落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第54話 女の怨念と、櫛供養

2014-12-05 11:21:28 | 現代小説
「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。

おちょぼ 第54話 女の怨念と、櫛供養


 
 安井金比羅宮の鳥居は、
有名な八坂の塔や二年坂へ続く、東大路通りに面している。
参道を抜けると、無数のお札が貼られた大きな岩が有る。
その奥に金比羅宮の本殿が見える。
この岩が参拝者にとっていちばんのお目当て、「縁切り縁結び碑(いし)」だ。
高さは1.5メートル。幅は3メートルで絵馬の形をしている。


 縁切り縁結び碑の前に、ずらりと女性たちが並んでいる。
なんともかわいらしい10代から、アラサー世代の女性たちが列をなしている。
絶ちたい悪縁と想いを胸に秘め、どんよりと暗い顏をしているかと思いきや、
友達同士楽しそうに、夢中でおしゃべりをしている。
ニコニコと笑顔をみせながら、碑(いし)の穴をくぐる順番を待っている。



 「おいおい。美女たちが順番待ちの渋滞を作っているぞ。
 悪縁を切りたい女が、世の中にはこれほどたくさんいるという証明かな。
 この光景が見せたくてわざわざ僕を、安井金比羅宮へ誘ったわけ?」


 「女が持つ怨念の深さを、知ってもらおうと思って案内したんどす。
 うふ。嘘どす。ただの通り道どす。
 でも、ほら。次にミニスカートの女の子が、碑をくぐりますぇ。
 あどけない顔をしておるくせに、内面に秘めている女の怨念は深いどすぇ。
 その意味は、のちほどすぐに分かります」



 ミニスカートの女の子が体勢を低くして、正面から碑の穴をくぐる。
向こう側へ抜けた後。ふたたび体制を低くして、今度はこちら側へ戻って来る。
儀式を終えたミニスカートの女の子が、満足そうな笑みを浮かべて、
碑に願い事を書いた「形代(かたしろ)」を貼り付ける。
満足したのか。金色の髪を揺らして颯爽と友達と2人で参道を去っていく。
「読んでみてな。きっと凄いことが書いてあります」と佳つ乃(かつの)が、
流し目で似顔絵師を促す。



 「○○の彼女の××が同棲を解消し、病気で死んでくれますように」と、
可愛らしい文字で、「形代(かたしろ)」に書き込まれてある。
語尾にはご丁寧に、ハートマークまで書き添えている。
碑から出てきたときの、あのなんともかわいらしい笑顔の裏で、
こんな恐ろしいことを平然と考えていたなんて!・・・と路上似顔絵師が、
思わず背筋を、ひやりと寒くする。



 「ここは女の怨念が渦巻くだけの場所やあらへん。
 毎年、9月の第4月曜日。
 櫛まつりと、時代風俗行列の巡行がおこなわれます。
 女性の命である髪の美しさを引き立ててくれる、櫛をお祀りするお祭りどす。
 使い古した櫛を、感謝を込めてお清めし、供養するんどす。
 集まったたくはんの櫛を、境内の北側にある久志塚(櫛塚)へ納めます。
 拝殿で芸妓が、舞踊「黒髪」を奉納するんどす。
 祇園で働くウチらにとっては、切っても切り離せへん大事な場所どすなぁ」


 「時代風俗行列と言うのは?」


 「京都美容文化クラブの皆はんのご奉仕で、伝統の髪型を現代に再現するんどす。
 古墳時代から、現代の舞妓の髪型にいたるまで、すべての伝統の髪型を、
 地髪で結い上げるんどす。
 行列は、神社を出て周辺の祇園界隈を練り歩きますなぁ」


 「ふぅ~ん。いかにも京都らしいお祭りだ・・・」



 こっちどす、とさらに佳つ乃(かつの)が境内を進んでいく。
いくつかある出口のひとつを、佳つ乃(かつの)が当たり前のように抜けていく。
境内を出た瞬間、あたりの景色が、ものの見事に一変した。



 目の前の通りの左右に、いかにも古いラブホテルの看板が林立している。
看板も古いが、軒を並べている建物の様子はもっと古い。
昭和の半ばか、もっと前と思われるくすんだビルが軒を並べている。
だが佳つ乃(かつの)は、古びたホテル街の道を、慣れた足取りで平然と
奥に向かって進んでいく。
数分後。ラブホテルに挟まれた京町屋風の、古い建物の前で足を止めた。


 「ここが、ウチが小学校を卒業するまで生活していた家や。
 バー「S」のオーナーと、12年間、ここで暮らしていたんどす。
 いまは他人が住まう家どすが、外も中も、たぶん昔のままやと思います」



 え・・・似顔絵師が突然あらわれた古い町家を、しげしげと見つめる。


第55話につづく

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