落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「舞台裏の仲間たち」(63) 第三幕・第一章「慢性リンパ性白血病」 

2012-10-26 10:59:04 | 現代小説
アイラブ桐生Ⅲ・「舞台裏の仲間たち」(63)
第三幕・第一章「慢性リンパ性白血病」

 
 
 体調不良がきっかけで精密検査を受けた座長が、その血液検査の結果から
下された病名は「慢性リンパ性白血病」です。
白血病は大きく、急性型と慢性型、白血球の種類から
骨髄性とリンパ性に分類をされています。
「急性骨髄性白血病」、「急性リンパ性白血病」、「慢性骨髄性白血病」、
「慢性リンパ性白血病」の4つに大別をされます。



 このうち慢性リンパ性白血病は、
通常非常にゆっくりとした経過をとることで知られています。
発症は緩(ゆる)やかで非常にゆっくりした経過をとるために、初期の段階では
ほとんど自覚症状がありません。

 そのために、診断される患者さんの少なくとも25%程度が、
定期健康診断や他の病気の検査などで、白血球の増加をきっかけに
偶然に発見をされています。
自覚症状がない状態で発見されてから、症状が出現するまでは
平均で、約4年はかかるといわれています。
一部に進行が早く生存期間が1年未満という場合もありますが、
10年から20年と長い経過をとることが多く、個人によっても経過は異なります。




 「それでも油断はできません。
 急激に症状が変化することもあるようです。
 完治する病気ではなく長期にわたる治療が必要で、それも一般的には
 延命治療が中心になるようです」



 「座長の場合はどうなるのですか。
 いつから治療が必要になのか、
 普通に生活を続けるためには、どんな対応をするのか、
 いろいろと注意事項なども・・・・」




 うろたえる順平の手を、レイコが静かに押さえました。




 「落ち着いて、順平。
 白血病であることが判明したけど、それはまだまだ先のはなしなの。
 骨髄性の白血病と違って、慢性リンパは
 病気の進行には、大きな個人差のでる「ガン」なのよ。
 ・・・・やだ、順平ったら、
 1985年に亡くなった夏目雅子の病気と勘違いをしているわ。
 向こうは、急性骨髄性白血病による感染死で、
 座長は、慢性リンパの診断なのよ。
 これから白血病と闘うという点では同じでも、生存率は格段に違うのよ。
 たしかに不治の病と言われているけれど、
 すべてが白血病で死んでしまうと決まったわけじゃないの。
 まだまだ希望はあるんだから」



 時絵ママの顔を見上げて、レイコが静かに笑いました。




 「順平は、夏目雅子の大ファンなの。
 絶世の美女といわれた女優さんなのに、西遊記の三蔵法師役を演じた時、
 その役作りのために、実際に剃髪をしたという逸話もあるの。
 この人ったら、すっかりそれにはまってしまって、
 映画館に毎日通っていたわ。
 ああいう感じの、清楚で美しい女性が大好きなのよ・・・
 だからそのせいで、白血病と聞いただけでも異常に反応するの。
 ねぇ、順平」



 「あらまあ、順平君の好みは夏目雅子ですか。
 そういえば、レイコちゃんにも、どことなくそんな雰囲気もありますねぇ。
 それはともかく、それでも予断はできません。
 それでね、もうひとつ座長の決意があるの。
 先のことは解らないにしても、今できることは精一杯やろうということで
 実家に戻って、農業をやるためも決めたそうです。
 どこまで働けるのかは解りませんが、
 本人なりに、農家の長男としての『けじめ』も、
 考えたのだと思います」



 「そうなると・・・・
 ちずるさんを説得することが
 さらに難しくなってしまう、ということですね」



 レイコが、あらためて時絵ママの目を覗き込みます。
その意味をしっかりと受け止めた時絵ママが、レイコの肩に手を置きました。




 「男なんか、頼りにならないわね。
 いざとなるとうろたえているばかりで話にもならない。
 ねぇ、レイコちゃん。
 大変なことは承知の上で、
 ちずるの説得役をお願いできるかしら。
 それも一週間以内と言う期限付きだけど、どう出来る? 」



 「よろこんで引き受けます。
 でも、本当に時絵さんは、それでいいのですか。
 座長にプロポーズをされている立場だと言うのに、
 それでは、逆の行動になりますよ。
 ちずるさんに、あえて一歩ひいているような気もしますけど」



 「するどいわね、レイコちゃんも。
 好きか嫌いかと聞かれれば、今でも男性としての座長は大好きです。
 でもね、もうあれから10年以上も経ったのよ。
 私は座長を選ぶよりも、5歳になる我が子の方を選びます。
 女であるけれども、同時に私は5歳になる男の子の母親だもの。
 どう、これで納得してくれた?
 今の私は、30すぎの座長の面倒を見るよりも
 5歳児を育てる方が性に合っているの。
 こっちのほうが、よっぽど可愛いし、素直に言う事も聞くもの。
 レイコちゃんも早く子供を作って育ててみればわかるわよ。
 順平くんよりも、よっぽど可愛くなるから・・・・
 あら、保母さんに余計な説教だわね、
 あたしったら」



 「そうだわよねぇ。
 私もさっき、雄二さんのところで、女の赤ちゃんを抱っこしたら
 急に子供が欲しくなっちゃった・・・・
 でもさぁ、その子供が出来なくて、たしかちづるさんは身をひいたのよね。
 座長は実家に戻ると言うし、難問ずくしの前途だわ。
 それでも正面から突破するしか道はないみたいですね。
 日立市でしたっけ、ちづるさんは・・・・」







 ■参考資料


 慢性リンパ性白血病は最終的には完治が困難な疾患とされています。
また、治療をしなくても、日常生活に特に支障が出ないまま
一生を過ごすというケースもあります。
治療は主に症状の改善と、生存期間の延長を目的に行われているようです。


 いつから治療を開始するかについては、
米国国立がん研究所のグループのガイドラインなどがあります。
これらの項目のいずれかが認められれば、治療を開始するべきであるといわれています。




 <慢性リンパ性白血病の治療開始のガイドライン>


(1)疾患に関連した症状のうち以下の少なくとも1つが認められること

 (a) 過去6ヶ月間で10%以上の体重減少
 (b) 重篤な倦怠感(仕事不可能、通常の日常生活に支障)
 (c) 2週間以上続く38度以上の発熱
 (d) 感染症を伴わない寝汗



(2)骨髄抑制の進行:貧血、血小板減少の出現、進行

(3)ステロイドホルモン治療に抵抗性の自己免疫性溶血性貧血・血小板減少

(4)左季肋下6cm以上の脾腫あるいは進行性の脾腫

(5)直径10cm以上のリンパ節腫脹あるいは進行性のリンパ節腫脹

(6)2ヶ月で50%以上のリンパ球増加あるいは6ヶ月以内の2倍以上のリンパ球

(7)著しいガンマグロブリン値の低下あるいは蛋白の出現 

 

  しかし最近の研究結果では、
 以下の検査結果が得られた場合は生存期間が短くなると
 報告されているため、特にガイドラインの条件を満たさなくても、
 速やかに治療を開始することが考慮されています。





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