「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第73話 「お花」とは

「その元気どす。
若い人たちのやる気が、これからの祇園を盛り上げるんどすなぁ。
器量は、自分ではどうしょうもできないことどすけど、
舞の場合は、毎日気張って稽古をすればするだけ、自分に返ってきます。
あたしは毎朝早う起きて、お師匠さんとこへ番取りに行きましたえ。
そやけどなぁ、どんだけ早く行って待っていても、あとから売れっ子のお姉さんが
おいやしたら、あたしらひょっこは『どうぞ、お姉さん、お先にどうぞ』
いうて、譲らなあきまへんのや。
つくづく、あたしも早く売れるようになりたい、思いましたえ。
うちとこは、お祖母さんがもう芸妓をやめてはりますので、
働き手はあたし一人どした。
弟や妹もいますさかい、一本でも多くお花を売らなあかんかったのどす」
「お花・・・お座敷のことですか?」
サラの疑問に、女将がすかさず横から解説を挟む。
花街独特のならわしは、女将が説明するほうが手っ取り早い。
最長老芸妓の小染めは、『まかせました』とばかり、手元に置かれている
ほうじ茶へ、そっと静かに手を伸ばす。
「お花代いうのは、お客さんが、舞妓さんや芸妓さんに払う時間給のことどす。
もともとは線香に火をつけて時間を計り、その本数で料金を決めておりました。
お線香を「お花」と呼んでいたことが、「お花代」の由来どす」
「むかしは、線香で測っていたんどすか、時間のことを」
「線香が燃え尽きる時間を一つの単位として、一本と呼んでいるんどす。
一本が何分に当たるかは、花街によってそれぞれに異なります。
お花が一本、二本と数えるんどすが、祇園甲部では、一本は五分に当たります。
一時間は、十二本になりますなぁ。
先斗町では、一本は十五分で、一時間は四本と数えます。
上七軒では、一本は三十分で、一時間は二本という計算になります。
舞妓はお座敷に行くことを、『お花行ってきます』と言うんどす。
あと、ご祝儀というのがあんのどす。
お客さんが、芸妓や舞妓に渡すお祝いの金一封のことどす。
おかあさんに渡し、おかあさんから芸妓に渡してもらうこともありますなぁ。
直接受取った場合は、必ず誰から何をもらったか、おかあさんに報告するんどす。
いただいた方への礼儀を、忘れないためどす。
きちんとしたお礼の言葉や礼儀が、花街では、いまも生きているんどす」
「勉強になります」とサラが、ニコリと笑う。
「打てば響くようで、ほんまに気持ちのええ子やなぁ」と、傍で聴いている小染めも
ニッコリと目を細めて笑う。
「いまは、祇園で働くおなごが少な過ぎるため、舞妓も芸妓もよう売れます。
けどなぁ。うちらが現役の頃は、苦労したもんどす」
と、ほうじ茶を呑み終えた小染が、ふたたび昔のことを口にする。
「前もってお花(お座敷)が付いていることを、前花といいますのや。
いまふうに言うたら、予約が入っているいうことどす。
そんなときは、支度にも自然と気いがはいりますけど、競争の激しかった当時は、
前花もなんにもない場合のほうが多かったんどす。
支度はしたものの、お茶屋さんからの連絡を待っているだけどした。
夕方5時になっても、声がかからへん。
7時を過ぎても、電話はあらへん。
9時過ぎて、ようよう呼ばれていくことも多かったんどす。
予約が入っていなくて、その日に連絡をもろうてお座敷に出るのを、
『ひろい花』いうんどす。
9時過ぎになってはじめて家を出るのは、恥ずかしゅうてね。
『ああ、小染めちゃん、ようやっとお座敷がかかったわ』いわれるんやないか
思うて、そろ~と出掛けたものどす。
おこぼいう舞妓さんの履物は、コポコポと音がしますさかい、
おちょぼさんに持たせはって、自分は草履をはいて行かはって、お茶屋の前で、
履き替えるお人も、中には居はりましたえ」
「あっ。そういえば・・・ウチには、おこぼの問題が残っていますなぁ~!」
サラの顔に、にわかに緊張の色が走る。
長身のサラにとって舞妓が履くおこぼは、これからの最大の難題になる。
おこぼとは、舞妓さんが履く高さ10cmほどの下駄のことだ。
別名を、「こっぽり」とも言う。
履きなれない内は不安定で歩きづらい。
だがそれが、舞妓の「おぼこい」姿を演出する、またとない要素にもなっている。
しかしサラの場合、おこぼを履くとゆうに、180センチを超える大女に変身してしまう。
そのうえ舞妓の日本髪を結いあげると、身長はさらに高くなっていく・・・
第74話につづく
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