落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第71話 大正時代のはなし

2014-12-25 11:00:45 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。

おちょぼ 第71話 大正時代のはなし



 小染めが、大正末期ごろについて話しはじめた。
小染めが2歳の時。大正12年に、マグニチュード7.9の関東大震災が発生している。
神奈川と東京を中心に、千葉県・茨城県から静岡県東部までの内陸と沿岸部一帯に、
きわめて甚大な被害をもたらした。


 余り知られていないことだが、京都に日本映画原点の地がある。
1895年に発明されたリュミエール兄弟によるシネマトグラフが、2年後の1897年、
パリから日本へ輸入されている。。
「最初の映画」と呼ばれるシネマトグラフが、日本で初めて投影されたのが、
中京区にある元・立誠小学校だ。
当時は京都電燈(現在の関西電力)の建物が此処に建っていた。
この場所で日本初の「映画」試写実験が、成功している。



 震災で壊滅的な被害を受けた後、東京の映画関係者たちがこぞって
京都に集結し始める。
それには、こうした過去の時代背景が含まれている。


 
 「あたしが祇園に戻ってきたのは、4歳くらいやったと思います。
 祇園で暮らし始めて、そら、前が農家どすさかい、えらいビックリしました。
 都会の真ん中にいきなり、連れてこられたわけどすから。
 朝からタバコ吸うてはるお祖母さんやお母さんが、お昼から銭湯へ行き、
 帰ってくると鏡台の前に座るんどす。
 芸妓の顔になるためのお化粧をはじめるんどすなぁ。
 変っていく様子をそばで見ているのが、あたしは好きどした。
 あたしもあんな風になりたいて、憧れたもんどす。
 そやから、ごく自然に、自分も舞妓になるんや思うてたんどす。
 お祖母さんと言う人は、明治の御維新の前から、舞妓に出てはった方どす。
 有名な芸妓さんの妹として、姿も芸も粋な名妓といわれはったそうどす。
 でもまぁ、こわいお人どしたぇ。
 家に写真が飾ってありますが、それを見るだけで、いまでも怖い。
 お酒をよう呑まはって、お座敷から帰ってきやはると、あたしが寝てても
 『ちょっと起きやし』いわはって、あたしを座らせんのどす。
 ほて、また呑まはります。
 お話やら聞いてても、なんやわからんけど怖かったことだけは覚えとります。
 お母さんのことは早ように亡くならはったんで、あんまり覚えてまへんなぁ。
 お祖母さんは舞ひとすじのお人で、屋形から独立してに自前になっても、
 旦那さんに頼るわけやなし、舞とお座敷だけを生きがいに、
 がんばってきやはったんどす。
 家を持ち、あとつぐ人が欲しくなって、妹分の芸妓さんで子供が出来て
 思案に暮れていた、あたしのお母さんを養女にしたんどす」



 「女ばかりの世界どすなぁ、祇園は」とサラが横から口を挟む。
「そうや。ある意味で祇園は、女系が支配する世界どす。
美しすぎるアマゾネス集団などと、悪口を言うてはる旦那衆もおるくらいや。
けど。大勢の女たちの活躍で祇園が成り立っておるのは、まぎれもない事実どすなぁ」
背後に控えた屋形の女将が、にんまりと笑う。
「そういうことやなぁ」と、小染めが、ちびりとほうじ茶を口に含む。



 「舞の稽古は、小さいときから行ってましたえ。
 習い事は6歳の6月6日からはじめるのがええと、昔から言われとります。
 正式に入門するのやのうて、遊びみたいにして、お師匠さんの家に伺います。
 「ほな、ちょっと、おさらいしてみまひょうか」というぐあいどした。
 ここらへんの子供は、みんな尋常小学校へ通うんどす。
 あたしも3年まで行って、その後は女紅場へ移りました。
 女紅場と言うのは、舞妓に出るための勉強をする場所どす。
 舞とお三味線が中心で、ほかにお裁縫や字いを習いました。
 昔の事どすから、修身や礼法の時間も有りましたえ。
 昔は1月7日の始業式に、日ごろの勉強の成果をちょっとずつ披露したんどす。
 舞やら、お三味線やら、お裁縫なんかもね。
 女紅場の勉強は、尋常小学校にくらべたら、そら楽どした。
 算術やつづり方などのややっこしい勉強は、さら~としかせへんのどす。
 あたしは舞のお稽古が大好きどしたさかい、毎日が楽しいおした。
 学校とかお稽古以外に、子どもどうし、よく遊びましたえ。
 女の子どすさかい、おままごとをするんどす。
 やっぱり、舞妓さんごっこが一番多いんどすなぁ。
 いちばん綺麗な子が、売れっ子舞妓の役どす。
 あたしは身体が小さかったので、おちょぼの役をようやらされました。
 おちょぼいうのは、舞妓さんや芸妓さんのお供やら、使い走りをする
 見習い中の女の子のことどす。
 仕込みさんともいいますなぁ。ちょうど今のあんたと同じ立場どす」



第72話につづく

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