落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第50話 お茶屋のメンバーになるのも大変

2014-12-01 13:19:41 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。

おちょぼ 第50話 お茶屋のメンバーになるのも大変



 「凄いことやなぁ。女将がサラちゃんを引き受けたいう事は、
 帰国子女にも、舞妓の道が開けたことんなる。
 せやけど、普通の女の子でも、祇園で舞妓になるのはエライことや。
 舞妓になるための資質とは、一体どないなもんや?」


 「そうどすなぁ。容姿、年齢、身長などいろいろとあります。
 けどなぁ、ブルーの目の帰国女子でも、舞妓希望でやって来る時代どす。
 中には20歳間際のOLさんなんかも、面接に来るんどすなぁ。
 柔軟に、対応するようにはしています。
 そういえばあんたはんも、張れて老舗の『福松』はんメンバーに
 入れたそうで、まずはおめでとうさんどす」


 
 最近になり、ようやくお茶屋のメンバー入りが許された一人に向かって
福屋の女将が、お祝いの声をかける。
舞妓になる道も険しいが、老舗お茶屋のメンバーになるのは、もっと険しい。
お茶屋のメンバーになるためには、推薦人が必要だ。
いちげんさんお断りのお茶屋に、新しいメンバーとして入るためには、
酒癖、女癖、教養、品格その他もろもろにわたる項目の、
厳しい審査をクリアする必要がある。
合格の基準はただひとつ。その人が身に着けている信用度。それがすべてだ。


 頼まれても簡単に、お茶屋へ人の紹介はしない。
不適当の人を紹介して、本人の信用まで揺らぐ場合が有るからだ。
自力で道をこじ開ける方法も有る。
たとえばお茶屋と信頼関係の深い料理屋に通い、そこの主人からお茶屋へ
紹介してもらう方法が有る。
それにはまず何度か料理屋へ通い、主人の信頼を獲得する必要がある。
この芸当は地元の人でなければ、難しい。



 誰でも紹介してもらえる一番の近道が有る。
理事長が運営している、「おおきに財団」友の会に入ることだ。
「おおきに財団」は、京都五花街を支援するため、1996年6月に
設立された法人組織だ。
「京都伝統妓芸振興財団」というのが、正式な名称だ。
1999年から本組織とは別に、一般向けの友の会が発足した。
友の会の会員になると、初めての人でもお茶屋を紹介してくれる特典がついた。


 年会費3万円で、20歳以上ならだれでも友の会に入ることが出来る。
おおきに財団が保証人になり、希望する会員を、お茶屋に紹介するシステムだ。
ただし、ここにも但し書きがついている。
「社会的に信用が有り、花街のしきたりや伝統に理解のある人」を、
お茶屋に紹介しますと、はっきり書いてある。



 「メンバーはんになるにも努力が要るように、舞妓にも試練が求められんのどす。
 何よりも、気配りがでけるようになることが一番どす。
 雨が降り始めたら、お座敷に行ってはるお姉はんにコートと傘を届けないけまへん。
 お母はんが出かける用意してはったら、履物を揃えとかないきまへん。
 最初のころは云われてすんのどすけど、そないなことが、
 自然とでけるようになるころには祇園の言葉も、何とのう馴染んで来ます。
 で、この気配りちゅうのんが後々、舞妓ちゃんになってお座敷へ
 上がったとき、おおいに役に立つのんどすなぁ。
 けど、そうは言いますが、おちょぼの修業はたいへんなものどせ」


 へぇぇ・・・面白そうや話やなと女将の周りに、いつの間にか
おおきに財団のメンバーたちが、人垣をつくる。



 「おちょぼの待遇は、お休みは、舞妓ちゃんらとおんなじどす。
 甲部では、第2と最終日曜の月2回。
 あとは都をどりの後の5~6日間のお休み。
 7月の頃に3~4日の夏休み。
 暮れは大体28日から、年明けの5日か6日頃まで正月の休みどすなぁ。
 これだけでも厳しいことが分かりまっしゃろ。
 身に着ける着物や食事、住まい、お稽古の月謝などは、すべて屋形で
 みますさかい、基本的にお金は1銭もかからしまへん。
 お小遣いも、大体5~7万程度は貰えんのどす。
 朝起きてから仕事をこなし、お稽古に通い、夕方にはお姉はんの支度のお手伝い。
 お風呂はもちろん、お姉はんが帰って来て入らはってからどっさかい、
 寝るころはもう、夜も更けとりますなぁ。
 なんぼ若い云うても、しんどい仕事に違いおへん。
 そないな仕込みはんの心の支えになるのんが、お姉はんも、
 うちらとおんなじことして、きはったんやと云うことどす。
 『お姉はんにでけてうちにでけへんことはあらへん』、ちゅうて自分自身に
 むち打って、毎日気張らはんのどす。
 それに何よりも、毎日目にするお姉はん方の艶やかな姿。
 これに心底、憧れますなぁ。
 『うちもはよう、あんな恰好で歩いてみたい、はようお座敷に出てみたい』
 ちゅう熱い気持ちを胸に、毎日、忙しゅう働いていくんどす」


第51話につづく

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