でもね、お願いだから、無事で帰って来て頂戴。
 首を長くして待ってるから」


 

 亜熱帯でもある台湾の台北市にほど近い松山空港に到着をすると、湿度の高い空気の中には、
早くも中華油の香りが混じっていました。
単身降り立った順平を空港内で、亀田社長とその愛人が出迎えてくれました。
驚いたことにお相手は、亀田社長よりもはるかに若く、どうみても20歳以下で
妖艶な雰囲気をもつ、細身の台湾美人でした。




 「はるばると御苦労さま。
 まずは夜の町で、簡単に歓迎と行きましょう。
 知っての通り、この国では売春が公認されているのです。
 彼女に案内をさせますので、安心をして夜でも町は歩けます。
 まずはヘルメットをかぶってください
 ここでの主な足は、彼女たちが運転をしてくれるスクーターです。
 順平さん用の彼女も、すでに表で待機しています。
 安心をしてください
 ここは公娼制度の国です。
 国が『売春』を認めているんです。
 いまのところの、この国の有効な外貨獲得の手段が
 売春ですので、気にすることなどありません。
 さァ行きましょう」




 「はぁ、なるほど・・・・。
 いきなりで、すこしばかり面食らっていますが、
 いかにも台湾らしい歓迎ですね。」



 「慣れれば良いところです、此処も。
 もっとも良い女は、全員日本に出稼ぎに行っているそうです。
 仕事の話は明日と言うことにして、
 まずはゆっくり呑みましょう。
 過剰設備で一時はどうなることやらと危ぶんでいましたが、
 思わぬ後押しで、とりあえずは順風満帆に船出をしました。
 解らないものですね、
 人の生きる先なんて言うものは。
 追い風に乗っている時には、おおいに人生を満喫しましょう。
 人間なんて、いつ落ちるか先のことなどは知れませんから・・・・
 さあ行きましょう、行きましょう」

 
 なるほど、空港のロビーから出た表の通りには、
ヘルメットをかぶってスクーターで待機している少女たちの群れがありました。
連れの愛人が手を振ると、一人の女の子がヘルメットを片手に飛んできました。
スクーターの後部座席に乗り込む前に、亀田社長に背中を叩かれました。



 「順平君。
 女なら腐るほどいますから、気に入らないのなら
 遠慮なく、キャンセルをしてください。
 公娼制度とはいえ、ここではお互いの自由恋愛が基本です。
 ここでの、(娼婦たちの)衛生管理は、
 徹底して行き届いています。
 毎月一度、病気の検査を受けていますから
 今ここにいるこの子たちは、
 完璧に『安心』ですから」
 

 なるほどと思いながらスクーターの後ろに乗せてもらいました。
しかしこの直後に、さらに驚愕する事態が起こります。
市内地へ向かって、元気にスクーターが走りだしましたが、
交差点や曲がり角などで、徐行や一時停止をする素振りなどは全く見せません。



 信号は点灯いるのですが、赤で有ろうがおかまいなしに
すこしでも車の流れに隙間が有れば、当たり前のように割り込むし、
走り抜けて行ってしまいます。
たしかに・・・・大変な処に来てしまいました。




  ■日清戦争後の下関条約(1895)によって、
   日本の企業は朝鮮半島、台湾、中国大陸への進出を本格化しました。
   1895 年(明治28 年)4月、日本は台湾を清朝より割譲し、
   台湾は1945 年10 月までの50 年間にわたり、日本の統治下にありました。
   その間、台湾の天然資源、労働力を利用するために、
   鉱山の開発、鉄道の建設、農林水産業の近代化、などに
   日本(いわゆる内地)から資本が投下され、植民地型の対外投資が行われていました。





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